24.劇的?

 頬を何かに撫でられる感触。冷たい……、温かい……?

 その認識を遅れて頭が理解して、飛び起きる。

 目の前で、急に動いた俺に驚いたのだろう、子狼が距離を取るのが見えた。

「……無防備すぎるだろ……」

 彼らが俺に対して敵意を持っていたら、大怪我でも済まなかったかも知れない。まあ、昨日の様子を見て、大丈夫だろう、という根拠のない楽観があったわけだが、結果的にはその見立ては間違っていなかったということか。

 壁にもたれかかっていたはずだが、そのまま眠ってしまい、眠るうちに身体を横たえていたようだ。昨日のうちにこの部屋の地面を平坦にしておいて良かったと思う。

「……『集水()』」

 まだ少しぼんやりする寝起きの頭のまま習慣的に、魔法関数で大気中の水分を集め、それを手ですくって顔を洗う。水は少しひんやりしていて、適温に保たれた外套に身を包まれていると気付きにくいが、気候はずいぶん秋めいてきたのだと感じる。

「……『ドライヤ()』」

 顔に付いた水分を温風で飛ばして、多少は頭がスッキリした。

 そんな俺を、いつの間にかまた近づいてきた子狼たちが好奇心満々といった様子で見上げている。

「『ドライヤ(子狼)』」

 いたずら心が湧いて、そこへ温風を吹き付けてやる。

 最初はびくりと身体をこわばらせた子狼たちだが、温かい風が心地よかったのか、二匹仲良く並んで、目を閉じて風に吹かれるがままになっている。さてはお前ら……かわいいだな?

 ドライヤの魔法関数は放っておいても一分ほどで自動終了する。今のうちに――

「…………ふぅ」

 これも昨日のうちに作っておいた簡易トイレで用を足し、こちらもスッキリした。


「さてと……」

 簡単に朝食を済ませて、これからのことを考える。ちなみに狼たちには一つ前の村で仕入れた生肉を進呈した。さすがに塩気の強い干し肉を食べさせるわけにはいかないだろう。

 とりあえず、昨日のうちに、俺がこの洞窟、もっと言えば魔素溜まりのエリアに対して、まさに魔法というしかないような干渉を行えることは実証済みだ(エリアは川の辺りも範囲内で、おかげで簡易トイレの“処理”に困らずに済んだ)。

 なので、確認という意味ではこれ以上何かをする必要は無いわけだが、昨日考えた、この洞窟をアトラクション化する、というアイデアの誘惑に抗うことはできない。これは言うなれば、この身にこびりついた“クリエイタ魂”だ。

 とはいえ、まずはこの部屋だ――と考えて、狼たちを見やる。これから先彼らがどうするかは知らないが、母狼の体力が戻るにも時間は掛かるだろうし、しばらくはここに落ち着かざるを得ないだろう。あの怪我を見る限り外敵もいるようだし、いずれ外で暮らすとしても、できればいざというとき逃げ込めるような場所にしてやりたい。――なんてのも、自分の製作欲を正当化するための言い訳でしかないのかも知れない。が、彼らのため、という気持ちも本物のつもりだ。

 ということで、早速考えていこう。そうだな……通路からの出入り口の扉はそのままにして、彼ら専用の出入り口を別に作ってやろう。通路側から入ったら、一見そこが小さな小部屋程度に見えるようにして、その奥に彼らの縄張りがあるとすぐに知られないようにした方が良いだろうか。彼ら用の出入り口も、彼らと同等かそれより小さい魔獣は入ってこれてしまうから、一本道ではない方が良いか? 内側も、外から入り込んだ敵を迎撃しやすい構造にしてやれば、彼らの安全性は向上するだろう。それにはどんな構造が良いだろうか……?

 ――俺は、空腹を始めとする生理現象によって現実に引き戻されるまで、そんな思考に没頭していたのだった。


「どうよ?」

 結局、思考よりも施行を試行、ということで、場当たり的にこの空間をリフォームしていったわけだが、至高とまでは言えずとも、悪くはない出来ではないだろうか? ――そんな思いで、なぜかずっと俺の側をついて回る子狼たちに話しかけた。

 残念ながら明確な返事はなかったが、こちらを見上げる彼らの尻尾は楽しげに振られているので、それなりにはお気に召してもらえたようだ。

 どんな仕上がりか?

