22.先客
俺が持っていないはずの“認識”と共に得たもの。それは、“この魔素溜まりにある洞窟に、俺の意志で直接的に干渉することができる”という、手応えのような感覚だった。
つまり、魔素溜まりの範囲内、そして、そこに溜まる魔素の量次第、という制限こそあれ、俺が思うままにこの洞窟の形を変えたり、拡張したり、そういった干渉を行うことができる――かも知れない、ということだ。
――いや、本来ならまず、こんな訳の分からない認識や力に、もっと疑ったり戸惑ったりするべきなのだろうな、という考えは頭にあるのだ。だけど、さっきの体験が強烈すぎたせいか、あるいは俺もこの世界に染まりつつあるのか、自分の中にそんなものがある不思議をすんなり受け容れてしまっているのを自覚している。もしかしたらこれも諦めとか開き直りの境地なのかも知れないが。
ただ、“自分がかつての自分とは全く違ってしまっているのではないか”という、疑念と言うには弱い感覚は、きっとこの世界に現れたあの時、猛烈な違和感を感じた時から、俺の中にずっとあり続けたものなのではないかという気はする。グランの言葉を簡単に受け容れられたのも、そういった“ベース”があったからではないか、今思い返せばだが、そんな気もする。だがそれも、気がする、という程度で、何の確証もない。
とにかくだ、事実こうなってしまっているなら、その“事実”はそのまま受け容れざるを得ない。
とは言いつつも、自分のことなのにやや曖昧な“手応え”なんて表現なのは、それが“確信”というには少し頼りないものだからだ。
――ならばッ! 本当にそんなことができるのか、やってみるしかないじょのいこ。……正直に言うと、変にテンション上がってます。
「ローグライクダンジョンもの、一度作ってみたかったんだよなぁ……」
こっちに興味が行っているせいで、他のことをあまり気にしてない(あるいは、敢えて目を逸らしている)という面もあるのかも知れない、なんてちょっとだけ思ったが、まあいい。今はこれだ。
リアルダンジョンを自分がデザインできるなんて、なんともワクワクするじゃないか。さあ、どうしてくれようか。
……とはいえ、だ。さすがに、入るたびに形が変わる、なんてのは、不可能ではないという予感はあるが、現実に於いては、形が変わっていく間待たなければならないはずで、ちょっと無理があるのではないだろうか。
そんな、いきなりままならない現実という壁にぶつかって、少しだけ頭が冷える。
そう、冷静に現実的に考えれば、部屋やフロアを新しく作ろうと思えば大量の土砂や岩盤を“排出(それとも、魔法で運び出す場合でも搬出と言うべきだろうか)”する必要もあるし、その上で何度もフロア構成を変形させるなんて、ちょっとどころではなく無理だ。
ただ、一度きりなら、自動生成アルゴリズムを組めば、ここをローグライク的なダンジョンのようにできるだろう。
昔、ローグライクもののマップ自動生成について、その初歩は調べた記憶がある。確か、最初にフロアを小エリアに分割、小エリア毎に部屋を設置して、それを通路で繋いでいく――基本はそんな感じだったはずだ。
ただ、いくら魔法的な方法とはいえ、土砂などの排出は必須だろうから、実際は入り口から順番に生成していくしかないだろう。まず設計図を自動生成して、その通りに形成していく流れか。
だが、そんなことを考えていたところで、ふと、最も重要なことに気付く。
――そもそも、ダンジョンを作って、どうする?
言い換えれば、何のためにそれを作るのか、ということだ。
俺が作ってみたいから作る――それはダンジョンを作る目的、理由にならないわけではないが、曲がりなりにも、いちクリエイタとして、それでは自分が納得できない。
なら、目的となるものは何か。
ゲームクリエイタとして最大の目的、それは“ユーザを楽しませる”ということだ。
それを放棄して自己満足で完成させたとして、俺はその結果に満足できるか? いや、できない。
俺が考えているダンジョン――魔物や罠のような障害があって、アイテムなどの報酬がある――なんてものを作ったところで、この世界では誰にも喜ばれはしないだろう(そもそも洞窟を変化はさせられても、魔物やアイテムは創れないだろう)。
――でも、この力は使ってみたい。
というか、この“手応え”は、何ができて、何ができないのか、ちゃんと確認してみなければ気持ちが悪い。でも、作るなら、いい加減なものにしたくはない、そんなジレンマ。
なら、視点を変えよう。
この世界に於いて、この洞窟をどのように変化させたら、ここを見つけた人に楽しんでもらえるだろう? この世界の人達は、どんなものなら楽しめるだろう?
