11.再訪
「こんなに歩いたっけ……?」
「登り坂の後だから、そう感じるだけだろ。……あと、暑いし」
ちょっと疲れた様子の保科君に、森本君が答える。確かに、日本の夏のように纏わり付くような熱気でこそないが、暑いものは暑く、体力を奪われるのも致し方ない。
「あれももう一年以上前だからな……記憶だって曖昧になるだろう」
俺もそう口にしながら、あの時に見たのと変わらず寂しい荒野の風景を見渡す。それだけの時間を経てもなお、どうしてかここだけは、時に暴力的にすら思える自然の生命力が、その力を誇示することはないようだった。
「なにかあったか?」
「いや、彼が最初の時よりも長く歩いているように感じたようだ。大きな問題じゃない」
日本語で話していた俺たちを気遣ってくれたアントーノに大事無いと返す。
一年以上前――そう、俺たちがこの世界に現れて、もうそれだけの時間が経つ。そして今、俺たちはあの時歩いた荒野を、逆に進んでいる。
面子は、俺、保科君、森本君に加え、アントーノと、前回もアントーノと共にこの場にいたウーゴ、以上、男ばかり五人。なんとも華のないパーティで、俺たちがこちらへ現れた場所、あの『遺跡』に向かう途上だった。
「俺たちが現れたあの場所を、ちゃんと調べてみるのはどうだろう?」
これ以上子供たちと一緒に学んでも、この世界のことを知るという目的はあまり進まないのではないか――そんな停滞感を感じつつあった俺は、先日、保科君たちにそう提案してみた。
現状に多少なりとも不安を覚えていたのは俺だけではなかったのか、四人共が思いの外この提案に乗り気な様子を見せた。
ただ、今回はルーメンの外に出るということで、魔獣被害の恐ろしさを改めて伝えた上で、女性陣には同行を遠慮してもらった。
――本人たちには言わなかったが、彼女たちに残ってもらったのには他にも理由がある。彼女たちはしばらく前から紡績関係の仕事に従事していて、最近は周囲からの信頼を得ているように俺には見えていたからだ。
遺跡を調べたところで、帰るための手がかりが得られる保証はない。むしろその可能性は低いと考えた方が良いだろう。だから、彼女たちにはここでの生活も大切にして欲しかった。それに、彼女たちがここで上手くやれているという事実は、俺にとっても、なんとなくだけれど、大げさに言えば“救い”になるように感じていたというのもある。別に、彼女たちを贔屓するわけではなく、男性陣をないがしろにするわけでもない。端的に言えば、適材適所、だ。
そんなわけで調査を決めた俺たちは、遺跡のことをもっと知るために、アントーノに相談することにした。彼は『パスト』という、神父とか牧師とか、そんな感じの立場で、この辺りの相談役やまとめ役をしているというのもあるし、何より、最初に俺たちをあの場所に探しに行った彼に聞くのが手っ取り早いと思ったからだ。
ただ、彼も遺跡について特別詳しいわけではなかった。少なくともルーメンには調査を専門に行う研究職のようなものはないし、個人で遺跡の不思議に興味を持ったとしても、外には魔獣の脅威がある。魔獣の活動が控えめになる冬場には“調査隊”を結成することはあるが、あくまでも目的は新たな遺跡などの発見、ひいては新たな魔道具の発見・発掘が主で、詳細な探索や研究が目的ではない。そもそも彼らは、魔道具が見つかればそれを使うことに吝かではないが、敢えて旧文明のことを曝こうという意志はとても薄弱に見える。まあ、それは神話の教えからして仕方ないことではあるのだろうが。
ともあれ、それでも自分の目で確かめたい、という俺に、小麦の収穫も一段落したことだし、と、アントーノは同道を申し出てくれたのだった。
ほどなくして、前方の小さな山に地下への入り口が目視できた。丘の上に上がってきてから三十分以上は歩いただろうか。少なくとも一時間は経っていないんじゃないかと考えて、去年も似たようなことを考えたことを思い出した。ただ、体力的には余裕を感じ、成長を実感する。一方で、今回は自分たちで魔獣に警戒しながら歩いたせいで、あの時とは違った気疲れがあるように感じる。保科君の感覚違いは、この辺りも原因かも知れない。
アントーノが手で俺たちを制して、入り口を慎重にのぞき込んだ。以前、安全だった遺跡にも魔獣などが住み着くこともある、と習ったのを思い出して、気を抜いていたつもりはないけれど、改めて気を引き締める。
「ヨシ! ゆっくり行こう」
そういうアントーノの、入り口の奥へ向かって猫背気味に指を差す姿は、思わず某猫の姿を思い出させた。彼の「ボヌン!」という言葉が脳内で「ヨシ!」と自然に翻訳されたのは、そのせいだろう。
