第4話
走り出して違和感を感じて止まる。廊下のガラスを軽く叩いてみる。音が聞こえない。走っている時の足音もしなかった。
「 」
声も出ない。出ないと言うより聞こえないと言った方がしっくり来る。声を出そうとする時の喉はいつも通りだ。
もしかすると学校に来たダストは視覚だけでなく聴覚まで奪うことができるのか?素人の僕でも分かる。相当やばいダストが侵入してきたんだ。人間の五感を奪うダストなんて聞いたことがない。僕が知っているダストの情報は、地球にやって来て一番最初に見た生物の姿を形成することだけだ。そして図々しくもコピー元のサイズよりも少し大きくなる。
耳は聞こえないが目は見える。侵入してきたダストは二匹いる?人間の耳を使えなくしているのか、空間ごと音が発生しないようにしているのか。どちらにせよ、1階と3階から悲鳴が聞こえてこなかった理由はこれだろう。じゃあ何で隣の教室からの音は消さなかった?教室単位で音を消せば誰にもバレずに...
いや、とにかく今は目の前のアレを確認しに行こう。光って見えていた物は予想通り星科の生徒の武器だった。そして、その近くには男子生徒の死体が横たわっていた。この死体も胸に穴がぽっかりと空いている。恐らくこの武器の持ち主だろう。付近の床と天井には軽くヒビが入っている。僕たちの為に戦ってくれてありがとう。
死体のすぐそばには数体のダストの死骸があった。こいつらは視界を奪うダストとは別のやつなのだろう。多分見るからに雑魚そうだから、これを駆除した後に別のダストに殺されたのだろう。
不思議なことに雑魚ダストの死体に花が咲いている。ただ刺さっているのではなく、しっかり根を入っているように見える。何の花だろう。いい匂いがする。実家のような安心感的な香りだ。死んだら土に還る的な意味で花が体から咲くのか?そんなこと聞いたことないけど。
一応。三年五組から後の教室も確認してみようと、角を左に曲がって、すぐに右に曲がると目を疑うような光景が広がっている。
この先の廊下に花が咲いていた。床からも天井からも壁からもガラスからも、花が咲いている。様々な色の、様々な種類の花が確かに生えている。知らない香り、懐かしいような香り、安心する香りが鼻に飛び込んで来た。
廊下を埋め尽くす無数の花がここから先には進むな、そう伝えているように感じた。実際に無理やり進む気分にもならないほど綺麗だし、奥が一切見えないほどびっしりと花が生えているため、進むのは無理だろう。
これが星から人が授かった力、ギフトってやつなのかな。僕には無い力だ。仕方ない。引き返そう。星科の生徒の死体がある場所まで戻る。あの花はこの人のギフトなのかな?顔に似合わずオシャレで綺麗だったな。
結局、誰にも会うことが出来なかった。こうなったら星科がある別棟に行くしかない。一回外に出る必要があるが、こっちの校舎にいても未来は無さそうだ。護身用にこの刀を拝借していくか。上手く扱えるかは置いといて、無いよりは有った方が遥かにマシだろう。落ちている刀の柄を握りしめて、利き手で持ち上げる。
「おもっ!」
思っているより重くて刀を落としてしまい、カチャンという音が廊下に響く。
「ん?てか声と音!?聞こえるようになってる!もしかして死んだ!?やばそうなダスト」
そんな前向きな考えが頭をよぎった時、自分が上ってきた階段から何かの足音がした。人間の足音ではないことはすぐに分かった。それも一匹が出せる量の音じゃない。複数いる。階段の方に視線を集中させる。
足音が同じ高さまで達した瞬間、犬の形をしたダストが数匹姿を見せた。こちらに向かって真っ直ぐダストが全速力で走ってくる。何で全速力って分かるかって?必死さが伝わってくるからだ。何かに追われているのか?焦っているように見える。いや、見えるわけがない。奴らに表情はない。感情を汲み取ることなど不可能。
「何かから逃げてる?」
そんな気がした。ならば何から逃げているのか?星科の生徒がまだいたのか?いや今はこっちに向かって走ってくるダストをどうするかを考える時間だ。僕を狙っているのか、何かから逃げているのかは分からないが、丸腰で待っているわけにはいかない。
選択肢は二つ。すぐ横にあるもう一つの階段から逃げる。それか刀を手に取って戦うか。考える時間も悩む必要もない。
さっき落とした刀を両手で持ち上げて構える。手と足がプルプルと小刻みに震える。怖いからじゃない。重いからだ。でも今日、この刀と比べ物にならないほど重い人の命を大量に奪った奴がいる。
「そうだ。僕はクズハキになる為に、星科に入る為に、この学校に転校してきたんだった。天国でちゃんと見ててよ。僕の勇姿を」
僕がもし、ここで逃げる選択をするような人間だったら、たとえ星科に入れてたとしてもすぐに死んでたか、今朝のニュースのような職務を放棄して逃げる情けないクズハキに近い存在になっていただろう。
ダストと僕の距離は見る見る縮まっていく。腕を震えさせながら、刀を頭の後ろまで運び、振り下ろす準備をする。しかし、重過ぎる刀は僕の手汗と緊張のせいで両手をすり抜ける。
「やべ!重過ぎるだろ!こんなに軽そうなビジュアルなのにー!」
細身の美少女が大食いだった時くらいの衝撃が走る。細身の美少女が大食いなのはプラスだが、刀が見た目より重いのはマイナスでしかない。
ダストがすぐそこまで来ている。刀を拾い上げる余裕はない。
「あああ!もう!素手でやってやるよ!!来いよ!所詮犬のコピーだろ!?手懐けてやるよ!愛情表現パンチでな!」
親指を中に仕舞い込むタイプの握りこぶしを作る。爪と肉の間に牙を立てられると裂けそうだから、その対策だ。
「まあ、嚙まれたら裂けるどころか、千切れるだろうけど」
覚悟を決めて拳を構えると同時に、再び瞳に闇が入り込んでくる。
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