10.じっけん、はっけん、おれのわざ

 魔法について、俺たち五人がそれぞれに試行錯誤した結果を持ち寄って、より明確になったことがある。

 まず、時間についてはやはり、魔法で目に見える形の変化を起こすことは誰にもできなかった。この方向性で突破口を見いだそうとすることは、停滞と同義だろう。少なくとも、今の時点では。

 そして、俺が、人の身体が魔法を無効化するように考えていたのは誤りだった。より正確には、人に限らず“生物”は魔法に対して強い抵抗を持つ、と考える方が正しそうだ。思えば、アントーノが鳥を追い払ったときも鳥に当たった炎は散っていたし、実際に擦り傷程度なら魔法で治すことができた。あと、これは結城さんと六尾さんが病院で聞いてきたことだそうだが、骨折なども魔法一発で完治することはないが、魔法を何度もかけていくことで完治までの時間は短縮されるという。よって、無効化ではなく抵抗と考えるのが正しいのだろう。

 生物が抵抗を持つ、という点では、火葬が分かりやすい。この世界では神話に書かれた『病』のトラウマだろうか、神話の“教え”に従って、死者は火葬で送られるのが常だが、命を失った人の身体は魔法の炎で簡単に燃えてしまう。つい先日それを実際に目にしたのだが、それをもっと前に見ていたら、魔道コンロの火を手で消してみようなんて考えなかったはずだ。そのくらい簡単に、人(であったもの)は燃えてしまったのだ。それを見た俺の頭に浮かんだのは、魂の実在、についてだった。

 だけど魔法は、その『魂』を呼び戻して死者を蘇らせることはできなかった。別に禁忌になっているわけではない。できないだけだ。実際、過去に死者を蘇らせようと魔法に頼った人は少なからずいたようだ。しかし、ただの一つも成功例は無いという。

 だから俺は、こう考え直した――『魂』こそが、魔法への抵抗力を持つのではないか――と。

 その俺の、少しロマンティックかも知れない考えに、他の四人も意外とすんなり同意してくれた。魔法なんてものの実在を目の当たりにすれば、ロマンティシズムやスピリチュアリズムも、リアリズムと大差ないものになってしまうのかも知れない。

 ともあれ、この世界における『魔法』は、『時間』に対して自分が認識できる形では影響を及ぼせないらしいし、『魂』とでもいうべきものに強く抵抗される。逆に言うと、それ以外の事柄については、概念としてある程度の理解と明確なイメージがあれば、その詳細な原理までを知らずとも、魔法で発現することができる。――とはいえ、『魔素』が物質、あるいは物質ようにふるまう(と思われる)以上、空間単位量あたりに存在する魔素量には限界があるので、何でもできる、というわけではないのだが。

 なんにせよ、だ。最後には、いくら便利であろうとも、この世界の人たちが使っていないような魔法に関しては、あまり大っぴらにしないようにしよう、という意見でまとまった。

 この世界の人たちは、優しい。だからこちらも親切を返したくなる。そして、便利な新しい魔法を作り、教える事は、それに値するのではないかと思える。だけど、彼らの“優しさ”は、神話(教書)の教えに由来する面もある。そしてその神話は、機械によっていろいろな物事を便利にした旧文明の人々に対して批判的な印象を感じる。農作業や物作りに呪文による魔法を活用している彼らではあるが、機械じゃないから大丈夫、と考えるのはさすがに楽観が過ぎるだろう。――まあそもそも、彼らが現状に不満を持っていないのなら、余計なお世話でしかないのだろうし。


 一方で俺は、『魔法陣』についても、いろいろな考察や検証を行った。

 この『魔法陣』、あるいはそれを使った『魔道具』は、職人によって作られている。とはいえ、その職人に求められるのは工作技術などではなく、模写能力だった。つまり、職人は新しく魔法陣を生み出しているわけではなく、既知のものを正確に模写することで魔道具に利用していたのだ。そしてその“既知”とは、遺跡から発見されたもののうち、その作用が明白なもの、に限るようだった。

 この事実を知ったとき、俺は「魔法が発動するのだから、魔法陣は呪文を代替する。ならば、呪文同様の規則性があるはずだ」と考えた。そして「何故それを解明しようとしないのか」とも。まあ、後者については、研究職、というものが基本存在しないこと、そして先述の通り神話の教えが関わるのかも知れない、ということで納得したが。

 だが、納得したところで、俺個人としては好奇心を抑えることはできなかった。だからまず、家の中の魔法陣を比較した。

 コンロ、灯り、冷蔵庫、蛇口。家の中の普段使いで魔道具が利用されているのはこの辺り。まずはこれらを紙に手描きで転写して比較する。

 紙は、それをほぼ専門に請け負う職人たちが手作業(とはいえ、魔法も使われているようだが)で作っているために大量生産はできないが、この街の生活の中でそれを使う機会がそれほどないのか、倉庫に山積みになっていたものを貰うことができた。質は、意外と言ったら失礼かも知れないが、藁半紙よりは上等と感じる。鉛筆は、木炭か何かを細かく砕いたものを粘土と混ぜて成形しているようだが、その剥き出しの芯を木のグリップで挟んで使う。こちらはさすがに使いづらさを感じるが、慣れたやり方で書けるものがあるだけありがたい。