ここは、入り口に手が入っていた以上、誰かが遺跡だと認識しているだろう、と、ひとまず前提として考える。
そんな場所が、以前とは様変わりしていたら、きっとワクワクするだろう。グランの聖域を探索した時のアントーノの様子から、この世界の人達だって人並みに好奇心は持っているはずだから。
だが、そこが迷路ですらない、通路で繋がった部屋がただあるだけでは、なんだか申し訳が無い。あって多少なりとも楽しんでもらえそうなのは……遊園地的な……いや、もっと遊び方の判りやすい、アスレチック施設とかか? こちらの人は仕事以外にも日常的にスポーツ的な活動もしているし、複雑なものじゃなければ利用してもらえるかも知れない。これがもし日本人相手なら、温泉施設でも作りたいところなんだが。
いや、だけどまず、そういった好奇心から入り込んだ人達が危険な目に遭うのは、俺の本意ではない。作るとしたら、安全性を優先すべきで、罠なんてもってのほかだ。だけど、危険と言えば、魔獣が外から入り込むことがあるかも知れない。
聖域であればそれは無いだろうが、ここは“誰のものでもない領域”だ。あるいは俺が手を加えたら俺の領域になるのかも知れないが、俺が離れたらまた誰のものでもなくなるかも知れない。
なら、魔獣を寄せ付けないことを考えるより、敢えて一カ所に誘引することで他の部分の安全化を図るべきか。
魔獣は人が多いところに引き寄せられるが、この前ヴェルアで見たように、魔道具を利用したものにも寄ってくるようだ。地下に魔道具的な、例えば照明なんかを多く配置したフロアを作り、そこへの入り口を人が入るには躊躇するような感じにすれば、イケないだろうか? 万が一人が入り込んでしまった時のセーフティに急勾配の階段くらいは必要か。それがどの程度機能するかは判らないが。
――わからない。
そう、結局、頭の中でつらつらと構想を練ったところで、実際にやってみなければ分からないことは多い。実際に作ってみて、遊んでもらったら、全く想定していなかった過程や結果が見える事なんてのは、ゲーム作りでも多々あることだった(それが楽しい面であったりもするのだが)。
俺はつい、こう頭でっかち的に、行動より思考が先行しがちなのだが、今は“手応え”の確認が優先すべき目的なのだし、まずはそれを小規模なもので実践してみるべきだろう。
というわけで、まずはこの入り口すぐの脇にちょっとした休憩スペースでも作ってみようか、と考えたが、その前に、この洞窟がどうなっているのか、いじっても平気なのか、知るほうが先だろうと思う。
なんとなく、できそうな気はする。では、と、この魔素溜まりに干渉するために洞窟の壁に手を当てようとして、その手は自然と止まった。
考えてみれば当然だ。つい先ほど自分の身に起こったことは常軌を逸していた。好奇心ばかりが先行して少し麻痺していたが、恐怖を覚えない方がおかしい。
ただ、やはりこのまま確認もせずここを去るというのは、端的に言えば、もにょる。
「~~ッ! 南無三!」
かけ声と共に、思い切って壁に手を当てる。……別に俺は仏教徒ではない。これもちょっと言ってみたかった台詞なだけだ。
まあ、仏の加護があったというわけではないだろうけど、不安は杞憂に終わり、先ほどのように膨大な“流れ”に飲み込まれることはなかった。
あるいは、目的をハッキリ意識していたからだろうか。ともあれ俺はその目的通り、つむったまぶたの裏に、この洞窟の全てを“視て”いた。
明かりがあるわけではない。だけどそれは“視える”のだ。変な感覚ではある、が、脳に強い負荷が掛かっているような感じは無い。
ここから進んだ先、突き当たりを左にカーブした先の道はそのまま大きく緩やかな弧を描いて、入り口に対して九十度ほど向きを変えたところで直進に変わっている。天井の高さには波があるが、幅はほぼ一定で、やはり人の手が入っているのだろうか。そして、道が真っ直ぐになってから少し進んだ辺りで崩落があり、行き止まりとなっていた。
その行き止まりの手前右手側に、大柄な人間が二人も横に並ぶと狭く感じる程度の幅の脇道がある。高さも、五メートル前後ある手前までの半分ほどになっていて、その場に立てば少し圧迫感を覚えるかも知れない。その道が、緊急避難的に作られたのか、あるいは自然にできたものなのか、そういった情報は引き出せない。俺はただ“視て”いるだけだ。
その狭い『く』の字の通路はさほど長くなく、五十メートルも進まないうちに開けた空間に出る。広さとしては学校の体育館の半分前後といったところか、大まかには長方形の空間だ。
そこに、先客の姿を視た。
――それは、身体を寄せ合いうずくまる、大小三匹の狼たちの姿。
その姿を確認するやいなや、俺は洞窟の奥へ駆け出していた。
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