袴塚 湊 -後編-
「はぁ……」
袴塚湊は困っていた。原因は幼馴染の美少女、白瀬佳乃だ。彼女は湊とクリスマスの日に会う約束をしたことをその後数日で周囲に広め、湊のキャンセルを難しくしていたのだ。
(父さんにも気を遣われる始末だし……)
佳乃から湊の父親にホットラインがあるわけではなかったが、佳乃の母親から湊の父親へのラインはある。どうやら、お年玉を前借する理由を聞いた佳乃の母から湊の父へ情報漏洩が起きたらしい。それによって想定外の臨時収入とクリスマス当日の夜の自由を手にしてしまった湊だが、両方とも正直言って持て余していた。
(はぁ……こういうの積み上げていけばいくほど、後になって困るのは佳乃の方なのにな……)
どうせ自分は踏み台だ。高望みしてはいけない。そう自分に言い聞かせる湊だが、それはそれとしてプレゼント代として貰ったお金は気を遣ってくれた父のために使う必要がある。
(何か適当に買いに行くか……)
億劫だが、駅前の百貨店でいいだろう。最近はあまり話をしていないので佳乃が今何を欲しがっているか知らないが、それでも現金をそのまま渡すよりはいいだろうと湊は思った。
(いや、踏み台からプレゼント貰っても嬉しくないか。現金の方が……)
現金の方が汎用性がある。渡されて嫌なことはない。そんな考えやネットの記事も湊の頭を過ったが、彼の無意識が佳乃を自分が知っている佳乃に留めておこうとしてその考えを排除した。
嫌な考えを振り払って湊は早速駅前のデパートに行く支度を整えて家を出る。外は寒い。しかし、自転車に乗っていればすぐに体は温まった。程なくしてデパートの前にある駐輪場に自転車を止めると彼はデパート内に入った。
(……去年の約束、佳乃は覚えてるかな)
去年のクリスマスは手袋をプレゼントした。その時に来年はマフラーをあげることを約束している。まだ湊が普通の家族に戻れるという期待を抱いていた最後の楽しい記憶だ。その一週間後、年末にはある種の大掃除が行われて家から粗大ごみが消えてなくなったが。
余計なことを思い出して気分が沈んだ湊だが、そのマイナスの想像を追い出すように目の前のことに集中し始める。佳乃が喜ぶ顔を想像すれば湊も幸せな気分になれるのだ。それは今もまだ変わらないこと。
(これ、似合うと思うな。でもこっちの方が手触りいいな……)
色やデザイン、手触りなどを確かめて佳乃の好みに合いそうなものを選ぶ。最近は制服姿の印象が強いが、来年からは私服での行動しかない。出来れば彼女好みのもので、湊が彼女に似合うと思うマフラーを選ぶことで佳乃に使ってほしかった。
(よし、これにしよう)
湊が選んだのはライトフォーン色をしたカシミヤのマフラーだった。かなり無難な形で収まったが、彼女の服のコーディネートから考えると使いやすいものになったと思う。
「すいません、これに刺繍って出来ます?」
「はい、可能でございます。お値段変わりますがよろしいでしょうか?」
「あ、はい。ここにS-yoshinoって入れてください」
「では、お時間少々いただきます。大体三十分くらい後にお戻りになってください。こちら、預かり証になります。お会計、6600円です」
会計を済ませる湊。父親から貰った臨時の小遣いは当日のデート代も含んでいるとのことなのでまだ余りある。
(取り敢えず、これをあげるとして……時間潰しにちょっと店内を見て回るか)
三十分という微妙な時間を待つことになったが、スマホを弄るか適当にデパート内をうろついていればすぐに時間は経過するだろうということで別の店に行く。
そこで湊の目を惹くものがあった。
(あれ、佳乃……? と、誰だ?)
少し離れたアクセサリーショップでショーケースの中をじっくりと食い入るように見ているペアがいた。その片方に湊は見覚えがあった。長い付き合いだ。服装も見たことがある。遠目でも見間違えることはない。小柄な女子は佳乃だ。しかし、彼女の隣にいる短めの茶色い髪をした長身の青年は見たことがない。
「あぁ……」
だが、湊は直感的に判断した。あれが、あの青年が佳乃を寝取った男なのだと。
(……覚悟してたけど、やっぱりか。思っていた以上にクるな、これ)
遠目に見ても整った中世的な顔立ち。いかにも遊んでいそうな出で立ち。湊が佳乃を寝取るのならこういう人間だろうと想像していたのと大体同じようなタイプの青年の登場に湊は息苦しさを覚える。
(っ……はぁ、帰ろう)
彼氏とペアリングを選んでいる彼女に名前付きのマフラーなど送っても迷惑なだけだろう。それでもお店の人に迷惑をかける訳にも行かないので湊は失意にありながらも購入したマフラーを受け取って自宅に帰るのだった。
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