13.壁より出でしもの

 通路の突き当たりの扉は、先ほどよりもさらにあっさり開いた。一応こちらも警戒したが、やはり、開いた扉から何かが飛び出してくるようなハプニングは無い。

(……何を期待しているんだか……)

 油断しているつもりはないのだが、つい不謹慎と言われかねない想像をしてしまう。現実なのだから何も起きない方が良いに決まっているのだが、つい、このダンジョンと言うには肩すかしなマップに、どんなイベントを配置したら面白くできるだろうか? なんてことを考えてしまう。まあ、これも職業病の一種だろう。

 時折、こういう“元の場所”を連想する思考に予期せず至り、郷愁の“かけら”が心の内に頭を覗かせ、微かな痛みのようなものを幻覚させる。普段は「帰りたい」という気持ちを意識することもないし、既にそれを大切に持っているつもりもないのだが、やはり捨て去れるようなものでもないのだと、文字通り痛感する。

 今ここにいるのは、好奇心や知識欲だけが原因ではないのだなぁ、なんて、どこか他人事のように考えてしまうのは、帰るための手がかりが目的であることを強く意識してしまえば、裏切られたときに傷つくだろう事を無意識に見越しての自己防衛だろうか。

 ――だが、扉の先の様子を目にすれば、心に芽生えた失望を自覚せずにはいられなかった。

 目に映ったもの、それは、扉を開いた先で左右に延びる廊下――だったであろうそれが、崩落した天井によって塞がれた姿だった。

 今開いた扉の正面には、案内板でもあったのだろうか、壁の色が四角く僅かに違っているのが汚れの上からでも見て取れて、地面にはその残骸であるかの判別も難しい粉々の何かが、土と混じって積もっている。

 入り口から見て右手側は、土砂が足下では十メートルも離れていないところまで迫っていて、調べるべき所は見つけられない。左手側は五十メートルくらいは通路が残っているが、その先はやはり崩落している。ただ、その手前に一つ、無事な扉が見えている。調べるならここしかないだろう。

 緩いアーチを描く天井を見上げれば、見えるのは照明の跡らしき窪みだけで、大きなヒビなどは見当たらない。今すぐに崩落するようなことは無いように思えるが、左右の様子を見れば油断もできなさそうだ。

「あの部屋だけでも調べたい。だが、危険を回避するために分散するべきだと思う。危険だと思うなら、行くのは俺一人でも良いが」

 俺がそうアントーノに伝えると、崩落した辺りに目をやってから僅か考えて、口を開く。

「あの土砂を柱に変えて、危険の軽減を試みる。あの扉の中に入るのは、サムと私だ」

 アントーノはそう言いながらみんなを見回す。ウーゴはすぐに了承したが、保科君と森本君は戸惑うような、不安なような表情で逡巡する。だが、崩落している部分がある以上、全員でのこのこ奥へ向かうのも危険だという俺の考えを伝えれば、それは彼らも理解しているのだろう、不承不承という感じではあるが同意してくれた。

「ウーゴはあちらの土砂を柱に変えてくれ」

 そう言ってアントーノは扉のある方へ向かう。ウーゴは間もなく近くの崩落の前に立ち、呪文を唱え始めた。

 自然に地面に広がっていた土砂が、押し戻されていく。積もった土砂が左右に分かれて、奥へとゆっくり進みながら壁際に四角柱を形作っていく。天井が崩落している部分の手前で進行は止まり、既に天井まで達しているように見えた柱はさらに奥から土砂を吸い込んで密度を上げていく。ほどなくして通路の左右にがっしりとした柱が完成した。柱の奥の方には少しだけ隙間ができていて、その奥には土壁がそびえているように見える。元々自重でしっかりと固められていたのだろうか、それが崩れてきそうな様子はない。

「魔法だなぁ……」

 俺が思わずそうつぶやくと、保科君も森本君も苦笑した。

 街の、それも“内側”の日常では、魔道具を使う機会は多いが、逆に言えばそれで事足りるため、専門的な仕事を除けば、呪文を使う機会というのは実はそれほど多くはない。なので、こうして目の前で他の誰かが魔法を使うのを見るのは、割と新鮮に感じてしまうのだ。

 ともあれ、ウーゴに続いてアントーノの方も柱の形成は恙なく完了し、前準備は整った。

「それじゃあ、行ってくる」

「事故があっても、私がさっきのように土をどかして助けてやる。心配するな」

 良い笑顔で俺にそう答えるウーゴを頼もしく思いながら、アントーノと共に扉を開いた。


 扉の中は、住居として使われていた部屋なのだろうと思われた。家具などは崩れているが、椅子やテーブル、棚などであったのだろうと推測できる程度には形を残していたためだ。広さは、二十畳ほどであろうと目測した俺たちが住んでいる部屋よりも奥行きはあるが横幅は少し小さいだろうか。そう考えれば面積としてはこちらの方がやや広いのだろうが、床に散らばった残骸などのせいか、あるいは窓などがない密閉感のせいか、むしろ狭苦しいような印象を受ける。