初めて足を踏み入れた場所のように感じたのは、この場を明るく照らす光のせいだろうか。
前方のアントーノ、後方のウーゴが頭上に浮かべた光は見た目よりも強い光なのか、俺たちの周囲のみならず、この真っ直ぐ延びる地下道のかなり遠方まで――保科君たちを見つけた場所だろうか、壁際に瓦礫の山ができている様子も暗がりへのグラデーションの中にかろうじて――を明らかにしている。ちなみに俺たち五人の隊列としては、分かる人には分かる言い方をすれば『インペリアルクロス』だろうか。森本君のポジションが一番安全だ。……まあ、そこまで厳密に維持しているものでもないが。
それはともかく、こうしてハッキリと周囲を目視すると、改めてここが“洞窟”というよりは“トンネル”という印象を受ける。
目に入る一面、文字通りの土気色で、コンクリートで固められたようなトンネルとは全然違うのだが、壁も地面も細かな凸凹はあれど、おおよそ平坦に見えるし、壁から壁へアーチを描く天井も、そのまま見える先まで続いている。要は、人の手が入らなければこうはならないのではないか、という印象だ。
入り口から坂を下りきった右手は、百メートルもしないうちに壁になっていた。もし、最初のあの時、この出入り口から漏れる光を無視して先へ進もうとしても、すぐに行き詰まっていたということだ。
アントーノに断ってからその壁を調べてみたが、手で探っても土がぽろぽろとこぼれ落ちるばかりで特段変わった手応えはない。科学的な計測機器でもあれば何かしらの異変が見つかるのかも知れないが、そんなものはないし、よしんば魔法で再現しようにも、どうやって結果をモニタすれば良いのか、俺の想像力では思いつかない。ここはとっとと諦めて、俺たちが現れたであろう場所を目指すことにした。
一応、周囲におかしなところがないか見回しながらゆっくり歩いて、入り口を降りたところからも小さく見えていた瓦礫の辺りに到達する。それでも、ここまで体感で十分も経ったかどうかというところ。最初にここを歩いたときと比べ、見えない、という不安や恐怖が感覚に及ぼす影響を改めて思い知る心地だった。
「こんなに近かったのか……」
「あっ、僕も今そう思いました」
俺が思わずつぶやいた言葉に、保科君が同意する。
「……そうなんですか?」
「ああ、森本君はまだ目を覚ましてなかったのか。俺が君たちを見つけたのは、壁際の障害物の辺りだったんだ。この奥にも見える範囲には崩れているところはなさそうだし、ここで間違いないと思う」
「あの時は真っ暗だったし、かなり緊張しながら歩いてたから、凄く長く歩いたように感じたんだと思うよ」
「保科君は森本君を背負っていたから、余計にそう感じるのかもな」
「……そうか」
俺の言葉を聞いた森本君は、少しはにかむような表情で保科君を見る。
(うーん……)
――今更だが、彼ら四人の関係について簡単に話そう。
俺は最初、男女二人ずつということで、まあ“そういうこと”もあるのかな、なんて考えていたのだが、それはある意味間違っていて、ある意味正しかった。
要は、俺の、彼ら四人はカップル同士での交友関係なのかな、という考えの“カップル”は、男女の組み合わせで考えていたわけだが、実際は、彼ら彼女らは同性でカップルだった、ということだ。
別に、その関係に対して、俺に思うところがあるわけではない。実際、彼らに関係を打ち明けられたときも「なるほどな」と、それまで感じていたちょっとした違和感のようなものの正体が分かって納得したくらいで、特別大きな驚きとか、ましてや嫌悪感とかもなかった。
ただ、今のように「本当に好きなんだな」と感じるような場面を目の当たりにして、ただ、不思議なものだなぁ、という“感心”があるだけだ。それは、人間という存在の多様性、とでもいうものに対するもので、それを解き明かしたいというような“関心”ではなく、その底知れなさに対する感動のようなものだ。
つまり、俺が心の中で唸った「うーん」は、モヤモヤした心理ではなく、しみじみとした感心である、というわけだ。
――まあ、それはそれとして。
「それじゃあ、まずはここから、俺たちがどうやって現れたか、その痕跡が少しでも何かないか、探してみようか」
見つめ合う二人の邪魔をすることに、特に引け目を感じるわけでもなく、俺はそう言ってのけた。
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