第17話 終わりを迎える色

 「ん〜どれがいいんだろ」


 実家に帰る日の早朝。お客も店員も見当たらない、花屋でどの花を買おうかと悩んでいる。毎回どんな花を買えばいいのか分からなくて悩んでいる。そして、毎回適当なブーケを選んで買うことになる。今回もそうなりそうだ。この赤色と青色の花が入っているブーケにしよう。


 それにしても木曜日と金曜日の授業は何か気まずかったな。火曜日と水曜日にいなかったから、クラスの子から色々聞かれて心配された。優しいクラスメイトだな。あの学校と違って。


 選んだブーケを手に取るが店員さんがいないんだった。レジの奥に階段が見える。その階段に向かって呼びかける。


 「すみませ〜ん!!花を買いたいですー!」


 静かだ。もしかしてまだ営業時間じゃない!?いやでも店開いてるし。でも朝早すぎるのか?花屋さんって何時からオープンしてるもんなんだ。もしかしてこれ不法侵入になってる?しかも大声だしてるし、また積み重ねてしまったのか僕は。


 つい最近爆破予告をしたから、犯罪に敏感になって、ひとりで怯えて焦っていると誰かが階段を降りてくる音が聞こえた。眠たそうな音を立てながら降りてくる。多分店員さんだ。


 子どもだった。階段から降りてきたのは子どもだった。パジャマを着ていて、眠そうに目をこすりながらこちらを見ている。小学五年生か六年生くらいだろうか。


 「おじゃましてます〜」


 軽い挨拶。腰を曲げて少年の視点に合わせて軽い挨拶をする。視界がぼやけ終わったのか、僕に気付くと驚いた表情をして階段を駆け上がって行った。完全に目が覚めた音を立てながら。


 「お姉ちゃんー!!多分お客さん!こんな朝っぱらから〜」


 この発言からやはり早く来すぎてしまったと思い反省した。少年が階段を上ってから、一分も経たない間に階段を降りる音が聞こえた。少年の時と違って音の間隔は短い。


 「いっらしゃいませー!」

 

 そう言って階段から下りてきたのは同い年くらいの女の子だった。僕の顔を見て階段を下りる足を一瞬止める。何だ?まさか一目惚れしちゃったのか!?


 「お待たせしましたぁ」


 そう言って彼女は止めた足を動かして階段を下りてきた。めっちゃ可愛かった。めっちゃ可愛い。エプロンをかけていて、the花屋の店員さん感がすごい似合っている。花より可愛い。


 「いや、全然待ってないです!大丈夫です!こちらこそ朝早くに来ちゃってすみません!」


 可愛さに動揺したせいか無駄に声が大きくなってしまう。


 「いやいや!こちらこそお待たせしちゃって申し訳ないです!こんなに朝早くに来てくれたのお客さんが初めてですよ!ありがとうございます!」


 初めて。えへっ


 レジを打ちながら笑顔で彼女は話す。彼女が動く度に、肩まで伸びた綺麗な白髪が揺れる。そんな残雪のような髪に視界を奪われる。


 「どうかしましたか?」


 あんまりに視線を集中させ過ぎたのか彼女が少し困ったような不思議そうな表情を浮かべて聞いてくる。どうしよう。素直に言うべきか誤魔化すか。


 「あっ、いや、綺麗な髪の色だなーって思って。じろじろ見ちゃってすみません」


 そう言うと彼女は何も言わずに僕を見たままボーと立ち尽くしている。やばい。怒らせちゃった?やっぱり思ったこと全部人に伝えちゃうのはダメなんだ。


 もう一度謝ろうとすると彼女は泣いていた。頬を伝った涙は綺麗な線を描いて落ちる。水に満たされた彼女の目からは涙が止まらない。女の子をドン引きさせて泣かせてしまった。僕も泣きそう。


 「すみません。急に泣いちゃって」


 両手で目を擦りながらそう言う彼女に、洗濯したばかりの清潔なハンカチを渡す。


 「僕の方こそ、気持ち悪いこと言ってすみませんでした!」


 「違うんですっ。嬉しくって、この髪を綺麗なんて言われること...滅多になかったから」


 「ええ!?そんな綺麗なのに?それは周りの見る目がないか、そう思ってても恥ずかしくて言えないだけですよ!」


 彼女は涙をハンカチで拭い終わると、落ち着いたのか笑顔に戻っていた。


 「ごめんなさい。ハンカチ汚しちゃって。洗ってから月曜日とかに返すから...」


 「別に大丈夫ですよ!ハンカチくらい!気にしないでください!」


 「そうですか...?」


 ハンカチを受け取りポケットに仕舞い込む。会計が終わり花を受け取る。


 「ありがとうございます!」


 軽く会釈をして店を出ようとすると、彼女はレジから出てくる。


 「あっ!お見送りしますよ〜」


 彼女はわざわざ外まで見送ってくれた。綺麗な白い髪が揺れる。純白という言葉は彼女の髪のために、あるんじゃないかと思えるほどの純白。やっぱり綺麗だ。


 「すみません。待たせたり、急に泣いたりしちゃって」


 「いやいや!全然大丈夫です!」


 彼女は深々とお辞儀をした。


 「ありがとうございました〜!またお越しくださ〜い!」


 僕が店から離れてもまだ手を振っている。お店で一番キレイな花だった。また来よう!花を買いに!


 歩きながら時計を見ると乗る予定の電車が来るまで後五分だ。全力で走る。先ほど買った花を両手で抱えながら。腕が振れないからいつもより遅い。まあ腕使えてもそんなに速く走れないけど。


 「はぁ...はぁ」


 なんとか間に合った。痰が絡んだ咳が出て、水みたいにサラサラした鼻水と額から汗が流れる。膝に手をついて休む暇もなく、すぐに電車が到着した。汗と花の匂いが混じった絶妙な香りが鼻に到着した。


 電車に乗り込み空いている席に座る。


 「花買うのあっちに着いてからでよかったなぁ」


 一向に止まらない額から流れる汗を拭こうとハンカチをポケットから取り出す。少し湿っている。さっきの女の子の涙だ。服の袖で汗を拭きとり、ハンカチをそっとポケットの奥深くに仕舞い込む。

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