白瀬 佳乃 -後編-

 待ちに待った決戦の日、クリスマスがやって来た。気合は十分。一つ上の先輩にも協力してもらってプレゼントもしっかり選んだ。


(……アッキー先輩、彼氏に振られて何か変になってたけど)


 彼氏に振られ、もう恋なんてしないなんて言って大学デビューして派手派手な男装をしていた先輩、松江昌のことを思い出して同じ末路に至らないか少し不安になった佳乃だが、彼女の中で昌は未だに頼れる先輩ランキングNo1のイケメン女子だ。去年も湊へのプレゼントを一緒に選んで喜んでもらったし、見立てに問題はないだろう。


「さて……」


 事前に出来る限りのことはしておいた。もう、上から下まで色々と準備済みだ。後は湊次第。覚悟を決めて佳乃は袴塚家のインターフォンを鳴らす。すると程なくして湊が出て来た。


「……おはよう」


(……テンション低い!)


 第一声から湊に覇気を感じられない。これは佳乃が望む未来から遠い気配がする。佳乃は強い危機感を覚えた。


「お、おはよう! 大丈夫? 体調悪いの? 看病するよ!」

「……いや、大丈夫。行こう」


(あんまり大丈夫じゃなさそうなんだけど……無理して外でデートじゃなくて湊君のお部屋で看病という名のデートでもいいのに)


 ちょっと不謹慎なことを考えたが、湊曰く、熱もなければ風邪の症状もない。身体の不調はないということなので佳乃は湊に連れられて外に出た。


(看病なんて勘弁してくれ……これ以上、体調を悪くさせないでほしい)


 湊の身体はともかく、内心は佳乃が考えるよりも深刻な状態だったが。


 それはそれとしてデートの時間だ。プランは10:00から15:00まで湊の持ち時間で、その後は20:00まで佳乃の持ち時間となっている。湊と佳乃それぞれが今日やりたい内容を取り入れられる内容だ。


(……大丈夫かな? 私の予定だとにぶちんの湊君は自分の時間の間は友達みたいに色々遊び回ると思ってたんだけど)


 佳乃は自分の時間で二人の思い出の場所を回ってムードを高め、イルミネーションの下で告白するという考えをしていたので二人で遊び回る時は余計なことを考えずに楽しむはずだったのだが、湊が体調不良となればそうも言ってられない。


(これから先のお付き合いの方が長いんだから、今無理することはないのに)


 そんなことを考えながら佳乃は湊にエスコートされる。体調が悪くても優しい湊は佳乃のことを慮って楽しませてくれた。しかし、時折見せる笑みは何故か儚い印象を受けるもので、佳乃は段々焦り始めていた。


(……何か大変な病気とかじゃないよね?)


 最早デートどころではない。これは後半、自分が持っていた時間を返上して湊を家に帰した方がいいんじゃないだろうか。そんな考えが急浮上する。しかし、仮に湊が重病だとすれば彼はどうするだろうか。恐らく、優しい彼のことだ。自分から静かに離れていくだろう。


 ……そこで、佳乃の中で嫌な形でパズルのピースがはまった。これは湊から事情を聴く必要がある。だが、彼は隠そうとしているのだ。どのタイミングで聴くべきか。


 佳乃が悩んでいる間に時間は過ぎていく。やがて彼の持ち時間は終わりを告げた。


「遊んだね。今日は付き合ってくれてありがとう。これからは佳乃の時間だけど」


 自身の持ち時間で楽しんだふりをして全て隠し通した気でいる湊。だが、これからは佳乃の時間だと言った時の表情の変化を佳乃は見逃さなかった。


 切り出すなら、ここだ。佳乃は意を決して湊に尋ねる。


「……ねぇ、湊君。私に隠してること、ない?」

「え……」


 空気が固まった。それまで何とか表面上保っていた浮ついた空気が壊れる。湊は、耐え切れなかった。


「隠してることがあるのは佳乃だろ?」

「え?」


 予想外の切り替えしに佳乃が困惑するのだった。



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