第18話 マイハートクレーター

 「んっ」


 速度を緩めた電車に体をさすられ目を覚ます。首を後ろに向けて駅を見る。終点に到着したことを知らせるアナウンスが聞こえる。


 「もう着いたかー」


 指を組んで両手を上げて背筋を伸ばす。


 「ふー」


 車内が揺れる中、花とリュックを持って立ち上がり、席に忘れ物がないか振り返って確認する。電車を降りてホームに出ると、改札口まで真っ直ぐ歩く。改札口の手前左側にある階段を登って、五番線に停車している電車に乗る。これに乗ればしばらくは乗り換えすることもない。


 電車はガラガラで人はまばら。空いている二人乗りの席に座る。基本的に電車に乗る時は酔い防止で眠るか、窓から外の景色を見るかの二択だ。席に座ってから五分くらいが経って電車が目的地へ向かって発車した。現在地の三重から京都までの電車だ。


 今日は眠ることにした。目を瞑って眠ろうとするが全く、眠りに入れる気配がしない。仕方がないので窓から見慣れてはないが、見たことのある景色を眺めることにした。見慣れてようが、見慣れてなかろうが、次々と新しい景色が目に映り込んで来て、一瞬で過ぎ去っていくこの感じは嫌いじゃない。川沿いを走るランナーと犬の散歩をする人。橋をものすごいスピードで走る車。この電車が作り出した車の渋滞。全てが僕の視界に一瞬で現れすぐに消える。


 景色を見る中で、ふとして六年前の出来事を思い出した。思い出すと言っても、ほとんどのことは記憶に残っていない。僕は岐阜県で生まれて、十一歳まで岐阜県で育ってきた。そんなある日、規格外の巨大隕石が岐阜県に直撃した。隕石が落下した衝撃で大半の人間は死んだ。衝撃に耐え抜いて虫の息になっていた人も、隕石と共に地球にやってきたダストに殺された。


 恐らく僕は隕石が落下した時の衝撃で死んだように気を失ったんだと思う。目を覚ますと病院のベットにいた。その後、生き残ったのは僕一人だけだと聞かされた。これを不幸中の幸いと思えるほど当時の僕は強くはなかった。ただの不幸だ。隕石の落下は僕以外の人間に死をもたらした。


 両親や友人の顔が浮かび上がってきて、悲しみに暮れて涙を流す。そんなことはなく、僕は誰の顔も名前も思い出せないでいた。医者が言うには隕石が落下した時の衝撃で、記憶が飛んでしまったようだ。記憶喪失だ。十一年間生きてきた僕の人生の歴史を何も思い出すことが出来なかった。どのみち友達も知り合いも、みんな岐阜県の人だから死んでる。家族や友人のことを覚えていても、もう会うことは出来ない。余計な悲しみが軽減されただけマシだったなと思いつつも、思い出すことが出来ないことに対する悲しみは存在していた。


 両親のことが頭にあったのは、自分がこの世に生まれたのなら親が二人いることが当然だと理解していたからだ。人生の内容だけが綺麗に消え去っていた。絵がなくて、文字も何も書いてない吹き出しだけの漫画みたいだ。父親も母親も僕を置いて死んでしまった。二人とも死体は見つかっていない。この隕石によって亡くなった人たちの、ほとんどは死体が見つかっていない。このことから、岐阜にいた人達は隕石が衝突した衝撃で体ごと消え去ったとされている。ダストに襲われた人は一応死体が残る。見るに耐えないが。


 死体が見つかっていないのなら、まだどこかで二人は生きているんじゃないかと昔は考えていた。歳をとるにつれて、そんな考えは頭から消えていた。忘れることが出来れば、この世に怖いものなんて何もない。それを思い出してしまうことを除けば。


 僕は退院した後、孤児院で引き取られていた。孤児院で過ごして半年も経たない間に、里親が見つかった。僕を引き取った家族は母親と父親、そして僕と同い年の男の子がいた。みんな優しくて僕はすぐに馴染むことができた。今の母親は、もうこの世にいない方の母親の幼馴染だったらしい。


 自分だけ生きていたのかはよく分からない。多分、誰かの気まぐれだろう。生存者が一名というのはニュースでも報道された。隕石の気まぐれ、奇跡の一名などと言われて大きな話題となった。この一名がこの僕、津江月葵だと知っているのは、今の家族、警察とクズハキの一部の人間のみだ。当然誰にも話したことはないし、話す気にもならない。


 壊滅的な被害を受けて更地になった岐阜県だったが、今は日本の首都になっている。隕石が遺した被害はすごかったが、それ以上に膨大なエネルギーも遺したらしい。恒星基地の"サン"も京都から岐阜に移動した。六年前とは真逆で、現在岐阜は日本で最も安全な場所になった。海なし県なので立地も抜群だ。ただ、今でも一部の場所は隕石の来日があったことを思い出させるような、荒廃した街並みの姿を遺している。


 過去を振り返りながら、景色を眺める時間も終わりが近づいてきた。もう少しで電車が駅に止まる。家から出てくる時に、玄関にいるメダカにご飯をあげるのを忘れたことを思い出す。

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