第63話 カオスな飲み会
2月下旬の夜、俺と雄馬、先輩とカンキ君の4人は都内のターミナル駅に集まった。程なくして式美先生がやってきた。プライベートの先生はグレーのチェスターコートを羽織っていて、知的でスタイリッシュな雰囲気だった。
「じゃあ、行くか」
ぼそっと呟いた先生に俺たち4人が「はい!」と返した。
そのまま先生に連れられて目的地へ向かう。途中でコンビニに立ち寄り、酒とつまみ、スナックを大量に買い込んだ。それから7分ほど歩くと、ある高層マンションの前に着いた。マンションのエントランスはホテルのロビーの様にお洒落で、俺たちは思わずキョロキョロと見回した。
エレベーターに乗り、先生に促されて12階の一室に入る。カーテンの開いた隙間からはきらきらと灯りを散りばめた東京の夜景が見えて、俺らは思わず
「あまりうるさくしないでくれ」と先生が困ったようにぼやく。
「あ、先生、スミマセン。ご自宅にお邪魔することになってしまって……」
「いや……。このメンバーだと外で飲む方が危険だからな。仕方ない……」
最初、俺は外で個室居酒屋を予約しようと考えていたが、メンバーを伝えたところ先生が悩み出し、結局、先生の自宅で飲むことになってしまった。確かに、このメンバーで酒が入ると、替生手術のことを外で、しかも大声で話してしまう危険性があった。ルームシェアをしている俺らの家でも良かったし、先生もそちらを望んだが、俺含め4人が先生の家を望んだため先生が渋々折れることになった。
俺たちはリビングに着くと、天板がガラスのローテーブルに酒の缶とつまみやスナックを並べた。テーブルを囲むように全員座布団を敷いて座る。ソファはあったが、誰も座らなかった。
全員がプルタブを開けた酒を手に持ったのを見て、雄馬が立ち上がった。
「では!! ハタチまで生きられた皆の人生に乾杯!!」と、右手で缶を掲げる。
「重いわ、アホ!!」と、先輩のツッコミが入りながらも、乾杯をし合って酒を飲んだ。
開始10分で2缶目を開けて顔を赤くしているカンキ君は、先生の肩に手を回して絡み始めた。
「せんせぇ、ストイチ飲みますぅ? おれぁ、これが一番飛べる酒や思▲#?@」
「……君、若いのにこんなの飲んでるのか」
「んええ。これぁ1番ですわ。嫌な事、パーン忘れられますかるぁ」
「……飲み過ぎると肝臓悪くしたり認知症になったりするからほどほどにな」
「せんせぇ、堅いことはええじゃないで@#。なあ、キミ」
「そーですよ! 今日は無礼講ですよ!」
「……無礼講の使い方間違ってるし、それ、私が言うものなんだけど……」
「すみません、先生。こいつら遠慮を知らなくて」
「あんだとー。シンタロォ」
「ホンマ、この二人はしゃーないわ。せんせぃ、ウチはせんせぃみたいな立派な医者になりますからね~」
いつの間にか立っていた先輩は自由の女神みたいなポーズを決めて、ストイチを掲げている。
「……私が立派な医者かどうかは置いといて、期待しているよ」
「ええ。ええ。立派な美人グラマラス美女医になりますからね。口説くなら今のうちですよ~」
「……」
「すいません、先生。先輩も酔うとおかしくなるんです。いや、いつもおかしいな」
「はは。皆、個性的だな」
先生が引いていると、先輩が先生の前にドスンと座った。
「せんせぃ。ウチ、感動してるんですよ。せんせぃがどんな気持ちで、今まで研究してたかと思うと……。そんな医師免許剥奪されるような危ない橋を渡ってでも、子供を救うためにそういう研究してたんや思うと……泣けてきますわ……! ええことやないんやけど、でも、せんせぃの子供を救いたいって気持ちは本物で。ウチは正直、そこまで覚悟できないですわ」
先生はテーブルに缶を置いて、俯きながら静かに答えた。
「……いや、こんな覚悟はしなくていい。というか、すべきでない。ただ、自分は替生手術で救われたから、プロジェクトを引き継ぐのが当然だと思っただけだ。別に大したことじゃない」
「でも、でも、うぢは~」と先輩は赤い顔をくしゃくしゃにした。
「でた、泣きせん」
「なんやってぇ!?」
「おう、みやこ。あんませんせぇに迷惑かけたらアカンで。だいたいお前はいつも▲#$%」
先生はカンキ君をスルーして美夜子先輩に話しかけた。
「……そういえば、美夜子さんは今、4年生か。何科を目指しているんだ?」
「精神科です。かつてのお兄ちゃんのように、死にたいくらい悩んでる子どもを救いたいんです」
「そうか。精神科もハードだからな、頑張れよ」
「ありがとうございます」
その後も先輩とカンキ君は散々騒いだ後、仲良く大の字で床に寝ていた。カンキ君はいつの間にかパンイチ姿になっていた。
先生は暖房の温度を上げて、二人に毛布を掛けながら俺に尋ねてきた。
「そういえば、新君は最近順調か?」
「はい。俺、自分のやるべき事が見つかりました」
「聞いてもいいか?」
俺は子ども食堂を手伝っていることと、子ども達に食事と学習機会と居場所の提供をしていること、最近では認知度が上がってメディアから取材が来るようになったことを話した。
「へぇ。凄いじゃないか」
「……俺、どうやったらアネ広の子ども達が死を選ばないか、毒親から逃げて独り立ちできるか、人生をやり直せるかを考えて、自分にしか出来ないことって何だろうと思ったら、こういう形になりました」
「立派だな、新君は」
