脳漿炸裂する前に
古人
袴塚 湊 -前編-
少し前まで普通だった家庭が崩壊する。それでも広い世界を見渡せば大したことのない出来事として流されていく。
だが、崩壊した家庭にいた当事者の傷はそう簡単には癒えない。
彼、
第二次反抗期の真只中、これから大人になる中で起きた母親の不倫という出来事は彼の中にトラウマを残した。関係の再構築を目指した父親と再構築の最中でも不倫を止められなかったというのに母親面したあの女。自分たちよりも間男との身体の関係を求めたあの女を湊は許すことが出来る訳もなく、高校三年生の師走……今に至る。
「はぁ、寒……」
寒空の下、湊は幼馴染の少女と共に下校していた。小柄で人目を惹く可愛らしい美少女である彼女、
「急に寒くなったよね。今年、秋なかった気がする~」
「そうだな」
「でももう12月だから寒いのも仕方ないよねぇ。もうすぐ冬休みだけど……湊君、予定空いてる?」
「……あんまり」
嘘だった。総合型選抜入試で既に大学合格している湊は暇を持て余している。だが佳乃にはそれを知られたくなかった。予定が空いていると知れば目の前の彼女はすぐに一緒にいるという予定を入れようとして来るからだ。中学生の頃、母親の不貞行為を知る前の湊であればそれを好ましく思っていただろうが、擦れた今の彼には重荷でしかない。だが、湊の予防線は佳乃に簡単に突破されてしまった。
「あんまり、かぁ……じゃあ、今の内に予定決めとかないと。いつなら空いてる?」
「んー、ちょっと覚えてないかな。何か色々入れられてたのは覚えてるんだけど」
「え~……? じゃあ、取り敢えずクリスマスイブとクリスマスの日は大丈夫?」
その二つの日を指定して来る意味が分からない程、湊は鈍感ではない。推薦入試で合格した佳乃と選抜入試で合格した湊では違う大学に行くのが決まっている。今までとは違う環境に身を置くに当たって、佳乃は出来る限りのことをしたいのだろう。
(でも、どうせ寝取られるしなぁ……)
だが、湊の方は既に冷めていた。不倫した自分を正当化するために元母親が自分の父親に対してぶつけた罵詈雑言が彼の心を凍てつかせていたのだ。
(佳乃は可愛いし、コミュ力も高い。それに対し、俺は頑張っても平均値だ。勉強はある程度出来ると自分では思ってたけど、結局は大学も普通。大した取り柄がない俺があんまり高望みすると後で痛い目見るんだ……)
元母親の言うことなど信じない、聞きたくもないと思っていた湊だが、それまでの生活があった以上、丸っきり気にしないということも出来なかった。寝取られた母が父親に放った罵詈雑言は湊のことも傷つけていた。
「クリスマス、ね……」
はっきり言って、今後のことを考えるのであれば、これ以上深入りして傷付く前に佳乃から離れたい。
しかし、目の前で祈るように、縋るようにこちらをじっと見上げている佳乃を見てしまうと悲しませる選択肢を選ぶことも出来なかった。
「……クリスマスの昼は空いてた、気がする」
「じゃあそこは私の時間ね! 絶対だよ!」
「……わかった」
後で断ろう。直接見ていなければあまり心は痛まずに済むはず。湊はそう考えた。
「……因みに、夜は何の予定?」
「いつも通り。父さんの……」
「い、いつも通りならさ。その、おじさんに言ってOK貰えれば一緒にいられる?」
「止めてくれよ。父さんなら多分いいって言うけど、本当は去年のこと引き摺ってるんだからさ」
半分本音で半分嘘の言葉を湊は吐いた。父親がいいというのは間違いないだろう。だが、去年の出来事、即ち母親が父親や自分との関係の再構築を拒んで離婚を選んだことを引き摺っているのは湊の方だ。
「そ、そっか……」
「うん」
「ごめんね? でも、その……おじさんも湊君に元気出して欲しいって言ってたってことは覚えてて」
(まさか父さんに佳乃を寝取られるのか……それは流石に脳破壊が過ぎるだろ……)
妄想力が高過ぎる湊は少し戦慄した。だが、流石に身内を疑いたくない。その嫌なイメージを何とか頭から追い出して湊は他愛のない会話に戻るのだった。
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