 入り口から見て右手の壁には二枚、左手の壁は奥の方に一枚、扉がある。左手側の扉は真ん中の辺りがこちら側に山になる形で少し折れ曲がっていて、隙間から土砂が零れている。おそらくあの部屋の中では崩落が起きているのだろう。左手側壁の手前は今いる部屋と仕切られていないスペースだったであろう場所(キッチンだろうか?)なのだが、その左手の部屋側の壁が一部崩れ、そこから溢れた土砂でスペースの八割方は埋まってしまっている。壁が完全に崩壊していないのは、部屋の中に詰まった土砂が安定しているからだろうか?

 とりあえず、調べられそうな右手側、その手前から順に見ていくことにして、扉の前でアントーノが構え、俺が扉を開く。扉は僅かな摩擦感だけ返して内側へあっさり開き、やはり中から危険が飛び出してくるようなこともない。虫一匹見かけないことが逆に危険のシグナルなのではないか、などと考えてしまうが、不安は押し殺しつつ、だが手早く部屋を調べることにする。

 とはいえ、それほど多くの情報があるわけでもない。手前がおそらく洗面台だったのであろう場所、そこからの連想ではあるが、奥は浴室らしかった。

 手前の台はキャビネット状になっていて、観音開きの扉の片側が形を残している。もう片方から中を覗くと、上に乗っていた物たちであろう残骸が落ち込んでいるのが見えた。台の上に蛇口はないが、壁には穴が残っている。奥にも、壁と、床にも土砂か何かが詰まってしまっているが、穴がいくつか見られ、水場だっただろう名残は見える。浴槽やシャワーだと断言できるだけの残骸は見つからなかったが。

「かつてここで『太陽神の書』が見つかったのなら、金属類も一緒に持ち帰ったのかも知れないな」

 とは、アントーノの推測だ。そういえば、鉱業従事者というものはルーメンで見たことはない。そう疑問に思ってアントーノに聞けば、金属のほとんどは遺跡からの発掘品を鋳潰して再加工しているそうだ。だが、遺跡はそこかしこに存在するわけではないし、存在したとしても、ここのように崩落などによって十分な探索をできないところも少なくない。だから金属は貴重なのだという。どおりで金属品を武器を含めた刃物以外にあまり見ないわけだと納得した。

 普段使いの食器などもほとんど木製か陶器製だし、金属に触れる機会の少ない環境に慣れてしまっていてあまり疑問に思わなかったが、ここが旧文明の遺跡なら、確かに、もっと金属品が見つかっても不思議じゃない、というか、見つかって然るべきなのだろう。

(ホント、良くも悪くも“こっち”に慣れちまったもんだな……)

 だが、それでヒントを見落とすようなことがあってはいけない。そう思って、気を引き締め直した。


 次の扉の先は、先ほどよりも広い間取りで、寝室か何かだったのだろうか、地面でほとんど朽ちかけた木だと思われる残骸は、あるいは大きなサイズのベッドだったのではないかと思えた。先ほどの部屋との大きな違いは、奥の方の壁の一部が剥がれたように、土が剥き出しになっているところか。大きな扉くらいのサイズで綺麗に切り取られたようになっていて、もしかしたら奥にも部屋があって、それが埋まってしまったのだろうか。それにしては、そこから零れ落ちた土砂が少ししか見当たらないのは不思議だが。

 だがやはり、かつてここには人が住んでいたのだ。

 こんな不便な地下に、なぜ、と思うが、ここの神話が『地上に残った人々は地下へ生活の場を移した』と伝えていたのを思い出し、納得する。

 別に神話の信憑性を疑っていたつもりはないのだが、改めて神話が少なくない真実を伝えているのであろう事を認識する。

 ならばやはり、この星ではかつて、本当に、とんでもないことが起こったのだ。

 ――そんなことを考えていたときだった。

「うぉおっ!?」

 先ほど注目した土が剥き出しの部分から突然、何か、尖った物が飛び出してきたのだ。変な声を上げてしまったのも致し方ない。

 ほとんど杖代わりになっていた棒をしっかり構えてそこを注視する。突然のことに、心臓がバクバクと打ち始め、額に嫌な汗が滲む気がする。

(確かに何らかのイベントを期待していたけど、実際起こると勘弁してくれとなるな……!)

 尖ったものは土を掻き分けるように、土砂をこちらへ落とし、そして、穴が開いた。

 果たして。そこから現れたのは――

「……モグラ?」

 というにはデカすぎる気がするが、見た目はそうとしか思えない。デカいのは魔獣化したせいだろうか。

 そのモグラ(?)は、こちらに視線を向けると――

「……なんだ、ヒトか……」

 ……。

 …………。

 ………………。

 ――キェェェェェアァァァァァァシャベッタァァァァァァァ!!

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