第31話 不安な先輩
『第一校舎の二階にダストを確認。付近の生徒は直ちに教室に避難してください』
「二階だってさ。私たちが一番乗りだね!」
一階と二階を繋ぐ階段の踊り場で、琴奈先輩は二階の廊下を見上げながら言う。琴奈先輩の声をやる気に満ちていて、恐怖なんて一切感じさせない。
「そうですね」
一階に繋がる階段に乗せた足を一歩引き上げる。完全に逃げる気になっていた。自分はもう誰かに守ってもらえる立場にない事を自覚する。これからは命を使って、みんなを守る側の人間なんだ。
「私がやるから葵君は見てるだけでいいよ」
階段を上りながら琴奈先輩が言う。
「え、いやいや、僕も戦いますよ。先輩を一人で戦わせるなんて出来ません」
「優しいね。でも葵君は星科に来たばっかりだから無理しなくても良いよ。先輩のカッコいい姿を見て学んでよ!それに学校にノコノコ入ってくるダストは大体雑魚だから!」
「...」
振り絞った勇気の言葉を断られる。安堵を感じた事に罪悪感を覚える。それを断る言葉は出てこない。階段を上り終えて、すぐ近くの壁に背中を付けてしゃがみ込む。
「よいしょっと」
琴奈先輩は左手の薬指に付けた指輪に、右手を押しつけて銃を引っ張り出す。
「その武器創り出すやつ、指輪でもあるんですか?」
「んー?そうだよ!右手のは何の変哲もない、ただの指輪だけどね」
琴奈先輩は銃を持つ右手を僕に近づける。右手の薬指にも指輪が付いていた。
「葵君のはペンダント?」
「ああ、はい。藍川先生に渡されました」
シャツの下に隠していたペンダントを表に出す。
「アクセサリーにして、持ち運び安くしてるんだってさ」
「へー」
「じゃあ、行こうか」
そう言って琴奈先輩が立ち上がる。廊下をぐんぐん進んでいく先輩の後をついて行く。
「あっ、あの!...やっぱり僕も一緒に戦います。見てるだけ何て嫌ですから」
琴奈先輩は立ち止まって、僕の方に振り返る。
「本当?じゃあ、やっぱり手伝ってもらおうかな!」
「はい!頑張ります!」
「葵君は期待の新人だからね」
「え?そうなんですか?」
「電車でダスト倒したんでしょ?清水先生がウキウキで話してたよ」
「あー!あれは仕方なくですよ。戦わなかったら死んでただけだから」
「初めてでダストを倒せるのはすごいよ。きっと葵君にはクズハキが向いてる」
琴奈先輩のお褒めの言葉に返事をしようとした時だった。見覚えのある暗闇が目の前に現れる。視界は一瞬にして奪われて、黒一色の景色になる。
教室の中からは生徒の悲鳴が聞こえる。あの日の地獄を思い出す。
「琴奈先輩!音に反応してダストが来ます。一旦動かないで静かにしましょう」
目の前にあるはずの先輩に声を掛ける。すると、目の前から大きく息を吸う音が聞こえた。
「皆さーん!!声を出さないでください!!その声はダストを誘き寄せてしまいます!すぐに私たち星科が駆除しますので、どうかお静かに安心してお待ちください!!」
教室は一瞬で静まり返った。何と琴奈先輩は大声を出して、悲鳴を上げる生徒たちに注意喚起をした。自分がダストの標的になる事を顧みずに、注意を促す先輩に心から尊敬をする。
(今ので私たちのところにダストが来たらごめんなさい)
今のは何だ?頭の中に琴奈先輩の声が直接流れた気がする。耳ではなくて頭が聞いた音。
(何の説明もなくいきなり使っちゃってごめんね。これは私のギフト。私のギフトは人の心を読む事が出来るの。あと人の心に私の声を直接届ける事も出来るの。今みたいにね)
(えー!じゃあ、今までの僕の心の中の考え、全部聞いてたんですか!?)
