第61話 「聞きたいことがある」
12月下旬の某日、今年も健の呼びかけによって同中メンバーでの忘年会が開催されることになった。
レインにあった「聞きたいことがある」という一文に不安を抱きながらも、当日は指定された居酒屋へ向かった。居酒屋に着いて3人と合流したが、健はもちろん、ゆかりと颯太も晴れない表情をしている。テーブル席で静かに乾杯をした後、ビールを一気に
「あのさ、新。高校の友達から、教えてもらったんだけど……。この居酒屋が載せてる写真に写ってるのって、新、だよな?」
スマホには居酒屋カワちゃんがYに載せている写真が表示されていた。そこには子ども食堂で子ども達に勉強を教えている俺の姿が写っていた。Yに写真を載せた時から、いつかこういう日が来ることは覚悟していたが、実際に目の前の三人の困惑した表情を見ると心がじわりと冷や汗を流した。
「……うん」
絞り出すようにやっとそう答えると、健が語気を強めて言った。
「これ、アネ広の子ども食堂のボランティアって書いてあるけど、どゆこと? まだアネ広行ってんの? なんで?」
「……」
俯いた俺に苛立った健が、テーブルを拳でドンと叩いた。
「おい!! 黙ってたら分かんねーだろ!!」
勢いづく健を手で制しながら、颯太が口を開く。
「なんで今まで言ってくれなかったんだ? 新」
「……ごめん。言わなきゃと思ってたけど、言えなかった。また心配かけると思って……」
「そんなの……! 友達なんだから、言って欲しかったよ……」
そう言って溜め息を震わせながら、颯太は肘を突いて眉間を押さえた。
「し、新くん。何か事情があるんだよね?」
おろおろしているゆかりに、何て返せばいいのか言葉に迷っていると健が苦々しい顔で言った。
「これ先輩から聞いた話なんだけどさ、教育実習で受けもったクラスの子で、中学生なのに夜に繁華街で酒飲んだっていう子がいたらしくて。警察から電話かかって来たんだって。それが新宿のアネ広って聞いた時は、やっぱ
健は吐き捨てるように、そう言った。
「健くん……。でも、ボランティアは良いことだと思うよ……」
「それにしたってさぁ! 新は一度、あそこで事件に巻き込まれてるじゃん! なんでまだ行ってんだよ……」
「……僕も、アネ広のこと、ちょっと調べてみたけど、パパ活とかオーバードーズとか、何か物騒なことばかり出てきて。……怖いっていうか理解できないよ。あそこはどうせ不良のたまり場なんだろ? どうせオタクとか陰キャを馬鹿にして虐めるようなやつらなんだろ? なんでそんなやつらを新が助ける必要あるんだよ。自業自得じゃん」
じわっと目尻が潤った。やっぱりこういう見られ方をするんだ、彼らは……!
悔しさを唾とともに呑み込んでから、口を開いた。
「……アネ広にいる人達は、虐める側じゃない。虐められて逃げて来た側の人間なんだ」
声を震わせて発した俺の言葉に、三人は見るからに動揺していた。
「し、新くん。どういう意味?」
俺は名前を伏せて、今まで会ってきた人達の話をした。虐待から逃れてアネ広に辿り付いた人達の壮絶な半生を。俺が話す度に、三人の顔に表れた憐憫の色が濃くなっていった。酔いが覚めるほどの冷えた空気が俺らを包んだ。
「……俺、親友がいるんだ。イイやつでさ、元々アネ広にいたそいつが、色々悩んでた時に支えてくれたんだ。他にも、辛い時に励ましてくれた友達がアネ広にいて。だから、俺、アネ広のために何かできないかって、ずっと考えてたんだ」
「……」
颯太が目を伏せて、悲しそうに呟いた。
「……ごめん、新。僕、何も知らなかった」
「いいよ、俺も言ってなかったし。……普通は心配するよな。実際、あそこは治安がいいとは言えないし。だから、ずっと隠してたんだ。ごめん、皆」
俺はテーブルに額がつくくらい、頭を下げた。
「……顔を上げて、新くん」
「……ゆかり……」
ゆかりを見ると、申し訳なさそうに俯いて、胸の前で両手を握っていた。
「そんなことがあったのに、私、何も気付いてあげられなくてごめんね」
「いいんだ、ゆかりは何も悪くない。俺が隠してたんだから」
健は頬杖をついて考え込んでいたが、しばらくすると顔を上げて「悪い」と言った。
「そういう所に行っちゃう子たちって、ちゃんと事情があったんだな。ニュースで虐待とか聞いたことはあったけど、そんなの一部の話だって思ってた。正直、不良が行く所だとしか思ってなかったよ」
「……俺が会ってきた子たちは皆、悲しい事情があったよ。虐待に遭った子が多かったけど、中には学校でいじめられたとか、居場所がないとか、本当に色々だった」
腕を組んだ健はしばらく「う~ん」と唸ってから、俺を見た。
「なあ、新。そのボランティアって、俺も参加していいか?」
「健!? 正気か!?」と颯太が目を見開いた。
「ああ。……俺、今クソ恥ずかしいわ。教職目指してるのに、子どもたちのこと全然分かってなかったんだなって。子どもの置かれてる環境とか、事情とか知らなさすぎたわ。そりゃ、金持ちとか貧乏とか差はあるけど、皆、普通に生活してるもんだと思ってたし、虐待とかって何処か遠いところでの出来事だと思ってた」
「健……」
「だから、勉強したいんだ。そのボランティアに参加して、視野を広げたいんだ」
「健くん、怖くないの?」
「まぁ、新と一緒なら大丈夫だろ。な!?」
健が力強い視線で俺に返事を求めた。
俺もそれに応えるように「おう!」と返した。
「健くん、すごいね」
「ははは。ちゃんと勉強して良い先生になってやらぁ。って、酒なくなってんじゃーん」
いつもの陽気な口調の健に戻ったのを合図に、皆の緊張が解けて空気が暖まっていった。
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