14.モグラ、語る
さすがに某お子様のように荒ぶったりこそしなかったが、それには心底驚いた。しこたまたまげたと言い換えても良いだろう。いや、言い換える意味が分からない。そう、俺は混乱しているのだ。だからでかいモグラが喋ったような幻聴を聞いてしまったのだ。だがそれでは因果が逆転しているじゃないか。そうか、俺は錯乱しているのだな。
「すまぬ。驚かせてしまったな?」
――あっ、やっぱり喋ってる。
驚きすぎたせいか、逆に、スンッ、となった。
だって魔法があるんだもん、そら喋るよ。――そう、ありのままを受け容れてしまえば、心は穏やかだ(ということにした)。
アントーノの方をちらと見れば、彼は膝を地面について、手を組んで祈るような態勢だ。なんで?
「む? そっちの……何かが、違うな……?」
モグラ(仮)は、俺の方に顔を向けてそう言った。……いや、少し冷静になって気付いたが、正確には、耳には音程を低くしたネズミの鳴き声のような音が聞こえているのだが、頭の中でそういう言葉として認識されている。
だって魔法があるんだもん、そらそういうこともあるよ。――という現実逃避はひとまず置いておいて。
「違う、とは?」
意思疎通を試みる。が――
「ふむ、ふむ、なるほど……」
一人で納得している。俺の言葉は通じないのだろうか?
「あの……」
「ああ、聞こえているし、理解している。ただな……おぬしの身に起こったこと、起こっていることを、私から伝えることはできない。我にはその権限がない」
咄嗟のことに、無意識に日本語で話していたが、それでも俺の言葉、というか、そこに込められた意思、というべきか、それはちゃんと通じるようだった。だが、彼の伝えてくる言葉が意味するところは抽象的で要領を得ない。
「……権限?」
彼(または彼女?)にその権限がない、ということは、誰かにはその権限があるわけだ。まさか、この世界には本当に神なんて存在がいて、この世界を管理しているとでもいうのか。
――それじゃあまるで、ここが『異世界』みたいじゃないか。
あまり気分の良くない感情と共に、そんな思いが浮かび上がる。俺たちが、ここが未来の地球かも知れない、なんて考えていたのは、ここが異世界であってほしくない、という無意識のバイアスによって誘導された考えだったのだろうか。……いや、そうじゃないはずだ。
「その、ケンゲン、という言葉は、あくまでもお主が、我の意思をお主の知る言葉や概念に変換したものであって、必ずしも正鵠を射ているとは限らない」
俺の思いをよそに、モグラはそんな言葉、というか意思を伝えてくる。モグラが、テレパスであることもさることながら、そもそもこれだけ明確な意思、思考、意識を持っていること自体が驚きだ。
「つーか、あなたは……何なんだ? 魔獣とは違うのか?」
だから、そもそもこいつはモグラなのか? なんて思うのも当然だろう。ただ、俺一人あれこれ推測したところで確信など得られないのだから、先ほど彼の言った“権限”とやらの範囲を探るためにも、こうして直接聞いてみるのが手っ取り早いだろう。
「我が何者か……といっても、お主は哲学的な問答を求めているわけではなさそうだな……」
こいつなんか
「まず我は……そっちの男の言葉で『サクレ・ベステァ』と呼ばれる存在の一種だ」
モグラがアントーノを指差しそう言うと、アントーノは「……オゥ……」と小さく呻く。俺には日本語で認識されているモグラの意思は、彼にもちゃんと伝わっているらしい。
ここの言葉で『サクレ』は確か『神聖な』というような言葉。サクリファイスとか、サクラメントとか、セイクリッドなんかと、やはり類似性が見て取れる。『ベステァ』は『獣』だから、さしずめ、日本語では『聖獣』とか『神獣』といったところか。
「かつて……ヒトの言う年月での詳細は分からないが、大昔だ。地上が、それまでとは異質の騒がしさに包まれた頃、我は自らの変質を知った――」
そうモグラは静かに語り始めた――
我は自らの変質を知った。同時に、この世界の変質をも知った。
それまでこの世界に存在しなかった『魔』。それが大地のより深くを大きな流れとなって巡り、この世界に満ちた。
その『魔』は、主にヒトが持つ『思念』に反応し、現実に干渉した。
干渉は多種多様にわたったが、我が身に起こったこともその一つだった。
ヒトの、獣への恐れ、そして畏れが、一部の獣をその思いに応える存在、すなわち、ヒトが魔獣や聖獣と呼ぶ存在へ変質させた。