(全部は流石に聞いてないよ。スイッチがあって心覗くのオンオフ出来るから。私に可愛いって言おうか悩んでたのは聞いてたけどね)
(恥ずかしいです)
顔が熱くなる。暗闇でよかった。
(まあ、それは置いといて!一旦座ろっか)
(はい)
音を出さないように慎重に歩く。左手を伸ばしてカニ歩きで窓側の壁に近づく。伸ばした左手がガラスに触れる。ガラスに触れる左手まで体を寄せる。壁にもたれて座り込む。
(で、どうしてダストが音に誘き寄せられるって分かったの?)
(僕が爆弾電話した日があるじゃないですか?)
(うん。あの日は休暇をありがとね)
(その日に見た夢があるんです。僕のギフトは予知夢なんですけど)
(知ってる知ってる!)
(夢で今と同じ状況になったんですよ。それで騒いでたクラスメイトは全員ダストに殺されちゃってて、静かに黙ってた僕は無事だったんですよ。まあ最終的に人型のダストに殺されたんですけどね)
(そんな夢を見たのね。人型のダストか)
(知ってますか?人型のダストについて何か)
(噂程度にはね。人をコピーして、人の姿をしているダストは、その人のギフトを使う事が出来るとか。ベテランのクズハキでも人型のダストと遭遇したら逃げ出すらしいわ)
(そんなにやばいんですか?)
(うん。葵君の予知夢に出てきた時はどうだったの?)
(その人型のダストがやったのかは、見えてないから分からないんですけど、多分こっちの校舎の人間は僕以外全員殺されてました。あと、星科の生徒っぽい人も一人...)
(その人はメガネ掛けてた?)
(どうでしたかね〜?多分掛けてたような気が)
(そっか。その人は私と同じ三年生で星科の生徒の中で、多分一番強い。総合的に見たらりーちゃんよりもね。そんな彼でもダメなら、私たちじゃ無理だね)
(...そうですよね)
琴奈先輩の声は不安そのものだった。自信に溢れて明るさに包まれていた声はもう聞こえない。僕は以外にも落ち着いていた。どうしてだろう。隣に先輩がいるから?それとも二回目の経験で慣れているから?それとも僕が現実を直視出来ていないから?
自分の左手の位置を確認する。左隣には琴奈先輩がいる。左手をそっと琴奈先輩の方に近づける。僕の左手が琴奈先輩の右手と出会う。
「きゃっ」
(すみません!僕の手です。そのー、不安そうだったから...)
(良いよ。怖いから手握ってて)
(...はい)
僕の方に伸ばされた琴奈先輩の手を握る。小さくて細い手は少し震えている。
(ごめんね。暗いの苦手なの)
(すぐに戻りますよ!)
(怖い)
(大丈夫ですよ!二人なら何とかなる可能性は二倍あります!)
(私たち死んじゃうのかな?あっ、ごめんね。さっきからずっとネガティブな事ばっかり。私は葵君に聞かせる声を選ぶ事が出来るのに)
(全然大丈夫です!あと僕たちは絶対に死にませんよ!僕のギフトの予知夢に今日、名前を付けたんです。死夢(デスドリーム)って!それで理恵加さんが言うには、このギフトは僕の命が危ない時に夢を見せて、それを知らせるらしいんですよ。ここで嬉しい知らせがあります!今日は予知夢見てません!つまり!僕たちは助かるって事ですよ!)
(...ありがと。本当は先輩として良いところ見せたかったんだけどね。情けないな)
(命の懸かった場面で先輩とか年上とか関係ないですよ!助け合いですから!)
時間の経過に頼るしかない状況にむず痒さを感じる。そんな中でも琴奈先輩に送る明るい言葉を一生懸命考え続けていると、見慣れた景色が視界に帰ってくる。闇は晴れた。前に見た夢を思い出して、周りを見渡すが何もいなかった。夢では目の前にダストが立っていた。あの恐怖は今後思い出したくないものだ。
琴奈先輩は体操座りでくるまっている。左腕で作った枕に顔を埋めている。右手は僕の左手と繋がっている。それを目でしっかりと見て頭に叩き込む。こんな可愛い先輩と手を繋いで座ってたなんて、夢みたいだ。
「先輩!琴奈先輩!元に戻りましたよ」
右手で肩をそっと叩く。
「うん。ありがとね。手握ってくれて。安心した」
そう言いながら涙を流す顔を上げる。琴奈先輩は左手で涙を拭う。僕たちの手はまだ繋がったままだ。涙を流して弱気な先輩も超可愛い。
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