第16話 星のペンダント

 階段を上って、先生を追いかける。さっきまでいた教室の前で先生が立ち止まっている。僕が追いつくと、先生が部屋のドアを開ける。中は薄暗く、閉じたカーテンの隙間から光が差し込んでいる。歩くたびに埃が舞う。蜘蛛の巣がどこにあってもおかしくない雰囲気だ。


 「気を付けろ。床に穴が空いている」


 「それ今さっき先生が開けた穴じゃないですか」


 先生が蹴り上げた椅子の背もたれの部分が床から顔を出している。物置のような部屋だ。歩くたびに床は軋み、部屋に置いてある物全てがホコリを浴びている。ホコリだらけの机には、ホコリだらけのダンボールが乱雑に置いてある。部屋にはボロボロの棚がたくさんあった。その中でもひときわ汚い棚の前で先生が立ち止まる。


 「ここに何かあるんですか?」


 返事もせずに先生は右膝をついてしゃがむと、棚の一番下の引き出しを開ける。ガサゴソと何かを探している。


 「これしかないな。ほら受け取れ」


 「わっ!」


 先生はこちらを見ずに、しゃがんだまま引き出しから出したものを投げてきた。咄嗟に右手でキャッチすると、握った手の隙間から星がこぼれ落ちる。銀色のチェーンに吊り下げられた星が主役のペンダントだ。


 「それはクズハキが武器を生成するために使うものだ」


 僕が聞くより先に藍川先生が答えてくれた。


 「そんな便利な物あったんですか?知らなかったです」


 「これはクズハキしか知らない。悪用されちゃ困るからな。企業秘密ってやつだ。いや、存在自体が秘密だな」


 「へ〜、これでどうやって武器を生み出すんですか?こんな小さいのに」


 先生はまた棚の引き出しを漁って、少し厚めの本を取り出す。


 「これに使い方とイメージ一覧がある。これ見て何か作ってみろ」


 先生は立ち上がり、机のホコリを手で払ってから本を置いた。


 「え!?今いきなりですか?」


 「これを使いこなせないと話にならない。そのペンダントの星の部分に手を当てて、これから作り出す武器の形を頭の中で正確にイメージしてみろ」


 ペンダントを首にかけて星に手を当て、本を見てイメージする。初級編の簡単な剣。これにしよう。目を閉じて頭の中で剣の形をイメージする。


 「イメージしたけど、こっからどうするんですか!?」


 「そのペンダントから頭でイメージしたものを引っ張りだす感じだ」


 「引っ張り出す...」


 気づいたら手の中に柄があった。そのまま握りしめた柄を引っ張り出すと、剥き出しの刃が出てきた。


 「うわ!これ鞘的なものついてこないんですか!?」


 「お前が鞘をイメージしなかったから剥き出しで出てきたんだ。いいか、想像力を働かせて創造しろ。まあ別に鞘がなくても問題はない。ダストと戦う時以外はそれに格納しておけるからな」


 「想像力を働かせて創造...何かかっこいいなあ。でも、どーゆー仕組みなんですか?これ?想像しただけで武器を造り出せるとか凄すぎません?」


 「お前は車がどういう仕組みで動いているか分かっているか?」


 「運転手が運転席に座っているからですか?」


 先生が目を瞑り、頭をかいてから話す。


 「分からないだろ?仕組みなんて理解してなくても問題ない。仕組みより使い方を理解した方が早い」


 「使い方...これ貰ってもいいんですか?」


 ペンダントの星を掴んで、じっと見つめる。


 「もちろん。逆に持っててもらわないと困る。ただ不用意に武器を造りすぎるなよ」


 「分かりました。この造った剣はどうすればいいですか?」


 「そのペンダントの星の部分に近づけて、押し当ててみろ」


 「押し当てる...」


 剣を持って、腕を伸ばして、刃の先端を自分の胸の少し下あたりにある星のペンダントに近づける。それを少しずつ押し込んでいく。すると、剣は先端の部分から見る見る消えていく。


 「うわぁ、すご!無くなった。でも何でこんな大事な物がホコリまみれの棚の引出しの中に?」


 「これは試作品の余りものだからな」


 「えっ、試作品ってこれで戦って死んだりしませんよね?途中で故障したり」


 「問題ない」


 問題ないって、問題ない理由を言ってくれよ。


 「出るぞ」


 本を急いで持って先生に着いて行く。先生が教室の外に出る途中に、顔を出した椅子の背もたれを思い切り踏んづける。ガチャンと下の教室から椅子が机に当たった音がした。


 「そんな雑に扱っていいんですか?


 「そろそろ買い替える予定だったから問題ない」


 買い替える予定の物ばっかりだな。廊下を歩きながら先生が話す。


 「これは武器を格納することも出来る。造った武器はここにしまう。取り出す時は、もう1度同じイメージをするだけだ」


 「これ武器以外も入れれるんですか?」


 「無理だ。隕石やダストの死体から採取出来る、ダークマターを使用した物だけが、反応して格納できるようになっている」


 ダークマター。中二病が好きそうな言葉が聞こえる。


 「ダークマター?中二病ごっこですか?僕はもう高二なんですけど、中二病が完治してないんで助かります!」


 先生は足を止め、僕の方を向き呆れたような表情をする。


 「ダークマターは暗黒物質とも言ってだな、この物質から作り出した物じゃないとダストを殺すことはできない。お前ダークマターを本気で知らないのか?ちゃんと義務教育は受けてきたのか?」


 「え?そんな当たり前な、一般的な、常識知識何ですか…?」


 「知らない奴は稀だな。本当に義務教育受けてきたのか?」


 恥ずかしすぎて死にそうだ。自分が手を振られたと思って振り返したら、後ろの人に向けた手の振りだった時くらいに。


 「えー...流石に受けてますよ!日本人ですよ僕!?」


 「だよな。安心したよ。それに中二病なら想像力豊かだろ。イメージする力のデカさは重要だからな。よかったよかった」


 「いや僕は中二病関係なしに想像力豊かですからね!それに十代で厨二病完治してる人なんていませんから!なんなら僕は死ぬまで心に厨二病が居座り続ける気がしてますから!先生だってまだ心に残ってないんですか?」


 「うるさい」


 え。


 「そのペンダントは常に身に付けておけよ。登校してくる時は、シャツの襟でチェーンを隠して、星の部分はネクタイの下にでも隠しとけ」


 「ブレザー真面目に着てるのに、ペンダントつけて登校なんて何かいいですね!」


 話していると下駄箱まで来ていた。


 「月曜日に会えるのを楽しみにしてるよ。まぁ俺が直接教えるのは今日で終わりだ。これからは担任の清水先生に任せる。頑張れよ」


 「あの木曜日と金曜日は何するんですか?」


 「普通に今までのクラスで授業だ」


 「えー」


 「まだ正式に星科になってはないからな。書類を提出してからこっちの科の授業に出てもらう」


 「分かりましたー」


 カバンを教室に忘れたことを思い出す。


 「あっ、カバン」


 「それなら持ってる。これみたいにペンダントのこと忘れるなよ」


 先生が後ろから僕のカバンを取り出した。


 「あれっ、いつの間に?ありがとうございます」


 「気を付けて帰れよ」


 「はい!ありがとうございました!」

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