4.コミュニケイト
外に出るともうすでに、こちらへ向かって来ていた人たちは、その顔が判別できるほどに近づいていた。
(……外人。そういう可能性も、そりゃあるよな……)
相手も五人。おそらくみんな男性で、全員とも身長はさほど高くなく、個々の差はあるが俺の身長と前後する程度で、皆シルエットはほっそりとしている。俺の後ろの男子二人は俺よりデカいから、並べばこちらの方が威圧感はあるかも知れない。ただ、相手は五人ともが白人系で、日本人とはかけ離れた顔立ちだった。
(いや、今の時代、外国にルーツのある人が日本に住むことだってあるだろう)
と、頭で考えつつも、多分そんな都合の良いことはなのだろうな、という諦念がすでに心を支配しつつある。
彼らの服装もそう思わせる原因かも知れない。少なくとも、彼らがこの格好で日本を闊歩していたら、悪目立ちするのではないかと思う。ファッションに疎い俺には上手い言葉が見つからないが、何というか、ハンドメイド感に溢れていて、生地そのものも見慣れない印象がある。一応、五人全員が同じような作り、同じような色の服装で、つばの小さい麦わら帽のような帽子をかぶっているが、既製品のような一体感は感じられない。内一人は、革製だろうか、やや大きめの背嚢を背負っている。
(……というか)
最初に気付いてはいたのだ。だが、俺の中の常識が邪魔をして、その現実を直視できなかった。
(武器……だよな……)
そう、彼らは、腰の横や後ろに、剣のようなものや、いわゆるメイスのようなものをぶら下げていたのだ。
だが、そんな彼らは突然襲いかかってくるようなこともなく、姿を現したこちらを見て驚いた様子を見せたあと、一人が手に持っていたタブレットのような板をみんなで囲んで、何やら話し合っているようだった。
聞こえてくる限りでは、英語とも違うように聞こえる。そしてやはり、日本語では絶対に無さそうだ(きつい方言かも――なんて期待はするだけ無駄だろう)。
こちらも思わず顔を見合わせる。まだどこかぼんやりした様子のモリモト君以外は、困惑した表情をしていて、きっと俺もそんな顔をしているのだろう。
「……とりあえず俺が代表して話しかけてみる」
半ば開き直りのような気持ちと共に、そんな言葉が自然と出てきた。その顔から不安そうな表情は完全には消えなかったが、ホシナ君たちは頷いてくれた。
「あのー、日本語、分かりますか?」
念のため日本語で外人さんたちに声を掛けると、彼らはビクッとなってから、タブレット(?)を持った人が両手を挙げたまま一歩前に出てきた。
「イミニコトゥオスノソムス」
おそらく、こちらを気遣ってゆっくりしゃべってくれたのだろう、一応そんな風に聞き取れたが、俺の知識では、その言葉が何を意味するのかまるで解らない。
「あー、イングリッシュ、OK?」
一応、英語が分かるか聞いてみるが、彼らは「イング……?」という感じに、首をかしげていた。おそらく、似たような言葉はあっても、こちらの意図する意味は伝わっていないのだろう。
「一応聞くけど……誰か、何言ってるか解った?」
完全なディスコミュニケーションに、俺は思わず振り返って尋ねてしまう。「俺が代表して話しかけてみる(キリッ)」とはなんだったのか。
だが、英語も全く通じないというのはさすがに“常識的な”想定の埒外すぎる――というか、そうなるといよいよ妄想めいた可能性、すなわち『異世界転移』なんてことも考慮しなければならないのだろうか。いや、世界は広い。結論を急ぐべきじゃない。
当然、ホシナ君たちも彼らの言葉が解るはずもなく首を横に振るばかり――と思ったその時、モリモト君が口を開いた。
「……私たちはあなたたちの敵ではない」
「……え? それ、さっきの言葉の意味?」
「ハァッ? イオリ、解るの!? 何で?!」
思いがけない展開に戸惑うが、ホシナ君の驚き方を見るに、元々モリモト君が語学堪能、というわけでもなさそうだ。
(……だけど確かに、彼らの態度はその言葉を表しているようには見える)
両手を挙げるジェスチャは、武器を手に持っていない、あるいは腰のものを使うつもりはない、という意思表示だとは推測できる。表情や雰囲気からも、よからぬ事を企んでいるようには思えない。
それが演技だったらもうどうしようもない。今置かれた状況を少しでも正しく把握するためには、まず言葉で意思の疎通を図ろうとしてきた彼らを、信じるべきだろう。幸い、全く意思の疎通ができない、というわけでもなさそうだし――などと思いながらモリモト君たちに意識を戻すと、そう上手くいくものでもないようだった。
「……わからないんだ! どうして解るのか、わからないんだ……」
「イオリ……」
