第2話 真逆の景色
外の景色が何一つ見えない。窓の向こうは真っ暗闇だ。光のない世界に来たみたいだった。
「おい!何だこれ!?」
「逆停電!?」
「夜の上位互換かよ!?」
「こわーい!」
クラスのみんなが騒ぎ始める。田中は先程の発言は嘘だったかのように青ざめて震えていた。そんな騒がしい教室に放送が入る。
『ただいま校内にダストが侵入しました。星科の生徒が駆除にあたるので、生徒の皆さまは教室に待機してください。』
全員が黙って放送に耳をすませた。いつも通りの放送内容。しかし状況はいつもとは違う。普段ならクラスのみんなの、なんてことない会話にかき消される放送も今日はよく聞こえた。何か異常なことが起きている。ここにいる全員がそう感じ取っていた。
何回か繰り返された放送が終わった瞬間、再びクラスに騒がしさが舞い戻ってくる。教室に待機と指示があったにも関わらず、真っ先にリュックを背負って「早退する!」と言い放ち、教室を飛び出す者。窓の外の暗闇をスマホのライトで照らしてみる者。何かしらの行動をしていないと心が落ち着かない状態だった。
それは僕も例外ではなく先程から頭の中でひとりしりとりを無限に味わっていた。田中は気づいたら自分の席に戻って、消しゴムで自分の机を削り、巨大練り消し作りに勤しんでいた。
つい先日に近くの高校でダストによる被害があったこと。外が真っ暗になり何も見えなくなるという経験したことがない状況。パニックに陥る要因が揃い踏み。パニックのパーティーは止まらない。
そんな中、いきなりクラスが静まり返る。校舎の中まで闇が忍び込んできた。誰も何も喋らず人の動く音すら聞こえない。闇が作り出した静寂。目の前にあるはずの自分の手すら見ることが出来ない暗さ。
「キャーーー!!」
突然、隣のクラスから悲鳴が聞こえた。それは普段から女子があげている生優しいものではなかった。本物の恐怖に襲われた悲鳴だった。その声は段々と増えていき、男の声も聞こえ始めた。遺言のような悲鳴と共に何かを引きちぎったり、突き刺したりする音も聞こえてくる。
ダストに殺されている。この音を聞いた全員がそう感じたと思う。生まれてはじめて理解した。頭の中が真っ白になるということを。そして、次は自分達のクラスということも理解できる。この場から離れたい。でも分かる。動いた奴から死ぬって。
手が小刻みに震える、心臓が有り得ないほど踊っている、汗も滴り落ちる。膝に力が入らない。今にも椅子から転げ落ちそうだ。何も映さない瞳を閉じることが出来ない。何も見えないが、見ないといけないからだ。
隣のクラスから何も聞こえなくなる。再び静寂に包まれた教室で、誰かと何かが、ぶつかる音が聞こえた。
「ギャッ!?」
という声が合図だ。殺戮が始まる。伝染する悲鳴の発生源を次々にぐちゃぐちゃにしている。そんな音が聞こえた。真っ暗で何も見えないから上手く動くこともできずに、机や椅子、壁にぶつかる音も聞こえる。その音ごとぐちゃぐちゃにされている。
僕は悲鳴を出すことすら出来なかった。机に突っ伏して目を閉じた。暗さが欲しいからじゃない。何も見たくなかったからだ。
机に突っ伏して閉じていた目をゆっくり開けた。隣のクラスから悲鳴が聞こえたからだ。もうこの教室にはいないだろう。僕は窓側の席だから幸いにも逃げ惑うクラスメイトと接触することもなく、巻き込まれずに生き残ることが出来た。
この教室からダストがいなくなったのはいいものの、未だに真っ暗のままだ。
机に横たわる顔を起こして、ポケットに入っているスマートフォンを取り出す。画面を触っても光らない。何も見えないのは僕たちの目がおかしくなっているのか?いや、違うな。ダストが教室に来る前は外が真っ暗だった。一定の範囲内を闇に落とす能力でもあるのだろうか。
クラスのみんなは死んじゃったのかな。もしかしたら僕も同じように机でじっとしていた奴とかが生きてて、今も僕と同じようにして、同じようなこと考えてるのかもな。そうやって明るく考えた方がいいに決まってる。
ここは二年生の教室だ。一年生の教室は一階、二年生は二階、三年生は三階にある。各クラスずつ殺し回ってるのかな?でも一階から悲鳴は聞こえなかった。流石に殺される時くらいはみんな叫ぶはずだから聞こえると思う。
いきなり二階に来たのかな。どうなんだろう。こんなこと一般人の僕が考えても分かるわけない。このまま一生何も見えない状態だったら最悪だ。さっきみんなと一緒に死んでればよかった。さっき自分が生き残ったことに安堵したくせに、そんな考えが頭をよぎる。
ただでさえ何も見えないんだ。更に暗くなるようなことを考えるのはやめよう。机に突っ伏して目が見えるまでじっとすることにした。
かなり時間が経過した気がする。ずっとこの姿勢でいるのは意外と疲れる。だらけてる体勢なのに。背もたれにもたれかかって、閉じていた目をゆっくり開く。久しぶりに開いた目が映した景色は真っ白だ。
「うわ、眩し」
思わず声が出た。もう一度目を閉じてから、ゆっくりと目を開ける。今度は大丈夫。自分の手も指もハッキリ見えた。やっと光が僕の瞳に帰ってきた。地獄のような光景と共に。
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