 そうして転写したものを比較して、まず明白な共通点は、いずれも“円の中に何かが描かれている”という点だろう。問題は、その“何か”の部分、つまり円の内側に描かれた文様だ。ここには必ず意味があるはず。

 その内側を見てすぐに気付くのは、そのほとんどが直線で構成されていることだ。元の魔法陣からして若干曲がっているように見えるものも、その曲率はゼロに近い。これが許容範囲内の誤差であるらしいことは、手書きで歪みのある灯りの魔法陣でも“一応”は起動したことからも、大きくは間違っていない推察だろう。

 そして、その直線の二点以上が、必ず円周か他の直線に接している。これが、魔法陣を見て「何かの回路のようだ」という印象を持つ大きな原因の一つだろう。いや、むしろ回路そのものだと考えても良いのかも知れない。魔素を循環させる回路だ。

 ならば、魔素の循環のさせ方に意味があるのか? と考えても、魔素というものは目に見えない。それに、灯りやコンロの起動や停止は魔法陣の一部に触れてさえいればその場所を問わない。そもそも魔素が、酸素や窒素のように大気中に含まれるものなら、絶縁されているわけではない回路に流れも何も無いのではないか。

 なら、もっと分かりやすいとっかかりから見ていこう。自分の手で書き写して気付いたが、魔法陣の中には共通する形の部分がある。ならばやはり、この“形”に意味がある。文様を構成する部分部分に意味があるなら、魔法陣とは意味の組み合わせや積み重ね――それって結局、形が違うだけで、呪文と一緒だな。

 なんか、無駄に遠回りをしたような気持ちになった。最初の思いつきに回帰しただけだったし、結果的にこの思いつきは正しかったから、なおさらだ。

 ――そんな紆余曲折、とまで言えない程度の迷走をしつつ、魔法陣の文様や図形を『言葉』と対応させる試みをするうち、その紋様や図形は結局“文字そのもの”であると確信した。

 とはいえ、アルファベットに対応させていっても、旧文明で使われていた単語だろうか、ここで学んだものとは“スペル”が違う(日本の慣用的な意味―綴り―で。だが結果的に英語的な意味―呪文―でも)事が多いために、判断に困る部分もあった。が、逆に分かりやすい部分もある。例えば、各魔法陣に共通していた形はおそらく『switch(スウィチ)』、綴りはまんま英語だが、ここの言葉でも『切り替える』というような意味合いで使われる。この部分がキーとなる「ON」「OFF」の言葉を処理している部分なのだろう、と、共通する動作から推測できる。

 まあ、言葉に関しては、英語に限らずヨーロッパで使われていた言葉は同じくラテン語を元にしているらしいし、ここの言葉もそんなものだろう、と、半ば投げやりな気持ちで現実を受け容れた俺だ。

 ともあれだ。魔法陣が複雑なのは、長ったらしい呪文をそのまま線が途切れないようにほぼ直線のみで円の中に無理矢理書き込んだせいだと分かった。

 そして、俺は呪文について、一つ発見をしている。そう、“日本語でも発動する”という発見だ。

 これだけの前提が揃えば、日本人ならほとんどの人が同じ事を思うのではなかろうか。すなわち、「漢字でもイケんじゃね?」と。

 ――結論。イケました。

 まあ、その結論に至るまでにもいろいろ試したが、結局、条件としては呪文と変わらない。最低でも主語と述語が記述されていて、その上でイメージを持って描く、ということが大事だった。

 言葉にイメージを乗せる、というのは前に頭によぎった『言霊』という概念からも想像しやすかったが、魔法陣にもイメージが大事になるというのはなかなか気づけなかった。だが、芸術には魂が宿る、なんて言葉を思い出せば、それも腑に落ちた。

 最初こそ、いかに線を途切れさせずに漢字として成立させるか、という点にばかり意識が行って、その文字にイメージを込めるということができていなかったが、慣れて気付いてしまえば、元々漢字はそれ自体に意味があるのだから、イメージを込めるというのはむしろ簡単だった。文字数を減らすのが漢字を使う一番の目的だったが、これは嬉しい副次的効果だった。……といいつつ、実際の所は、誰にでも使える魔道具を目指すとどうしても文字数は増えるし、便利さを求めればさらに増えるので、イメージしやすいという方が主目的のようになってしまったが。

 ――そんな苦労の結果も、保科君たち四人とは共有した。結論としては、魔法同様、大っぴらにはしないことになったが、これが彼らだけでも助けてくれるなら良い。俺はそんな心境だった。……このときはまだ、彼らと俺が別々の道を行くなんて想像していなかったのだけれど、もしかしたら何かしらの予感はあったのだろうか?


 ――それでも、俺が見つけた“呪文の関数化”については結局、彼らにも話すことはなかった。その理由を強いていうなら「なんとなく」だろうか。その判断が何らかの理屈によるのか、それとも感情的なものなのかすら、俺自身、まるで分かってはいないのだが。

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