モリモト君は戸惑うような、怯えるような様子で、頭を抱えてしまう。ホシナ君もそんなモリモト君にそれ以上何も言えず、女性陣も心配そうに見守るばかりだった。
だが俺は、そんなモリモト君に、敢えて告げる。
「でも、君のおかげで、俺たちは助かるかも知れないんだ」
酷かも知れないとは思う。俺の身勝手かも知れないとも思う。だけど、ここで塞ぎ込んだところで状況が好転することはないだろう。だから、俺は嫌われてでも、言わなければならないと思った。
モリモト君の目線が、俺を捉える。
「…………」
戸惑う様子はあるが、幸い、取り乱すようなことはなく、話を聞いてくれそうだ。
「今は、俺たちみんな、どうしてこんなことになってるのか、分からないんだ。だから、少しでも情報が欲しい。そして今、君なら、君だけが、現地の人たちの言葉を理解することがどうしてだかできている。だから、不安はあるだろうが、まずは俺たちを、助けてくれ。頼む」
頭を下げた俺の耳に、モリモト君が一つ大きく息を吐く音が届く。
「……大丈夫です、相田さんの言ってることは、分かります。さっきゲンキから聞いたこと、正直まだ信じきれないけど、実際こんなことになってるし、俺のこともこんなんなっちゃってるの、訳わかんなくても事実だし、事実ならもう、それ、役立てるしかないじゃないっすか」
冷静であろうとはしたのだろう、最後は少し感情的になっていたが、それでもモリモト君はそう言ってくれた。
「開き直りでも、助かる。ありがとう」
「あ、でも多分、自分から喋るのは全然できないです」
「……そうなのか」
それはどういうメカニズムなのだろう? 相手が何を言っているか分かるということは、その言葉を理解しているということで、言葉を知っているならそれを使って喋ることができそうなものだが。異世界ものによくある言語チート的なものではないということか? あるいは、さっきホシナ君が言っていた記憶の混乱というのが関係しているのだろうか?
いや、今はそれを追求する場面じゃない。
「なら、とにかく、あの人らの言葉をこちらが解るって事を解ってもらわないとな」
というわけで、やれることといったらジェスチャで表現するのみ――といっても、それですんなり意思の疎通ができれば苦労はないわけで。
○と×で通じるのは日本だけ、なんて話は聞いたことがあったが、ここでもそれは同じようで、「聞く、OK、話す、ダメー」などと日本語で喋りながらそれを動作で表現しても、伝わらない様子。せめて首をかしげてくれでもしたらいいのだが、相手は顔を見合わせるばかり。
ただ、こちらが何かを伝えたいことは理解してくれたようで、向こうからも話しかけてくれた。それを聞いたモリモト君が口を開き、さらにそれを聞いた俺がリアクションをする、それを数回繰り返すことで、モリモト君が言葉を理解しているらしいことは察してくれて、モリモト君に話しかけるようになった。それでもモリモト君の口から出てくるのが聞き慣れぬ言葉のみということから、喋ることはできないことも察してくれて、さらにはこちらが頷けば肯定、首を左右に振れば否定、ということも理解してくれた。そこから全てが上手くいった、というわけではないが、きちんと意思の疎通が進む手応えはあった。
お互いの顔立ちがハッキリと違うせいか、単純にお互いの知性の問題か、双方共に、自分たちの常識が通じない可能性というものを前提に、理解しようという姿勢があったのが良かったのだろう。ここの人たちみんながそうなのか、彼らがたまたまいい人たちだったのかは判らないが、幸運であることは確かだ。
現地人である彼らに曰く――『遺跡』から見つけ出された『太陽神の書』(彼らが手に持っていたタブレットのような板)に、前の儀式の際、今日この日この場所に、助くべき異国よりの迷い人が現れる、との“神託”が表示されたのだそうだ。
元々、その板には度々、未来のことを予言しているとしか思えない内容が示されるそうで、例えば自然災害など、全ての災害を示すわけではないが、示された災害はまず起こるという。故に彼らはここへ出向いてきたということだった。
彼らはひとまず我々を保護し、必要な支援を、できる範囲でする意思がある、という。我々が彼らに害を及ぼさない限り、彼らは我々の意思を尊重し、行動の自由を認めるつもりだ――と。
――正直、いろいろと質問をしたいことだらけだが、できるのが肯定と否定くらいでは、彼らの意は理解したということを伝えることしかできない。
彼らに得があるかも分からない親切に、つい頭を下げたら、「助け合うのは当然だ」という言葉が返ってきた。頭を下げる動作は、誤解なく、彼らに感謝の意を伝えてくれたようだった。
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