46.地下へ

「あっ!」

 という声を上げたミラが指さす方を見れば、縦に長い岩の影からこちらを窺う、子馬の姿が見えた。

「きっと、さっき見た子だよ」

「そうか。確かに白い馬より小さいな」

「ねっ」

 ミラとのそんな、何気ないやりとり。だがそのことに一拍おいて驚いた。だって、ミラがそれを日本語で話しているからだ。

 俺は「ねっ」なんて相槌を教えたつもりはないのだが、ネイティヴでもない彼女がこうして「(そう)だよね」を普通に省略して使っているのはどういうわけなのだろう? 俺が無意識に使っていたのをマネしているにしても、自然に使いこなしていて、びっくりする。自然すぎて危うくその凄さに気付かずスルーするところだった。

 子供を自慢する親の気持ちを少し理解すると同時、賢すぎる子供というのは親にとってプレッシャでもあるのだなぁ、なんて考えてから、自分が親目線になっている事実に気付き、またびっくりした。

 ――あまり感情移入しすぎてしまえば、お互いに辛くなるばかりだぞ。

 いつかは別れが来るのだから、と自分を戒める。が、カイの時も似たようなことを考えたような気がして、思わずふたりに目を遣る。

 ミラは楽しそうにカイに話しかけて、カイもそれに何言かを返している。

 そんな様子を見て、自分の心に問いかけてみれば。

 ――うん、これはもう手遅れかもわからんね。

 そんな思いが過ぎる。

「ヒヒンッ!」

 そんな声に意識を引き戻されて見れば、その声の主であろう子馬は、いつの間にかユニコーンの隣に並んで歩いている。

 子馬がユニコーンの首元に鼻先を寄せると、ユニコーンの方もそれに応えるように子馬の首元に口を寄せる。

「親子かな?」

「違うと思います」

「違うかぁ……」

「でも仲良しです!」

「……うん!」

 そんなミラとカイの会話は、不思議と俺の心を、キュッ、と締め付けた。


「……この先の……」

「えっ!?」

 岩山にいくつも空いた岩窟の一つに辿り着くと、ユニコーンが喋った。半ば喋らないものだと決めつけていたため、ついそんな反応をしてしまった。

「…………」

「ああ、いや、喋らないと思っていたので、少しびっくりしただけです。無口なだけだったんですね」

 ユニコーンに無言で見つめられて、つい敬語で言い訳がましいことを口にしてしまう。

「……自分、不器用ですから」

「…………アッ、ハイ」

 えっ、どういうこと? 自分の聞き間違えだろうか。どうリアクションするべきだろうか。そんな考えがまとめて頭の中を駆け巡って一瞬フリーズし、無難な返事しかできなかった。

 魔の流れが膨大な情報を含有しているとして、いくら昭和から平成にかけてを代表するような名優とはいえ、その情報をピンポイントで拾えるものだろうか。いやそもそも、そういう言葉として認識したのは俺の語彙の問題で、このユニコーンがモノマネをしたわけではないだろう。それとも俺は無意識にこのユニコーンからそういう類いのダンディズムを感じていた……? ……んなわけあるか。

「……この先の、地下に、開いたままの扉がある。……利用できそうなものがあれば、持って行くと良い……」

 ユニコーンは口元をブルルッと震わせているだけに見えるのだが、そういう言葉として認識できる。心なしかその声音も……いや、それはさすがに気のせいか。

 気持ちを切り替え、目の前の岩窟を見る。入り口から見た限りでは、普通に岩を掘り抜いただけの穴に見えるが。

「崩落の危険は?」

「……まず無い。……この入り口は、周囲の穴と似せて作られたものだ。……旧文明の補強技術で頑丈だ」

「なるほど……」

 聖獣にも色々な個性があるのだなぁ、なんて関係ないことも思いつつ、このユニコーンは何らかの善意で俺たちをここへ案内したのだろうとは感じた。自己申告通り不器用なせいか、説明不足感は否めないが。

「……じゃあ、行ってみるか?」

「うん!」

「はい!」

 一応尋ねるも、やはり前のめりなミラとカイだった。


 一段一段が大人四人ほどが余裕を持って立てるステップで構成された階段は、緩やかな螺旋を描いて地下へ続いていた。

 頭上に作り出した魔法の光が浮かび上がらせる壁や天井は普通に岩が露出しているようにしか見えないのだが、足下には岩壁が崩れた欠片のようなものは見当たらないので、ユニコーンの言うとおり何らかの補強技術が施されているのだろう。ただ、ステップには細かい土砂か、埃か、歩けば足跡が残る程度には汚れている。湿度が高いのか、それが舞い上がるようなことはないが、あまり長居したい場所でもなかった。

