第3話 見飽きた景色

 血と死体だらけの教室。暗闇から抜け出した瞳に映った景色は極悪人から見たら絶景と呼べるものだろう。目の前には首から上が失われた死体と、心臓あたりを突き刺されて、胸にぽっかりと穴が空いた死体が散乱していた。おもちゃが散らけっぱなしの子ども部屋のようだった。僕のクラスメイトはおもちゃなんかじゃないが、ダストにとって人間はおもちゃ同然だろう。


 「そうだ、田中は...」


 椅子をゆっくり引いて立ち上がる。机を見下ろすと、自分が先程まで机に突っ伏していた証拠が、はっきりと残されていた。赤く染まった机のふちによって、机に突っ伏していた僕の姿が綺麗にかたどられていた。誰のものか分からない血で制服の袖は染まっている。みんなの机や椅子も血だらけ。赤色の絵の具しかなかった世界の画家のアトリエのようだ。


 ペンキのように濃い赤色の血が床と壁、天井にこべりついている。床は隙間がないほどびっしりと赤く染まり、履いているスリッパを汚さずに歩くことは不可能だ。田中の席まで向かう。みんなを踏まないように、みんなに血が飛び散らないように、ゆっくり慎重に歩いた。田中に近づくにつれてスリッパはどんどん重く、赤くなる。頭のない死体がほとんどで、心臓をくり抜かれた死体は二、三人。田中もその1人だった。親友の死体を見ても意外と冷静だった。むしろ、ほっとした。他の死体は頭と体がバラバラだから誰がどの死体か分からなかったからだ。


 「あんなに焦ってたのに、ずいぶん穏やかな表情で死ぬことが出来たんだな」


 声に出す言葉は落ち着いているように聞こえたが、頭の中では5人くらいの自分が各々言いたいことをずっと喋り続けていた。焦ってる自分もいれば、やけに冷静な自分もいるし、今すぐ家に帰りたい自分もいた。


 「というか練り消しデカ!!どう考えても原材料になった消しゴムから作り出せるサイズじゃないだろ!」


 田中の練り消しがデカすぎたおかげで焦っている自分はいなくなった。やばい時ほど、冷静にって誰か言ってた気がするから落ち着こう。


 「残念だったな田中。僕もお前も秘められたものが何にも目覚めることがない普通の人間だったよ。夢みたロマンスなんて実在しなかったね」


 目を閉じて口を大きく開けて深く息を吸う。


 「誰もいないから空気が美味しいや!」


 この地獄みたいな風景を見ずに吸う空気は先程までとは比べ物にならないほど美味しかった。いや、さっきまでの空気がまず過ぎただけか。


 「そうだ...誰か、話せる人...」


 教室から顔だけを出して、廊下の様子を伺う。放課後の学校くらい音がしない。


 「ダストはいない...な」


 廊下に出ると、窓の外の景色に意識を持っていかれる。窓まで近づき外を見る。


 「あんなに真っ暗だったのに」


 黒一色だった世界は普段通りの色を取り戻していた。空にも雲一つない。快晴だ。空は僕の心情を察することもできないらしい。これではっきりした、空と仲良くすることは出来ない。僕の心の天気は雪が降ってるくらいなのに。


 いつもならダストの駆除が完了すると放送が流れるが今日はまだ流れない。やはり何か異常な事が起きているに違いない。ここでじっとしているわけにはいない。とりあえず職員室に行って、先生がいないか見てこよう。


 職員室は一階の下駄箱とは逆方向にある。僕の教室からは結構近い。階段を降りたらすぐだ。できれば移動はしたくないけど、ずっとここにとどまってても意味がないから行くしかないか。階段までに通過するクラスを軽くのぞいてみると、自分のクラスと同じように死体が散乱している。


 「やっぱ、僕しかいないのかな...」


 階段を静かに降りる。こんなに足音を立てないように意識したのは久しぶりだ。一階に降りて一年生の教室をのぞく。やはりみんな殺されている。でもいつの間に?下からは悲鳴も何も聞こえなかったはずだ。


 職員室には先生の死体が転がっていた。やっぱりここもダメか。どうしよう。三階も見に行ってみるか。はぁ緊張してきた。駆除完了の放送がない以上、まだ校内にダストがいる可能性が高い。鉢合わせたら確実に死ぬ。嫌でも死を意識し始める。


 「行くしかないかー」


 この学校は特別だ。未来のクズハキを養成するための星科があるからだ。クズハキはダストを殺す職業。普通の学校には常駐しているクズハキが存在する。だがこの高校にはいない。なぜなら星科のクズハキ見習の生徒とそれを指導する元クズハキ達がいるからだ。普通の高校と比べて安全性は格段に高い。そして、星科が存在する高校の偏差値は高くなる。みんなが安全を求めて勉強をする。いい仕組みだと思う。そのおかげでこの高校に転校するために苦労した。


 「転入試験難しかったよな~僕にしてはそこそこ頑張った。記憶力が良いのが売りだから、暗記科目には助けられたよな。そんなに頑張ったのに、安全だったはずなのに。苦労して手に入れた学校生活も今日一日で終わりかよ。人生だって...もう終わりかけてる気がするんだーははは」


 極限までに音を抑えた階段を上がる僕の足音は自分の声にかき消される。


 「足音抑えてるのに喋っちゃったら意味ないだろ僕。この学校の生徒なんだ。賢いはずだろ...そもそも何であんなに苦労してまで、この学校に来たんだっけ?」


 最後の一段を越えて、三階の床に両足を付ける。三年生の教室をのぞく。他の学年と同じように死体が散乱している。


 「結局ここも一緒かよ。まあ、そりゃそっか。はああ」


 歩く足を止める。今までの人生で一番ため息と呼ぶに相応しい息を吐く。後ろを振り返ると、血がこべりついた靴底が残した道標ができていた。それは僕が歩くにつれてどんどん掠れていた。


 「怖いし疲れた」


 廊下の壁に背中を押し当ててだらけながらしゃがみ込む。それでもこの先に視線を向けると、何かが光って見えた。


 すぐに立ち上がり、目を細めてよく見る。あっちには三年五組から八組までの教室がある。そこに行くまでの曲がり角から、光は見えた。


 おそらく、星科の生徒が使っている武器だ。それが太陽光に照らされて光っているんだ。


 「あっちに、星科の生徒が!会えたら生き残れるかも!」


 足音を気にすることを忘れて走り出す。

 

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