 ――では、軽く見ていきましょうか。

 母狼はまだ伏せたままだったので、その辺りを彼らの巣穴として、周囲を囲った。出入り口は母狼より一回り以上大きくても出入りできるだろうサイズに作ったので、つがいが現れても大丈夫だろう。中の広さも、昨日作った窪みを中心にかなり余裕があるから、この先仲間が増えても問題無いはずだ。

 窪み自体もさらに大きくして、側面に奥まった穴を作り、そこに集水の魔法陣を刻んでいる。魔法陣が岩盤の強化も兼ねているから、よほどのことがなければ窪みも魔法陣自体も壊れることはないだろう。

 集水のペースは本当に少しずつに設定してあるが、溢れないように窪みから壁際へ溝も作った。溝は壁沿いを伝って角を曲がり、そのまま出入り口のない壁の下をくぐって簡易トイレの下を通る。そしてそのまま川の方へ流れていくわけだ。流れを生むために傾斜を付けた溝は、その分徐々に深くなっていく。これならこの洞窟が水浸しということはまずないだろう。

 その簡易トイレは、通路からの入口を入った小部屋の、すぐ見つけられる位置にある。これは簡易かまども同様だ。明らかに人の手が入った形跡を目立たせることで、他から目を逸らす目論見だ。効果があれば良いが。

 巣穴から出たところは入り組んだ通路にして、外への出入り穴に繋がっている。通路を形成する壁は、外から入ったら上れない壁も、内側からなら上れるようにしたり、侵入者に対してはホームアドバンテージを取っていただきたいという狙い。袋小路は作らず、一見行き止まりの場所は通路から入った小部屋の目立たない所と接続していたりする。人も這えばくぐれないことはないが、その奥に魔獣がいるかも知れない、という危機感があればまずくぐらないだろう。

 ちなみに、通路の壁の所々には子狼たちがもうちょっと大きくなった程度なら通れる小さめの穴も開いている。小さくて凶悪な魔獣、なんてものがいたらお手上げだが、子狼たちの危険を少しでも減らせれば、と思って作ったものだ。

 これらの施策が、彼らの身を守ってくれることを祈るばかりだ――。


 ――というのが、この空間のアフタ・コンディションである。

 壁をあちこちに作るために土砂や岩盤を移動したので、この空間自体は元よりだいぶ広くなってしまったが、壁で区切られているせいで印象はむしろ狭くなった感じだ。

 だが、こうして改めて見返すと、やはりとんでもないことをやっていたのだと感じ入る。

 作業中は、狼たちのため、という気持ちばかりで、魔法をダイレクトに使うことへの不思議とか感動とかは気にも留めていなかった。何なら、“つくる”楽しみさえ、作業中に意識することはなかった。

 だがそれは、ゲームをつくっていたときも同じか。時間も忘れて夢中になって、後からその事実を思い返して、楽しかったのだな、と認識する。そんな実感に乏しい楽しさだけど、どうしてか“次”へと俺を誘う、抗いがたい原動力の一つなのだ。

 そう考えると、結局は自分のためではないか、という思いもあるのだが、それでも、ユーザ(今回のそれは狼たちか)のため、という思いは決して蔑ろにしていないつもりだ。

 とはいえ、そんな思いも必ず報われる保証があるわけではない。俺の色々な思惑も、結局は全て机上の空論。狼たちには、もし暮らしづらかったら潔く引っ越してもらうしかないだろう。

 まあ、たとえ自己満足だったとしても、自分のための自己満足と、誰かのための自己満足では、そこにある達成感というか、納得感というか、充実感というか、そういった感情的には大きな違いがあるのも確かだ。

 ――なんにせよ、とりあえずは、今、こいつらが楽しんでくれてるみたいだし、それで十分か。

 自分たちのための小さな穴を何度もくぐって、楽しそうに駆け回る子狼たちを見ながら、そう結論づけた。

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