第62話 成人の日


 成人の日、俺は地元の総合体育館に健、颯太、ゆかりとともに向かった。男性陣は黒いスーツで、ゆかりはピンクの振り袖姿だ。「二十歳を祝う会」の会場に着いて、辺りを見回したが一池には出会わなかった。小学校や中学校時代の懐かしい顔ぶれと出会って、盛り上がりながら会場に入った。約2時間ほどで式典が終わり、その後は久々に出会った友達と話したり、そのまま皆でファミレスに行って近況報告をした。


 そうしている内に、あっという間に午後4時になった。


「あ、皆ごめん。俺、そろそろ……」

「え? 新、もう帰るのか?」と颯太が目を丸くした。

「うん、ちょっと用事があって」

「こんな時に、用事入れんなよ~」と健がぶーたれた。

「ごめんって。また今度な!」


 そう言って、俺は席を立った。帰り際、ゆかりの淋しそうな視線が気になった。



***



「おせーぞ! シン!!」

「ごめん! 遅れた!」


 1時間半後、新宿の居酒屋に着くと、黒いスーツを着た雄馬とカンキ君、のだっち君、そしてなぜかライダースジャケットのジュリ姉さんが、お酒を飲んで飲み会を始めていた。


「あ~新ちゃん来た~。スーツ格好いいね~」

「ジュリ姉さん……、なんでいるんですか」

「え~冷たーい。皆の格好いい姿が見たくって!」

「……」


 成人の集まりなのに、一番盛り上がってたのは数年前に成人済みのジュリ姉さんだった。俺のビールが届いてから、改めて皆で乾杯をする。


「皆、大きくなったね~」とジュリ姉さんが枝豆を食べながら俺たちを見回した。

「オカンか、ジブンは」とカンキ君がツッコむ。

「え~、ある意味そうかもぉ」

「……ほうか」


 カンキ君は首を傾げながらも、それ以上のツッコミを諦めて唐揚げを食べ始めた。

 スーツ姿でもシルバーのピアスをしているのだっち君が「皆で写真取りたいっす」といってスマホを取り出した。

「いいじゃん!」と雄馬が、のだっち君が横向きに掲げたスマホのインカメラの撮影範囲内に体を寄せた。他の三人もそれに続く。全員の顔がスマホの画面に収まったのを見て、のだっち君はシャッターを押した。


カシャッ――――。


 のだっち君は写真を確認して、「オッケ」と呟いた。そして満足そうにスマホを胸ポケットにしまって、「後で皆にレインで送るっす」と言った。

 

「のだっち君、そういや、同い年だったんだね」と俺は彼に話しかけた。

「え? ああ、そっすよ」

「今まで知らなかった」

「言ってなかったっすからね」と笑った彼に何となく、影を感じた。

「でも、タメなら、なんで『です』つけるの?」

「あ~……」と、のだっち君は言いにくそうに視線を落とす。


「……?」

「ま、癖だよ。ほら、シン、お前の唐揚げ残ってるぞ」と雄馬が唐揚げの乗った皿を寄越してきた。

「あ、ありがと」


 それを受け取って食べていると、ジュリ姉さんが「ワタシ、お刺身8点盛り頼んじゃおっかな~」と、ぶりっこポーズをした。

「なんや、ジブン主役やないのに、めっちゃ楽しんどるな」

「うん。楽しまなきゃ損だし~」

「ジュリナは遠慮を知らねーからな」

「もう、キミちゃんたら辛辣~。ノダちゃんは優しいもんね~」

「え? あ、そすね」

「ちょっとぉ、話聞いてた~」

「すみません、聞いてなかったっす」

「も~お~」



 楽しそうに騒いでいる3人と比べて、少しトーンダウンしてるのだっち君が気になった。そのまま、2時間ほど過ごして、会はお開きとなった。


***


 帰りの電車内で、つり革に捕まりながらボーッと目の前の窓に映るスーツ姿の自分を眺めていた。疲れたのか、酔ったのか、頭がフワフワして思考が散っていく。さっき見たのだっち君の影のある笑顔だけが、妙に印象的で網膜に貼り付いている。


 下を向くと、座席に座ったカンキ君が、腕を組んで大口おおくちをあけ、天を仰ぎながら爆睡していた。ネクタイを外したシャツは二つ目までボタンが開けられている。


「……」


「さっきのこと、気にしてんのか?」


 ふいに話しかけられ驚いて右を見ると、雄馬と目があった。


「あ、いや……。まあ」

「のだっちのことなら気にすんなよ」

「でも、何か俺、変な事言っちゃったかなって」

「……」


「俺から聞いたって言うなよ」と言って、雄馬がのだっち君について少し話してくれた。過干渉な母親から逃げるようにアネ広に来たものの、そこで出会った女性にも束縛されてしまい酷い目にあったようだった。以来、彼は人と距離が近くならないように、「です」をつけないと会話できなくなったという。


「……」


 何も言えなくなった俺の右肩に、雄馬はと手を置いた。


「気にすんなよ。なんだかんだ、あいつ、今日楽しそうだったぞ」

「それだと良いんだけど」


 ふいに、スラックスのポケットに入れたスマホが振動した。取り出して見ると、のだっち君から今日の写真が送られてきていた。彼が写真の趣味を持ったのも、もしかしたら、こういう一瞬を残しておきたいからかもしれないと思った。


 レインを見ると、美夜子先輩からメッセージが来ていたことに気がついた。お祝いの言葉と「今日の写真、送ってな」と書いてある。早速、のだっち君から貰った写真を送付すると、すぐに「めっちゃええ写真やん」という返信が来て、なぜだか少し心が救われる気がした。

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