第58話 揺れる光


 大学が冬休みに入ったタイミングで、健の呼びかけで同中メンバーの忘年会が催された。

 渋谷駅の改札を出て人の波を抜けると、ハチ公前で三人を見つけた。

「久しぶり!」と声をかけると、三人が少し大人びた表情で俺を迎えてくれた。そのまま四人で道玄坂を上り、ファミレスに入る。席について注文を済ませてから、ドリンクバーへ飲み物を取りに行く。


「KP~!」と健が陽気な掛け声と共にグラスを前に突き出した。俺ら3人も「KP~!」と言って、グラスを軽く鳴らし合った。


 ジンジャエールを2、3口飲んでから、健が「今年ももう終わっちまうな~」としみじみ呟いた。


「な。今年もあっという間だったな」と颯太が同調する。

「一年の間隔が年々、短くなってるよな」と俺が言うと、「な~」と同意する声が返ってきた。


 飲み進めながら自然と話題はお互いの近況報告になった。


「健は体育教師になりたいって言ってたけど、教育実習とかあるの?」と俺が訊くと、右上に視線をやってから健は答えた。


「あ~、俺の大学は3年と4年にある感じ。小学校と中学校で」

「……そっか。でも、なんか今、先生って大変みたいじゃん。ブラックって聞くし」

 

 俺は少し罪悪感を抱きつつも疑問をぶつけてみると、健は真剣な顔付きになった。


「うん。やっぱしんどい部分はあるって聞いてる。でも、学校の先生という立場でしかできない体験とか、やりがいとかあるじゃん。俺はそういうのを仕事にしたいと思うからさ」

「そうか、すごいな健は」


 前向きに力強く語る健から思わず視線を外して、俺は自分の不甲斐なさをコーラと共に飲み込んだ。


「新はどうなんだよ」

「いや~、俺は普通だよ。バイトに明け暮れてる普通の大学生だから。颯太は?」


 俺はボランティアのことは口にしなかった。いや、できなかった。まだ軌道に乗っているとは言い難かったし、なにより、あの高2の事件の後もアネ広に通っていることをこの3人には伝えていなかったからだ。


「僕は簿記3級取ったよ。なんか就職で有利になるって聞いたから」

「すごいじゃん」と俺と健の声が重なった。


「颯太君は何になりたいとかあるの?」とゆかりが尋ねる。


「ん~、まだあんま考えてないんだよね。何となく大学も美夜子先輩と同じがいいなって思って、行けそうな学部に入っただけだし。まあ、普通にどっか企業に就職できればいいかなって感じかな。ゆかりはなんかあるの?」

「ん~私は……」


 ゆかりは俺をチラリと見た後、「まだ考え中かな」と控えめに笑った。



 午後7時を過ぎて、店内の話し声が増えてきた。

 少し声が大きくなった健は、今、片想い中の女子3人の内、一番可愛い子がどうやら自分に気がありそうだと熱弁していた。


(前にも、そう言って、フラれたことなかったっけ?)


 そう思いながらも適当に相槌を打ってハンバーグを食べていると、いつの間にか話題は高校時代に遡っていた。


「しかし、新が事件になった時はマジで心臓止まったわ」と健が遠い目をして言った。


「なー。僕もあの時はキツかった。でも、ホント誤解が解けて良かったよ。ゆかりもあの時はかなり辛そうだったし」


 隣に座っていたゆかりが悲しそうに「うん」と頷いた。


「あの時は、皆、ホントごめん。心配かけて」


 俺が頭を下げると、健が「良いって。もう昔の話なんだし」と笑った。

 颯太が「そうだよ」と言って、言葉を続ける。


「女の子を助けるためとはいえ、勇気あるよな、新は。僕には無理だわ」

「俺も無理。てか、マジで新宿のアネ広とか怖いわ。大学の友達に、歌舞伎町でホストとか黒服やってる人いるけどさ、話聞くとやっぱ怖えなってなるよ。俺には無理だって思ったわ」

「あー、僕もたまに聞くよ。ホストやってる人」

「……まあ、実はさ、俺、モテたくて、ちょっと考えたことあんだよ。ホストいいな~って」


 少し照れたように笑って、健が頬杖をついた。


「絶対かっこよくなれるし話術も磨かれんじゃん。実際、その友達もかっこよかったし。でも、やっぱ新の事件のことがな~。ホストっていうか、新宿のアネ広とか歌舞伎町一帯がもう怖いって思っちゃうんだよな~」


「確かにあの辺りはちょっと怖いよね」と、ゆかりが同意した。

「アウトローな感じがするよね。でも新くんはあの時は悩んでたから行っちゃってただけで、あれからもう行ってないんでしょ?」

 

 ゆかりの期待を込めた瞳に思わず「うん」と頷いてしまった。


「でも、ホストに憧れる気持ち、分かるな。僕みたいなオタクでもホストになったら、モテるようになるかな? いや、僕はモテるというより、美夜子先輩が……」


 一人で悶々とし始めた颯太に、チャンスとばかりに質問した。


「そういや先輩とはヨリ、戻せそうなのか?」


 俺はこれで新宿の話題から遠ざけられるはずだと、少し安心する。


「いや~全然だよ。最近は美夜子先輩と、そもそも会えてないんだよな~。まあ、医学部で忙しそうだし、仕方ないよな」

「そっか」

「美夜子先輩って、あの変な眼鏡の人だよな?」

「健! 変ってなんだ! 美夜子先輩は美しいんだぞ!」

「なあ、その人の眼鏡かけてない写真ないの?」

「あるぞ。しばし待て」


 キリッとした目つきで颯太は先輩の写真をスマホに表示した。


「うっそ! こんな可愛いの!? やべえな。コンタクトにすりゃいいのに」

「いや、僕的に美夜子先輩の素顔は限られた人間のみが知ってる方がいい」

「そ、そうか。まあ、特別感あるもんな」


 颯太の熱い思いに健が少し引きながら、そう答えた。

 颯太がスマホを見つめて、恋する乙女のように「はあ」と溜め息をつく。


「まだ、新しい彼氏とかできてないみたいだから、今のうちに早くヨリ戻したいんだよ。なんかちょっと前に、金髪で長髪のどえらいイケメンに会ったって聞いて焦ったし」

「――――っ!!?? ごっほ!!!」


 俺は予想外の言葉を聞いて激しくむせ込んだ。


「新!? 大丈夫か!?」


 三人の見開いた目に恥ずかしくなる。2、3回、咳をして颯太を見る。


「ごめん。変なとこ入った。それで、そのイケメンのこと、何か言ってた?」

「え? ああ、チャラいからナシや~って言ってて、ホッとしたけどさ。でも、してらんないなって思ったよ」


「そ、そっか」と言いながら、俺は胸を撫で下ろした。

 雄馬の事から俺がまだアネ広と繋がっていることがバレたらまずい。いつかは話さなくちゃいけないと思いつつも、今はまだ時期じゃないと、コーラの水面に揺れる光を眺めた。




◇◇◇◇◇


【親愛なる読者の皆様】


 いつもお読みいただき、ありがとうございます!!

 話数調整のため、明日と明後日2話投稿します。


【現時点での投稿予定】


明日

 1回目(59話):12~13時ごろ(2500字くらい)

 2回目(60話):21~22時ごろ(2000字くらい)


明後日


 1回目(61話):12~13時ごろ(2000字くらい)

 2回目(62話):21~22時ごろ(2000字くらい)


 その後は1日1話2000~4500字くらい。

 1月31日だけ、「66話(最終話)4000字くらい」+「あとがき(1000字前後)」になります。


 何卒よろしくお願いします(^^)

 

 


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