「いえ、まだまだ課題だらけです。あそこにいる子たちって、その生い立ちから基本的に行政や大人に警戒心を持ってる子も多くて。それは仕方ないんですけど、信用できる大人もいるって気付いて欲しいし、俺がその信用できる大人になってあげたいなって。それに、彼らが警戒するほど、役所の人は無理解じゃないし、サポートもしてくれるって俺は自身の経験から知ってるので。いずれは彼らも自分の力で独り立ちをして、行政含め色んな大人やサービスを頼りながら、力強く生きていってほしいなと思います」
「新、すげぇ。そんなこと考えながらやってたのか。やるな~」
「いや、全然だよ。稀に緊急性のある虐待案件の子とか来るけど、そういう時は毎回パニックになるよ。関係するNPO法人さんに繋げて、警察に言うべきかとか考えて、もう毎回手探りで大変だよ」
先生は「ふむ」と言って、少し考えてから口を開いた。
「……確かに、福祉の仕事は明確な正解がないから悩むし大変だよな」
「そうなんです、先生」
「じゃあ、新君は大学卒業後もそういった事をやっていくのか?」
「うーん……。俺、NPO法人とか設立できないかなって」
「え!? すげぇな、新」
「いや、でも、考えてるだけで、まだ何も進んでないんだ。NPO法人を設立するとなると、経理とか運営とか、資金のこととか、考えなきゃいけない事は色々あるから」
「うぇ、大変そう」と雄馬がしかめっ面をした。
「でも、最近同じ高校だった友達が二人、ボランティアに参加してくれるようになったんです。一人は簿記持ってるから、経理はそいつに任せようと思ってます。といっても、もっと勉強しないといけないから、設立するのはまだ先になりそうですけど」
この頃になると、健に加えて颯太もボランティアに参加してくれるようになっていた。健がやっているのを見て颯太の恐怖心が薄らいだのと、俺が経理が分からないから手伝ってほしいと頼んだら快く引き受けてくれたのだ。颯太は少し前に簿記2級に合格したようなので、心強かった。ゆかりも手伝うと言ってくれたが、万が一の事を考えて、女子であるゆかりの申し出は断っていた。ゆかりは寂しそうだったが、俺はルイの事件の事を思うと、どうしてもゆかりを巻き込む訳にはいかなかった。
「そうか、でも新君ならできるだろ」と、先生は少し口元を緩めて言った。
「ありがとうございます」
「こんなに逞しく育ってくれたら、プロジェクトも悪い面ばかりじゃなかったと、少し救われる気持ちだよ」
「先生……」
「シキセン!! 俺は警察官になろうかなって思ってんだけど!!」
「ブーーーーーーッ!!!!」
先生が酒を盛大に吹き出した。
「ゴッホ!!! ゲホッ!!!」と激しく咳き込んでいる。
「うわっ。シキセン、汚ねー」
「雄馬が似合わないこと言うからだよ」
「なんだよ、それ! いいじゃん警察官!」
「き、君影君が警察……?」
「そっす」
先生はこれ以上したら目尻が切れるんじゃないかってくらい、目を見開いて雄馬を見た。
「な……なぜ?」
「アネ広にいたとき、嫌な警察官もいたんすけど、励ましてくれるいい人もいたんすよね。だから、警察官になって俺もアネ広のパトロールしようかなって」
「……そ、そうか……。まあ、頑張ってくれ……」
「もしかして、雄馬が今、バイト頑張ってるのって、そのため?」
「ああ。とりあえず金貯めてるとこ。大学でも専門学校でも学費が結構するからな。できるだけ貯めてから学校に通いたいんだよ。奨学金って要は借金だしさ」
「……君影君も意外と将来の事を考えているんだな。嬉しいよ」
「シキセン、表情筋死んでるから全然嬉しそうに見えないんすけど」
「……」
「ちょ、雄馬。先生はクールで冷静なんだって」
「うれしいよ、君影君」と先生はぎこちなく笑った。
「あ、こわっ! やっぱシキセン笑わないで」
「おい」
不機嫌を顔に表した先生に、俺は、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「あ、先生、1つ、聞いて良いですか?」
「何だ、新君」
「替生手術を受けて病院に通ってた人で、一池っていう人がいると思うんですけど、彼は今、元気かなって」
「ああ。そういえば、君の知り合いらしいな」
「あ、そうです」
「一池君は20歳を迎えて、病院には来なくなったよ」
「……そうですか。俺、ずっと一池のことが気になってて。高3の時、大学受験失敗して、凄い落ち込んでたって聞いたので、今、どうなってるんだろって」
「ああ。それなら心配いらない。ちゃんと大学生をやっているからな」
「え!? そうなんですか? 良かった~」
俺はほっとして、酒を3口飲んだ。
「ああ。1年浪人して、今は大学1年生だ」
「良かった! じゃあ、これで医者になれるんですね」
「いや、彼は文学部の史学科に行ったよ。なんでも歴史が大好きだそうだ」
「え!? そうだったんですか!?」
「ああ。彼が本当に好きな道に進めて良かったよ。プロジェクトの事で医者になりたいと思わせてしまっていたからな。あやうく彼の人生を狂わせてしまうところだった」
先生は空になった缶を握りしめて、遠い目をした。
「先生。まだ、気にされているんですね」
「まあな。結果として、振り回してしまったことは事実だからな」
ずっと黙って聞いていた雄馬が頬杖を突きながら先生に話しかけた。
「気にすんなって、シキセン! 人生山あり谷ありだろ。今が良いなら、それでいいんだよ! そのガリ勉だって、そう思ってるだろ。あいつは割り切れるって!」
「君影君とも知り合いだったのか?」
「そうっすよ」
「……そうか」
「先生、雄馬の言うとおりです。あいつは次の目標が見つかれば割り切って進めるやつですから。心配しないで下さい」
「そうか。ありがとうな」
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