 階段をただ降りるばかりなのは単調で、掛かった時間は長く感じたが、それでも五分は経っていないだろうというくらいで、開けたフロアに到着した。

 降りてきた階段の隣に、さらに下に続く階段がありそうな空間があったが、少しだけ奥まったところで平坦な壁によって下から上まで完全に塞がれている。ちょっと広めのエレベータホールという感じのそのフロアも、材質は分からないが平坦な壁で全体が構成されていて、明らかな人工物だと思われた。

 階段の踊り場部分にあたるスペースの側壁に、押しボタンのようなものがある。左右両側にあるが、それが階段手前の壁を開閉するものであった場合、今降りてきた階段の方を操作するのはちょっと恐い。そう考えて壁の降りている方のボタンを押すと、多少の抵抗感を感じさせつつ、思った通り押し込むことはできた。が、何も起こらない。動力が生きてはいないのだろう。そう判断して、階段前の空間に向き直る。

 おおよそ直方体の空間は、長い辺の側面に降りてきた階段スペース、その正面に開閉口であろう地面から縦に伸びるスリットが二つ、左右の面には一つずつ同様の開閉口がある。それを開閉口と判断したのは、左手側の口が半開きのままその奥の通路を覗かせていたからだ。おそらくそれが、ユニコーンの言っていた開いたままの扉なのだろう。

 天井も平坦で、照明らしき器具は見当たらない。本来は天井自体が発光するような仕組みなのだろうか? フロアの壁には階段横にあったようなボタンらしきものは見当たらない。センサで人などを感知して自動で照明を点す仕組みだったのかも知れない。――そんなことを考えるくらい、この場が未来的な施設に思えた。

 念のため、閉じているスリットの前に立つ。その壁に手を当ててみたりもしたが、やはりどれもうんともすんとも言わない。緊急用の動力のようなものも含めて、この施設は完全に沈黙していると考えて良いだろう。

「あの奥に行ってみよう」

 キョロキョロと周囲を見回していたミラ達に声を掛けて、開いたままの壁の奥へ踏み入る。少し警戒感が足りないかな、とは思ったが、あのユニコーンが俺たちを陥れる理由がないし、それがわざわざここへ入ることを勧めたのだから、少なくとも危険はないのだろうという程度には信用している。

 通路はそんなに長くはない。グランに出会った部屋のあったエリアに続く通路を思い出した。ただ、この通路の側面には左右に一つずつの扉がある。左の壁が手前に、右の壁は奥にと、ずれた配置だ。ちなみに、突き当たりには扉もスリットのようなものも見当たらず、ただの行き止まりに見える。

 まずは近い手前側の扉、縦向きに取り付けられた、飾り気のないドアハンドルに手を掛ける。しかし、ロックされているのか、あるいはただのグリップなのかそれ自体は動かない。握ったまま扉をスライド、押し引き、念のため上下にも動かそうとしてみたが、どちら方向へも動きそうになかった。

 俺の後を受けて扉との悪戦苦闘を始めたミラを横目に、奥の扉へ向かう。作りは先ほどの扉と全く同じと見える――が、取っ手を持ってスライドさせれば、扉はあっさりと開いた。

「ミラ、カイ、こっちは簡単に開いたぞ」

 そう声を掛けて、近づいてくるミラの表情が少し不服そうなのが、何となく微笑ましかった。


 入り口を入ってすぐ先で、床が少し高くなっている。扉の中すぐ左の壁は棚状にくりぬかれていて、日本人的に見ればそれは“玄関”だった。ここにいた人たちは室内で靴を脱ぐ習慣があったのだろうか? ただ、棚の中に土塊のようなものが小さな山を作っているように、床の方もキレイとは言えなさそうで、さすがに今は靴を脱いで上がるのは躊躇われたが。

 中は、調度品だったと思われる残骸が、グランと出会った部屋よりは原形を留めた形で散見され、やはりここは住居、あるいはそれに近い部屋だったのだろうと判断された。

 一見、この中に“利用できそうなもの”があるとは思えなかったが、寝室だったと思われる(というか、会社の仮眠室を連想させた)部屋で、見覚えのあるものを見つけた。

 ――それは、ルーメンに於いて『太陽神の書』と呼ばれていた端末だった。

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