12.未知なる道へ

 明かりの下で見れば、瓦礫の山は、崩れた壁であることが判る。ただ、その瓦礫は、自然に崩れたままでなく、崩れた壁を“寄せた”感じに、俺の目の高さほどの大雑把な台形に整えられていた。

「去年、俺たちを見つけた後、誰かここに入ったか?」

「いや、ルーメンやその周辺にはいないはずだ」

 俺の疑問に答えたアントーノは確信を持っている様子で、その言葉に間違いはなさそうだ。

「魔獣が住処にしているかも知れない場所に、近づこうなんてヤツはいないさ」

 ウーゴのその言葉にも、何の悪気もなく、ただ事実として述べているようだ。

「なら、これは君たちのせいで崩れたわけじゃなくて、その前から崩れていたんだろうな」

 俺のその推測に、保科君も森本君も頷いて同意する。

 崩れた壁の奥には土が見えているが、横から見ると、その手前に、岩、あるいはコンクリートか何かだろうか、厚さ十センチ前後の“壁”が垂直に真っ直ぐ延びていて、それが人工的に造られたものだと思わせる。魔法なんてものがある世界だから、超自然的な原因で勝手にできた可能性もあるのかも知れないが、今それを追及することにあまり意味はないだろう。

 念のため周囲を探ってみるが、念入りに探る必要があるような何かがあるわけでもなく、何かあるのならばすぐに判るだろう。もし念入りにやるなら台形の土砂と瓦礫の塊をバラしてその中を探ることくらいだが、もしこの台形が崩れかけた壁を支えているのなら、それもまずいだろう。

「アントーノ、この“台”を崩したら、奥の壁が崩れるだろうか?」

 俺の独断で決めつけるわけにもいかないか、と思い直し、アントーノにも意見を聞いてみる。

「……誰かがこれをしたのなら、その可能性もゼロではないだろう。私は大丈夫だとは思うが」

「ウーゴはどう思う?」

「危険があってもなくても、ここに重要な何かがあるとは私には思えないな」

 アントーノは少し思案する様子を見せたが、ウーゴは即答だ。まあ、状況的にここをバラしたところで得るものはなさそうとは、俺も思うのだけれど。ただ、やはり魔法なんてものがある以上、決めつけは危険だと思うのも事実だ。考えすぎだろうか?

「二人はどうだ?」

「相田さんは別の場所に現れたんですよね? なら先にそっちを調べて、何かあるようなら、ここも徹底的にやりましょう」

 “俺側”の二人に尋ねてみれば、元々そう考えていたのか、それほど間を置かず、森本君がそう答えた。それもそうだ、と思って保科君の方を見ると、彼も頷いている。

 そんなわけで、その森本君のアイデアを改めてアントーノたちにも伝えて、先に奥に向かうことにした。


 ――とはいえ。

「多分この辺りだとは思うが……」

 少し地面に他と違う様子がある場所を見ながらそう言いつつも、あまり自信はない。何せ、誰の出入りもないとはいえ、風の流れがあるせいだろうか、俺があれこれ探った跡が地面にクッキリと残っているわけではない。

「アントーノ、この奥のこと、知っているか?」

 俺が目を覚ましたであろう場所で何かを探そうにも、何も無いのは一目瞭然で、やれることといったら、ここよりももっと奥を調べてみることくらいなのだが――。

「『太陽神の書』はかつて、この奥で発見された、と聞いた。それは私が生まれる前のことだとも。私に分かるのはそれくらいだ、残念だが」

 やはり、まだこちらの言葉では言いたいことの詳細なニュアンスを伝えるのは難しい。俺としては、奥の方、この位置から光の照らす範囲にはすでに行き止まりが見えているので、他に道などがあるのか知りたかったのだが。まあ、その意図が伝わったとしても答えは同じかも知れないが。

 次いでウーゴに目線をやると、彼は大げさに肩をすくめて首を振る。こういう仕草はいかにも外人っぽいと感じる。そして、それを“いかにも”と感じることは、地球の、もっといえば日本人の感性ではないか、と思い至って苦笑する。

(もはやここが地球であると疑っていないのか……いや、どっちでもいいと思ってしまってるのかな……)

 一年間という時間の長さは、そういったことをいちいち思い煩っているには長すぎるのだろう。良くも悪くも環境に適応しているのかも知れない。

 そんなことを考えていると、保科君が声を上げた。

「あっ! あれ、ドアじゃないですか?」

 保科君はいつの間にか反対の壁際に寄って、こちら側の壁のずっと奥の方を指さしている。俺たちもそちらに移動すると、確かに壁に縦長の長方形をした、僅かなへこみが見えた。

「よし、行ってみよう」

「やってみよう!」

「だから君ら何歳だよ」

 俺の言葉に間髪入れずボケる森本君に、前にもやったような気がするツッコミを入れつつ歩き始めた。……まあ、ようやく変化があったのだから、テンションが上がる気持ちは分からなくもないが。


 意気込んでみたは良いものの、こうして扉を前にするとちょっと不安になる。

 扉は、目測で高さ二メートル強、幅一メートル強といったところか。二人以上が同時に入ることは難しそうだ。取っ手は無く、腰ほどの高さ左側に指を掛けられそうな窪みがある。その向きから見るに引き戸だろうか。

 表面の土汚れを軽く払って、耳を付けてみる。中から特別聞こえる音は無い。扉が分厚くて聞こえないだけかも知れないが、何にせよ開けてみるしかなさそうだ。

「俺が開けるのを試みる。中を注意していてくれ」

 そう声を掛け、四人が身構えるのを待って、取っ手に掛けた指に力を入れた。……だが動かない。そのまま身体を扉に預けて軽く倒れるように体重を掛けると、ようやく手応え。扉が開き始める――と、今度は手応えが消えて、扉は滑るように開く。危うく転けそうになったが、棒を支えになんとかこらえた。

 開いた扉から魔獣が飛び出してくる――なんてこともなく、中をのぞき込んで視線を巡らせたアントーノが「問題無い」というのを聞いて、慌てて体勢を整えて身構えていた俺はホッと一息吐いた。武器として持っているはずの棒が杖としての役割しか果たしていないが、危険があるよりは遥かにいい。

 扉の中は、扉のサイズから想像していたよりは広い空間だった。ただ、長さはさほどではなく、百メートルも進まない正面にまた扉が見える。こちら側よりはずっと狭いが、それでも接続通路としてはやや広めという印象の一本道だ。

 こちら側との大きな違いは汚れの少なさで、ぱっと見は全面コンクリートのような素材に見える。壁際の足下には少しクラックが見えたが、手入れがされていないはずの割には、概ね状態は良さそうだ。

「これなら突然崩れたりはしないだろう。さあ、行こう」

 ここに来て好奇心が刺激されてきたのか、少しテンションが高くなった様子のアントーノが、そう言って一番に扉をくぐるのに続いた。

「この奥にあるのは?」

「なんなんなあに?」

「……君ら、仲いいね」

 通路を歩きながら謎のやりとりを繰り広げる保科君と森本君に「さっきより古いじゃねーか」と心の中ではツッコミつつ、リアルタイムでは見てないはずなのに知ってる俺も大概だな、などと思いながら通路を進んだ。

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