聖獣と化した我は自意識を得、より大きな身体を得、性を失い、より長い、あるいは果てなど無い、永き寿命を得た。『魔』に
親しむことで、我は『魔』の流れより『知識』を得ることができた。この惑星を巡る大いなる『魔』の流れは、そこに住まうヒトや、我のように新しく意識を得た存在たちの『思念』を蓄え運ぶ流れでもあったからだ。
魔獣は『知識』などに触れず、ただ本能や暴力を以てヒトに相対する。ヒトの恐怖に応える存在だからだ。
だが、我ら聖獣はその『知識』や理性を以て、ヒトに慈しみを与える。ヒトの畏怖に応える存在だからだ。
「――ゆえに、我はお主の疑問に答えたい……が、今この世界においては少し事情が異なる部分があり、それが出来ぬ」
「権限がないから? 曖昧な言い回しはそのせいか?」
「その問いには、そうだ、と答えられる。だが、それしか答えられないとも言える」
「……つまり、その“事情”とやらの詳細までは答えられないと?」
「その通りだ」
とりあえず聖獣という存在について、ついでに魔獣がなぜ人を襲うのかという理由まで知ることになったが、俺たちの身に起こったことについては何の解決も得られないということか。
「俺たちは、帰れるのか?」
「……言えぬ」
ダメ元で聞いてみたが、やはりダメだった。否定されなかっただけマシとも言えるが、ならば、俺はどうするべきか。
俺はどうしたいのか――そう自分の心に問えば、可能性がゼロではないというのなら、どうやら帰還を簡単には諦められそうにない。
「あなたに無い権限を、持っている存在はこの世界のどこかにいるのか?」
「直接会うことは無いだろう……だが、権限を持つ存在は、いる。そして、お主ならばおそらく、コンタクトする手段も、ある」
その言い方だと、この世界、あるいは同じ次元にはいない、だが接触する、あるいは連絡をとる手段はある、ということか? だけど――
「俺なら、というのは?」
それは、言い換えれば俺でなくてはコンタクトはとれないということで、その理由は何だ?
「……お主はある部分においては、我よりも上位の権限を持っているからだ」
わざわざ、ある部分、なんて濁しているということは、その詳細も言えない部分ということか。なら聞くだけ無駄か? 聞き方を工夫すれば……いや、そもそもこの聖獣の思念を言葉と認識しているのが俺の知識に依存しているなら、その“権限”についての前提知識の無い俺にはどうしたって理解できないのだろう。
「それは俺“だけ”なのか? それとも、俺と同じく突然この世界に現れた他の四人も持っている権限なのか?」
「……その者たちが強く望むのであれば、あるいは……とだけ」
その言い方だと、権限を取得する権利はあるが、今の彼らにその意志はない、ということだろうか? ……しかし、言えない事情があることは承知の上だが、こういうやりとりは、やはりじれったい。
「これ以上問答しても、我がお主に納得を与えてやることはできぬだろう……ちょっと待っておれ」
モグラ聖獣はそう言うと、先ほど出てきた穴に潜り込んでいく。その時にお尻をフリフリする様子は愛嬌があって思わず気持ちが和んだが、同時に、先ほどまで真面目にコミュニケーションをとっていたのが白日夢だったような気がしてしまう。
アントーノは感動に打ち震えている様子で、なんとなく声を掛けづらい。神を信仰している者にとって聖獣というのは、神の眷属とか使徒とか、そういう重要な存在なのかも知れない。
そんなことをぼんやり考えているうち、モグラが戻ってきた。
「我が直接教えてやれることは無いが……これがヒントになるやも知れぬ」
そう言って、前足の爪先で起用につまんだそれを差し出し、俺はそれを手のひらで受け取り、指で表面の汚れを拭った。
手のひらにすっぽり収まる小さな、見た目や手触りからは何かの金属だろうかと思える、欠片。そこには窪み……いや、刻印というべきか、文字が彫り込まれている。
――そう、文字。俺は、それが文字だと知っている。
欠片の左端に見える二本の棒は、『二』ではなく『工』であり、右端で“つくり”が途切れている示偏は『社』のものだろう。
その間にハッキリと刻まれた『業株式会』から、俺の常識で推測するなら、だが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます