42.大人と子供
ミラの言葉から察するに、たとえ逃げ延びた人がいたとしても、ここへ戻っては来ないのだろう――俺はそう判断して、ミラにも確認した上で、彼女のための衣類や、幾許かの食料を頂戴した。火事場泥棒のようで気が引けるが、ミラを無事にメルトポゥへ送り届けると決めた以上、背に腹は代えられない。
食料は、冬場ということもあって、日持ちのするものも多く残されていた。冷蔵庫のような魔道具はあるが、温室での栽培などは広く行われているわけではない(全く無いわけでもない)ので、冬場は保存食に頼るのが一般的だ。この村に滞在していたのは、あくまでも生存者の帰還を待ってのこと。なので食べ物は自前で賄っていたため、いくらかは補充させてもらうことにした。
そうして二人と一頭で村を回ったが、遺体は弔ったとはいえ、やはり破壊の跡や血の跡までは消しようもなく、ミラを気に掛けてはいたが、その表情を見るに、やはり辛い思いをさせてしまったようだった。
「……村のみんなは?」
にもかかわらず、彼女は悲しみから目を逸らそうとはしない。亡骸が見当たらないことに気付いた彼女は、やがて俺を見据えてそう言った。
「……こっちだ」
俺はただそれだけを口にして、教会の方へゆっくり歩き出した。
幼い少女がこんな状況で気丈に振る舞う姿は、痛々しく感じられる。だけど同時に、その姿にただ敬服する思いもある。だからきっと、同情なんて失礼だろう。でもやはり、ミラがまだ力ない少女であることも純然たる事実で。
――そんな相手に、俺はどう向き合えば良いのだろう?
歩きながら俺は、そんな、俺一人じゃ決して正解を判断できないだろう難題を、頭の中でこねくり回していた。
「すまない。村の人たちは、ここに、皆まとめて埋葬してしまった」
墓地に着いてまず、俺はミラに謝罪した。良かれと思ってしたことではあるが、同意も得ずに勝手にやったことでもあるから。
「ううん。ありがとう……オサム」
ミラはそう言うと、俺が一抱えほどの岩を魔法で板状に成形した墓標の前で、目を閉じ、指を組み、静かに祈りはじめた。
――ありがとう、か。
ミラは、彼女の自己申告によれば、まだ四歳だ。なのに、この状況でそんな言葉を言えてしまうなんて、大人びすぎてはいないだろうか? この村の環境か、親の教育か、あるいは彼女自身の資質によるものか。……女子は男子より成長が早いとは言うが、これが普通なのだろうか? 少なくとも、俺が四歳の頃なんて、全く覚えてはいないが、こんなに立派では無かったことだけは胸を張って言える(胸を張ることではないが)。
だが、何というか、歳不相応に立派に見える姿からは、張り詰めた糸のような危うさを懸念してしまう。だからといって、俺が腫れ物に触るように接すれば、多感な幼子を傷つけることにもなりかねないのではないか、という懸念もある。
ただ何にせよ、ミラはそういう子だ、というのが目の前の事実だ。
……俺は、それを認めた上で、できるだけ自然体で接してあげれば良いのだろうか? ――先ほどから考えてはいるが、結局どう振る舞うのが正解かなんて分からない。いや、散々迷っておいて今更だが、たとえ分かったところで、俺はその通り行動できる自信もない。なら、俺はただ、この子への思い遣りさえ忘れなければ良い。というか、それくらいしか、俺にできることはない気がする。
とまあ、少し消極的な結論という気もするが、一応は方針が固まったので、意識して気持ちを切り替えた。
未だ祈るミラの横で、俺も故人に手を合わせ、心の中で冥福を祈る。
――この子は、必ずメルトポゥへ無事に送り届けます。
そんな、俺の決意も添えて。
「…………」
目を開くと、ミラが俺の方をじっと見上げていた。
「……どうした?」
そう尋ねると、ミラはちょっとだけ迷った様子を見せてから、俺に問う。
「どうして、お祈りの手が違うの?」
