25.サバイバル・アタック

 頬を何かに撫でられる感触。冷たい……、温かい……?

 その認識を遅れて頭が理解して、飛び起きる。

 目の前で、急に動いた俺に驚いたのだろう、子狼が距離を取るのが見えた。

「……デジャ・ヴュ……じゃなくて、ただ昨日と同じ光景なだけだ……」

 睡眠時間は十分なはずだが、頭がよく働いていない。逆に寝過ぎだろうか……? そのまま地面に手を当てて洞窟の外を“視て”みれば、まだ早朝といった様子ではあるが、昨夜に眠った正確な時間は判らないので、睡眠時間を測りようもない。ただ、寝袋代わりの外套があるとはいえ、固い地面で寝ていれば眠りは浅いのかも知れない。

「お前ら、わざわざこっちまで出てきたのか……」

 昨日は確かに子狼たちが巣穴に戻るのを見届けて、俺は通路側の小部屋に戻ってきた。俺は自由に壁を変化させられるから直接ここへ戻れたが、子狼たちは巣穴から出て、通路を通ってこちらへ出てくる必要があるはずだ。……まあ、既に通路を自由自在に行き来できるほどになっているなら、それに越したことはないが。


「…………あ。もしかしてお前ら、俺に飯をねだりに来たのか?」

 寝起きのルーティンを済ませた俺が思い至ってそう尋ねると、子狼たちは俺の足下に近づいて、期待に満ちた(ように俺には見える)眼差しで俺を見上げる。当たりか。

「……ていうか、君ら、俺の言葉、普通に理解してるよね?」

 そんな問いかけに、二匹仲良く「キャン!」と吠えられれば、それはもう肯定の返事としか思えない。まあ、この世界だもん。本当に理解してたとしても、もう驚かないよ。

「生ものの在庫はあまりないんだけどな……」

 言いつつ、外に何かないかと“視て”みれば、おあつらえ向きに魔兎二匹が、水を飲みにでも来たのか、川辺にいるのが見えた。魔獣は聖域には近づかないらしいが、ここのような魔素溜まりには普通に近づくようだ。となれば結局、聖獣が魔獣を遠ざける、ということか。

 そんなことをぼんやりと考えながら魔兎の様子を“視て”いて、ふと思いつく。

「……まさかね」

 もしかして、こうして“視えて”いるのなら、遠隔で魔法を発動してあの魔兎を倒すことができるのではないか――そんな思いつきに、言葉が漏れた。

 そして――。

「……やっぱ、便利すぎる……」

 ――まさか、と言いつつ試したら、できちゃいました、案の定。

 ブラッシュアップした『水刃()』は正しく発動し、狙い違わず魔兎の額の角を切断。残念ながら角のみならず頭部までも切断してしまったために、角が急所であるかどうかの検証はできず、ついでに絵面も酷いことになってしまったが、魔素溜まり領域内であれば遠隔地に思い通り魔法を発動できることは確認できた。

 ――ここのダンジョン・マスタとなり、半引きこもりスローライフ。……あまりの便利さにそんなことをちょっとだけ考えたけど、ゲームのように目的があったり明確な敵がいるわけでも無し、さすがにそんな生活は一月と持たないだろうと、その考えはすぐに否定した。

 とりあえず便利なのは確かなので、これから先の旅中で似たような場所に出くわせば役立つことがあるかも知れない。知っておけたことに損はないだろう、と結論する。

 そして、魔兎の毛抜き、血抜き、運搬などは、洞窟のリフォームと同じようにイメージするだけで発動した魔法であっさりと片付き、おそらくは母狼の元へ運ぶのだろう、魔兎肉一匹分を咥えて走り去る子狼たちを見送った。呪文はおろか、その関数化すらいらない魔法の、理不尽とさえ言える便利さに、若干の釈然としないような思いも抱きながら。


「まあ、理不尽だろうと何だろうと、使えるものは使うんですけどね」

 誰に聞かせるでもなく呟きながら、この洞窟のさらなる改造に着手する。

 ここまでで既に、俺がかなり自由にこの領域に干渉できることは確認できてはいる。だが――いや、だからこそ、というべきか、この洞窟にアトラクションとなるアスレチック施設を造る、というアイデアを現実にしたいという想いは、より強まってしまったのだ。

 とはいえ、最初に発想した時とはプライオリティが変わってしまっている。優先はあくまでも狼たちの住処から目を逸らすためのものであるから、徒に人を呼び込む娯楽的な側面はあまり求めすぎるべきではないだろう。

