5.少なくともプラズマではない

 付いてこい、という彼らに続いて歩き出す。だが、前を歩くのは、リーダーらしきアントーノと名乗った男と荷物持ちの二人だけで、他の三人は俺たちを先に歩かせる。

 ――まさか、油断させておいて……?

 と思ったのは最初だけで、彼らは俺たちの横と後ろに陣取り、俺たちでなく、周囲を警戒している様子なのが見て取れた。

 ただ、彼らも俺たちが不安になったことを見て取ったのだろう、「この辺りは大丈夫だとは思うが、念のためマジュウに警戒している」と声を掛けてきた。

「マジュウ?」

 俺が翻訳してくれたモリモト君に聞き返すと、彼は「魔法の魔にケモノで、魔獣、だと思います」と返す。

「……えーっと……魔法?」

 なんとも異世界的なワードの登場に、つい聞き返してしまう。

「……漢字だと悪魔の魔、とも言えますが、彼らの言葉のニュアンス的には魔法の魔、という感じなんです。あくまでも俺にはなんでかそう感じられる、ってだけなんですけど」

「……うーん、とりあえず概念としての『魔法』というものはこの世界にも存在する、って理解に留めておこうか」

 さすがに、魔法が現実に存在する世界に飛ばされた、なんて考えるのは早計――というか、本音を言えば、信じたくはない。

「ですよね、あはは……」

 俺の言葉を聞いたホシナ君が、ちょっと気まずそうにいう。

「異世界ものにありがちな無詠唱魔法とか、試したね?」

 なんて、俺がちょっと意地悪な感じに突っ込むと、ホシナ君は「実は、ステータスオープン、とかも試しました……」なんて言う。

「できた?」

「できなかったです」

「それは良かった……と言って良いのか……」

 できなかったからといって、それが“ここが異世界ではない”ことの証明になるわけではないけれど、やはりそんな突拍子もない現実を唐突に突きつけられるのは勘弁願いたい。もちろん、信じたくないからといって目を逸らしたところで事実が変わるわけではないのだが、もし、そんな現実を認めざるを得ない時が来るとしても、もうちょっとこう、ソフトランディングな感じであってほしい、というか。

 せめて、現状を正しく認識して、覚悟の上で受け容れたい――なんて、考えてしまったことが、もしかしたらフラグ立てだったのだろうか。


 ――ピィーッ!!

 辺りにそんな音が響き渡り、俺たちの回りで警戒していた現地の人たちが武器を構え、周囲を窺う。

「アプゥ!!」

 そんな、単語なのかかけ声なのか判らない声と同時に、先頭を歩いていたアントーノが上空を指さし、皆つられてそちらを見る。……あれは猛禽類だろうか、一羽だけだが、結構な大柄に見える鳥が、俺たちの上空で旋回を始めた。

「ファシャ!!」

 アントーノが今度はそんな声を上げてから、何やら言葉を、まるで詩吟のように抑揚をつけて、だが結構な早口で語り始めた。

「太陽神……炎……天空……追う……」

 早口なためか、モリモト君の“通訳”も断片的だ。

 鳥を追い払うための、おまじないのようなものだろうか? ――そう思った、次の瞬間だった。

 アントーノが強く言葉を言い切ると同時、その頭上に突然、頭の大きさより一回りほど小さな、まるで炎の塊のようなものが出現するやいなや、それは鳥へと向かって勢いよく向かっていく。

 それに気付いた鳥は逃げる体勢に移行するが、炎の速度の方が早く、しかも炎は、それを躱そうと弧を描く鳥の動きに追従。まもなく、鳥の後ろから着弾し、火の粉を散らしながらはじけた。

 鳥は、炎に包まれて炎上するようなことはなかったが、熱かったのだろうか「ピィッ!」と一声鳴いて、そのまま飛び去っていった。


 ――どう見ても魔法です。本当にありがとうございました。


 もうね、ネタに走るしかないよね。そんな心境だった。

 ホシナ君たちを見ても、「おおっ!」なんて目を輝かせているのは一人もいない。言葉で表すなら「あちゃー」とか「ええー……」という感じの反応で、みんな引きつった笑みを浮かべている。

「……手品かな?」

 俺のそんな、悪あがきの言葉。彼らもそんな気持ちは分かってくれるのだろう。

「まあ、マジック、ではあるんでしょうね……」

 と、ホシナ君。

「きっと、プラズマですよ」

 と、リクオさん。

「君、何歳?」

 と、俺がリクオさんに突っ込みを入れて、ちょっとは自然な笑顔が生まれる。それで少しだけ、気持ちが切り替わった気がした。……俺の場合のそれは、諦め、とか、開き直り、とも言えるものだけど。