言われて、意識せず合掌していたことに気付く。
「これは……俺の生まれ故郷では、こうするんだ」
「故郷? 遠いの?」
「ずっと、ずっと東にあるはずなんだ。俺たちは、そこを目指して旅をしている途中なんだ」
そんな話をすれば、ミラは、どうして俺が故郷から遠くにいるのか、その故郷とはどんなところなのか、今までどれくらい旅をしてきたのか、どんな旅をしてきたのか、そんな色々を、家に戻ってからも、俺が答えてあげる毎、連鎖的に知りたがった。
そうやって好奇心をあらわにする姿は、ようやく年相応と見えて、少し安心した。俺はそんな彼女に、言っても解らないだろう、なんて決めつけはせずに、できる限り真剣に、正直に、応えたいと思った。
けれどそんな想いとは裏腹に、別の世界からやってきたのだという事は、どうしてか、伝えることができなかった。
昼食には、日持ちしないだろう食材を遠慮無く使わせてもらった。とはいえ、丸一日以上眠っていたミラのことを考えると、あまりがっつりやこってりというわけにもいかないだろうと、ポトフ風の煮込み料理を具だくさんで拵えただけだが。
ただ、俺なりに丁寧に下処理もして、ミラの質問に答えたりする間、アク取りもサボらずじっくり煮込んだそれは、俺自身思っていた以上の出来となり、そしてそれはミラの口にも合ったようだった。
おかわりも含め、一心不乱といった様子でそれを平らげていた彼女は、満腹になった今、ソファの上でいつの間にか夢の世界に旅立っている。その寝顔は年相応に
寝室から毛布を持ってきて掛けてやると、ミラは僅かに身じろぎするだけで、起きる気配はない。
――俺たちがいることで、多少はこの子が安心して眠る手助けになっているのだろうか?
せめて、そうであってくれたら良い。そう思った。
いつまでも幼子の寝顔を見つめていては、“へんたいふしんしゃさん”の烙印を押されかねない。
そう我に返った俺は、ミラのことはカイに任せ、明日の準備に取り掛かった。食料や衣類は用意したが、まだ俺にできる、俺にしかできないことがある。
そう、ミラのために、魔道具化した外套を用意してあげるのだ。俺が今生きているのは身につけていた外套のおかげと言っても過言ではない。過保護かも知れないが、彼女の安全を考えれば、同等のものを用意するべきだと考えた。
本来は、俺の使っている外套の予備をミラにそのまま与えたいところだが、俺のほぼ全身を包むそれは、ミラにはサイズが大きすぎる。なので次善策として、ガラチでもらった外套を仕立て直した――といっても、俺にできたのは裾を引きずらないように仮縫いするくらいだったが。
そのポンチョ風の外套は、俺の普段使いのものよりは薄手だが、魔獣の革製だけあってエンチャント無しでも頑丈だ。そのため、まずは『軟化』の魔法陣を“書き付け”て針が通るようにする。そして縫い終わった後にそれを消した上で、俺の外套と同じ魔法陣を“焼き付け”た。こうして使い分ける状況を想定していたわけではないが、わざわざ別々のままにした過去の俺をちょっとだけ褒めてやりたい気分だった。
糸は、がっしりと撚り合わせられたタコ糸のような丈夫なものなので、そうそう切れたりはしないだろうが、あくまでも仮縫いなので、切れてしまえば、裾はあっという間に元通りだろう。
だけど、ミラがこれから成長することを考えれば、その方が良いだろう、と思う。
彼女が大人になっても使ってもらえるなら、そして、これが彼女を守り続けてくれるなら。それは、俺から彼女に送ることができる餞別としては上等ではないだろうか――なんて、まだ訪れていない別れを考えて、ちょっとセンチメンタルになる。
ミラに対して、既にそれだけ感情移入している自分を自覚して、独り、苦笑いを浮かべた。
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