 純粋なアスレチック施設……となると、利用者に与えられる“報酬”は、達成感くらいなものだろう。ならば、その達成感を最大化するには、難度は高めの挑戦的な施設にするのが良いだろうか。

 ――俺は考えた。

 考えて、考えて、造った。

 寝食も忘れる勢いで、造った。

 そして――。


「うん、こりゃ、アレだな。年末とかに見たヤツだ。四年に一度の世界的な運動大会の競技にもなったっていう、アレだ」

 完成したのは『S○○○○○』だった。アルファベット六文字(カタカナなら三文字だ)をほとんど伏せ字にしても、そこそこ多くの人に分かってもらえる気がする。なので細かい説明は不要だろう。

 もちろん、完全再現ではなく、クッションなどがなければ危険だと思われるものや、再現が難しいものは、一部簡略化、あるいは完全にオミットしてある。少しでも高いところから落ちるようなところは地面を砂地にしてあったりと、一応ここでできるだけの安全にも配慮した。

 まあ、全てのアトラクションを鮮明に覚えているでもなし、ましてや正確なサイズなども知らないので、あくまでも“それっぽいもの”でしかない。だが、その割にはちゃんと“それっぽく”できたのではないだろうか、と自画自賛。まあ、魔法的な工事に必要なのはイメージだけだったが、熱心な視聴者でもなかった割には上手くできたはずだ。

 ここへの入り口は狼たちの住処よりも手前、通路が曲がり始めてすぐのところにある。光で照らせば洞窟の入り口からでもギリギリ見えるはずだ。ここを訪れる誰かには、ぜひ見つけて興味を持って欲しいところだ。

 この、ほぼ長方形の空間はかなり広く、陸上競技場のフィールド部分ほどはあるだろうか。入り口直上の天井はこの洞窟の入り口から続く通路よりも少し高い程度だが、全体としてはドーム状になっているため、中央はより高く、密閉空間の割に開放感を感じる。その入り口から正面を見れば、左から前面、右までぐるりと三面に競技エリアとなるオブジェクトが並ぶ。地面には順路を示す矢印があり、競技エリアに囲まれる形の中央部のスペースは休息や観戦ができるように椅子などを備え付けてある。手前の壁際には簡易のトイレを設置してあるが、シャワーまではさすがに自重した。

 各エリアの挑み方は各スタート地点手前に主に壁画で表示してある。この世界の言葉は今のところ全て共通語のようなので言葉自体の問題は無いにしても、俺の、ヒアリングやトーキングはともかく、ライティングの方はちょっと自信が無かったためだ。この場所の魔法なら想像した絵面をそのまま岩に投影できるので助かった。一応注釈も付けているし、ちゃんと他の人でも理解できるものにはなっている……はずだ。

 あとは、ちゃんと楽しんでもらえるのか、という点は一番気になる点だが……これはもう、天に任せるしかない。俺のオリジナリティを出せなかった点は無念に思わなくもないが、だからこそ変なものにはなっていないだろうという思いもある。あれだけ長く続いている人気番組だし、きっと大丈夫だろう。

 まあ、そもそもこの洞窟を見つけてもらえるかが問題ではあるが、定期的に周辺の調査を行っているのはルーメンだけではないだろうし、そこを気にしても仕方ないと割り切る。

 そういったことをちゃんとこの目で確認したい気持ちもあるが、俺もいつまでもここにいるわけにもいかない。これを造るのに三日も使ってしまったし(三日でできたのがとんでもないことだが)、亜空間収納があるとはいえ、食料の在庫も潤沢とまでは言えない。これを完成させた今が、離れる潮時だろう。

 明日の朝が、旅立ちだ。そう決めた。


 だがその前に――本格的に挑戦してみた。……そりゃあ、目の前にあれば、試したくなるのが人情というもの。

 一つ一つは安全確認で軽く試してはみたが、通してはいない。まあ、この世界に来てからずいぶん健康的になった俺だ、無様は晒すまい。

 ……なんて思ったのだが。

 第一ステージのクライマックスに設置した“反ってる”アレが、まさに壁となって立ちはだかった。

 時間制限があるわけでもないのに……。もっと易しくするべきだろうか? いや、俺如きが簡単にクリアできるレベルじゃ、達成感なんて――。

 そんな悩みに、先ほどの旅立ちの決心は早くも揺らぐのだった。

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