大学1年 ー揺れる光ー

第56話 光


 大学に入って初めての夏期休暇に入った。俺は少し前に始めた居酒屋でのバイトに明け暮れていた。生活費を夏休みのうちに稼いでおきたかったのだ。


 学生の本分は勉強だが、実際先立つものがないことには何も始まらない。両親には学費を出してもらっているので、せめて生活費くらいは自分で何とかしたかった。


「俺が大学入ってやりたかったことって何だっけ?」


「貧すれば鈍する」という言葉が頭に浮かぶ。まさに、今の状態だ。目先の生活のことばかりが頭に浮かび、大学に入った当初の熱意も目的も霞んできていた。


 今日は久々にバイトが休みの日なので、近くのスーパーに買い物に出かけた。安い食材を大量に買った後、帰路につく。

 家の玄関を開けると、「コラァアアア!!!」という怒鳴り声が聞こえてきた。続いて、雄馬とカンキ君が騒ぐ声が聞こえる。


(うわ、またやってる……)


 カンキ君の部屋を見ると、畳に座って死んだ目をして、ぐったりしている雄馬とカンキ君、そして、二人の前で顔を真っ赤にして仁王立ちしている美夜子先輩がいた。


 不動産屋での一件の後、俺は最終学歴が中卒の二人に高卒認定を勧めていた。漢字が読めなかったり色々知識がないままだと、将来不利益を被るかもしれないことを熱く語ったが、二人ともピンと来ていないようだった。当然、勉強なんてしないままだった。

 

 だが、式美先生と再会した数日後に、それを聞いた先輩が激怒して、二人にかつという名のビンタを食らわせた。

 今では定期的に二人に勉強を教えに来てくれている。先輩も自身の勉強が忙しくて大変そうだが、それでも二人の未来を心配して時間をいてくれているのだ。

 

 二人の目標は高卒認定の取得だ。俺も彼らの勉強を見てあげていたが、やはり先輩という鬼教官が来たときの二人の頑張りようは凄かった。


「帰ったよー」と三人に声を掛ける。「あ、新!」と言って先輩が俺に近づいて、雄馬とカンキ君を指差した。二人は体勢を変えず、虚ろな瞳だけを動かして俺を見た。


「こいつら、全然マジメに勉強しぃひん! アンタからも叱ってやって!」

「ええ……」


 二人の疲れ切った目を見ると同情心が湧いたが、心を鬼にして語りかけた。


「ダメだよ、勉強しないと。選択肢が広がらないよ?」


 雄馬が「はぁ!?」と言って、訴えるように両手を広げた。


「いやいやいや勉強してるって! もう4時間も! ミヤセンの時間感覚がおかしいんだって! ああー。もう限界。目が痛ぇ、全てが痛ぇ。ギターやりてぇ」

「俺はスマホ休憩がほしいわ」

「アホ!! まだ全然進んでないやろ! 勉強に集中せぇ! 高卒認定取ったら、大学とか専門学校とか、色んな道が開けんねんで!」

「ミヤセン、熱すぎる」

「アホ!! あ、お兄ちゃん、寝んなや!」


 雄馬とカンキ君はそのまま畳の上に寝転んでしまった。俺は見るに見兼ねて注意することにした。


「二人とも、ちょっと休憩したら、ちゃんと勉強再開しなよ? そりゃ勉強は辛いかもだけど、今頑張っておいた方が後々楽になるから。年取ったら余計に勉強が辛くなるんだから。それに俺調べたけど、高卒認定を取れば、大学や専門学校を受験できるし、就職だって今よりはしやすくなるんだよ。だから、自分の周りの環境を変えられるんだ。人生のやり直しが出来るんだ」


 そう言いながら、俺は、自分の心に遠くから細い光が差し込んでくるのを感じた。

 あ、これだ、と気付いた。





◇◇◇◇◇


【親愛なる読者の皆様】


 スミマセン!

 話数調整のため、今日、もう一話(約3000字)あげます。11時過ぎるかもしれません。

 なるたけ早くします。


 65完結+あとがき1話で、1月31日完結予定です。

 あと、もう少し、宜しくお願いします!



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