白瀬 佳乃 -前編-

 最近、幼馴染が素っ気ない。


 白瀬佳乃は幼馴染である袴塚湊の異変に気付いていた。


(……これ、このままだと遠距離は厳しいかもなぁ)


 彼の異変の原因が何かは分からないが、彼の勧めに従って断腸の思いで決めた地元私立大学への進学も今となれば間違えた気がする。湊は白瀬家の家庭事情、主に経済面での負担を理由に佳乃の実家から奨学金を使って進学することを勧めてくれたが今となっては多少強引でも地方大学に進む彼について行けばよかったと後悔していた。


(このまま別れることになったらどうしよう……)


 厳密にはまだ付き合っていないのだが、佳乃の頭の中では割ともう付き合っている前提で話が進んでいる。それもそうだろう。幼稚園の頃からの付き合いで、去年まで顔を合わせない日はなかったと言っていい程親密な仲だったのだ。

 それが今年になって急に湊が素っ気なくなった。それとなく理由を聞いてもはぐらかされるだけだ。このままでは佳乃の幸せ家族計画が壊れてしまう。


「絶対、ダメ」


 今の自分があるのは父親を喪っても育ててくれた母親と、経済面で不安定になり家のことがあまりできなくなった母親に代わり自分を支えてくれた湊のおかげだ。佳乃にとってかけがえのない二人の内の片方をそう簡単に失うわけにはいかなかった。


(チャンスはいっぱい作るけど、決めるのはクリスマス。そこで告白して、ちゃんとしたカップルになる。その後は……)


 まぁ、色々だ。湊から貰った思い出の大きなぬいぐるみを強めに抱き締めて少しの間だらしない笑みを浮かべる佳乃。ただ、すぐに思考を切り替えて真剣に考える。


(絶対、湊君は渡さない。変な人に寝取られてたまるもんか……!)


 ぽわぽわした小動物のイメージ図の背景に闘志の炎が燃える。去年、湊がまだ自分に優しかった時に彼が転寝をした際、魘されるように呟いた言葉を調べた時の衝撃は忘れられない。


(湊君は私のだ……!)


 決意新たに佳乃は今後の予定を考える。今後のことは分からないが、彼女が今からやるべきことはクリスマスデートの準備だ。このデートの成否によって今後の展開が大きく変わることになる。


(取り敢えず、クリスマスだからプレゼントは用意した方がいいよね?)


 去年までのクリスマス、湊がまだ自分に優しかった時はクリスマスにはプレゼント交換をしていたものだ。今年は何故か冷たくなった湊だが、その頃の関係……いや、それ以上の関係に進みたい佳乃としては最低限プレゼント交換ぐらいはしたかった。


(でも、今年はどうなんだろ? 去年の約束覚えててくれてるかな? 私だけ持って行くのは……悲しいよ)


 寂しさを感じて再びぬいぐるみを抱く力が強くなる。ただ、佳乃はそこでふと思いついた。


(いや、逆に考えよう。湊君がプレゼント持って来なかったら私からおねだりしてもいいということでは……?)


 ちょっと厚かましいかもしれない。そうも思った佳乃だが、遠慮していて見知らぬ誰かに寝取られるなんてことになってしまったら目も当てられない。


(我儘かな。でも、多少強引に進めないとこのままじゃ……)


 究極的に言えば、付き合いたいというのも自分の我儘ではある。それを押し通すのであれば多少の強引さは必要だろう。佳乃はそう思い直した。


(なら、プレゼントは断り辛いものにした方がいいよね。ちょっと頑張らないと)


 クリスマスまで時間はない。毎年のことだが湊は欲しいものを言ってくれないので自分であげる物を考える必要がある。


(何を言ってもありがとう、だからなぁ……今年はもう一歩踏み込みたいし、どんなプレゼントがいいかな? いつもと同じじゃダメだから、誰かに相談しようかな?)


 何をあげるべきかを考える佳乃だが、まずは先立つ物が必要だ。お小遣いで買える範囲の物にするか、それとも母親にお年玉の前借をするか。佳乃はプレゼントの予算から考えるのだった。



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