 他のみんなも、特別言葉にはしないけれど、さすがにあんなものを目の前で見せられれば、いろいろ思うところはあるのだろう、俺の目にはなんとなく、彼らの表情が引き締まったように見えた。


「そういえばモリモト君、俺、君にはちゃんと自己紹介してなかったと思うんだけど」

 歩きながら、さっき、彼から「ソウダさん」と言われたことを思い出し、改めて考えると疑問に思い、聞いてみた。

「えっ? ああ、俺、相田さんのことは元々、知ってましたから」

「僕らが仲良くなったきっかけって、ドリーマーズ・ヴァースだったんですよ」

 聞けば、当時クラスで『DV』に熱中していたのはホシナ君とモリモト君くらいなものだったそうだ(口コミで人気がじわじわ高まっていくタイプの売れ方だったからそれも仕方ない)。それをきっかけに意気投合した二人は、それ以来の親友だという。

「……小学生かぁ……」

 まあ、俺としてはまず気になるのはそっちだった。小学生が大学生になる年月。普通に考えれば当たり前の事実なのに、改めて突きつけられると、自分のことや作品のことなんかがごちゃごちゃっと、いろいろな感情がいっぺんに去来して、なんともいえない、ちょっと感傷的な気持ちになる。

 だけど、そんな感傷は、すぐに郷愁に変わってしまいそうな予感がして、無理矢理意識を切り替えて、彼らに質問を投げかける。

「でも小学生じゃ、ストーリィは難しかったんじゃない?」

『ドリーマーズ・ヴァース』というタイトルは、“夢見る者たちの詩”と“夢見る者たちの世界”のダブルミーニングで、“夢見る者”というのも、“夢を追う劇中の冒険者(プレイヤー)”と、“夢を見るように(ゲームの舞台となる)世界を構築・維持する、肉体を手放した存在”のダブルミーニングだったりする。そんな設定なども、小学生でも高学年ともなれば、ある程度は理解してくれたのだろうか? というのは、実際に気になるところだ。

「あー、最後の、脳みそがずらーっと並ぶCGはちょっとしたトラウマものでしたね……」

「確かにあの頃にストーリィを完全に理解していたかは疑わしいですけど、でも、何より、バトルが楽しかったですから」

 ホシナ君の感想に納得しているところに、モリモト君が嬉しいことを言ってくれる。

「モリモッちゃん、嬉しいことを言ってくれるねぇ!」

 嬉しさのあまり、変なテンションと口調になってしまった。評判が良い、という伝聞も嬉しくないわけではないが、こうして直接感想を伝えてもらえるということは、また格別に嬉しいものなのだ。ましてや、俺の担当したところを楽しんでもらえたというのなら、なおさらだ。

「だから、相田さんのことは知ってたんですよ」

 と、いうことらしい。

 それからも、歩きながら『DV』の話をした。まあ、一回りほども年齢差があれば、共通の話題なんてなかなか無いというのもあるだろうが。女性陣はプレイ経験こそないものの、タイトルは知っていてくれて、俺たちの会話に耳を傾けてくれていた。

 そんな女性陣に、俺は「帰ることができたら是非プレイしてみてくれ」と、頭に言葉は浮かんだものの、それを口に出すことはできなかった。

 ホシナ君とモリモト君の言葉からは『DV』シリーズへの愛を感じられたけれど、『DV3』の話は意図的に避けているようだった。

 当たり前だ。「もし、戻ったら」――そんな話題は同時に“戻れない可能性”を浮き彫りにしてしまう。きっとまだ誰も、そこまでの覚悟はできていない。だから、どうしたって、気を遣う。

 そうしなければならない今この現状に感じたのは、憤りとか不安より、なんとなく悲しいような寂しいような、そんな気持ちだった。


 そんな会話をしていた時間は、三十分かそこらだろうか、少なくとも一時間は経っていないように感じる。

 先頭を歩いていたアントーノが立ち止まり、声を掛けてきた。

 地面は緩い下り坂に差し掛かっている。ここは丘の上にあたり、今、目の前には眺望が開けていた。

 視界の先には緩やかな起伏を持った大地が広がる。この丘だけが特別なのか、その大地は緑に溢れている。だが、遠く、丘陵に囲まれた比較的平坦な部分に地平線の向こうまで広がる“それ”は、力強い自然の力とはまた違う。あれは人の営みの形だ、と直感した。

「ようこそ、ルーメンへ」

 その光景に手のひらを添え、アントーノが俺たちを振り返って、どこか誇らしげに発した言葉は、言葉の解らない俺にも、きっとそう言ったのだろうと思われた。

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