第48話 颯太フラれる


 ゴールデンウィークに颯太から連絡をもらい、会うことになった。先日、先輩に振られたので急遽、慰めてほしいとのことだった。会うと、颯太は見るからにゲッソリとしており、悲愴感を漂わせていた。


「うぅ~、美夜子先輩ぃ……」


 涙声で呟くと、颯太は鼻をすすった。


「ま、まぁさ、良くもったじゃん。2年ちょっと、付き合ったんだっけ?」

「うん。そうなんだけど、キス出来なかったんだよ」

「え!? 結局できなかったの?」


 以前から颯太は、先輩が手を繋ぐ以上の事をしてくれないと嘆いていた。理由は「高校生に手を出せるかいな」ということだった。だから、颯太が大学生になったら少し進展があるだろうと思っていたばかりに意外だった。


「大学生になって初めてのデートでさ、キスしようとしたら、『何かちゃうわ』って言われて止められて。翌日振られた」

「マ、マジか。……ドンマイ……」

「ホンマなんなん……」


 大阪弁が出る颯太を見て、この失恋は立ち直るまでに相当時間がかかるなと予想した。俺は励ましの言葉がこれ以上思いつかず、彼にポケットティッシュを渡すことしか出来なかった。


「僕、美夜子先輩がいるから今の大学入ったのに……」

「まぁ、他の人を探そうよ。垂れ目で涙ボクロの女の子なんて、大学にたくさんいるじゃん」

「うーん。でも、まだ復縁のチャンスがあるかもしれないし」

「そ、そうか……」


 ずっとめそめそしている颯太に俺は困ってしまった。

 こういうとき、どういう対応をするのが正しいのだろうと考えて、一先ず、話題を逸らすのが一番だと考えた。そうして俺は頭の中の引き出しを開けまくっていると、ちょうど良い感じに話を変えられそうなトピックが飛び出してきた。

 これでも話してみて、上手い具合に先輩から話を遠ざけていこうと思った。


「そういや、あの人なんで医学部なんて入ったんだろうな? 人体を解剖しまくりたいから?」

「お前、美夜子先輩を何だと思ってんだよ……」

「だって、あの人色々ぶっ飛んでるじゃん。その点、健はしっかりして……」

「……あのな、新、美夜子先輩には崇高な目的が……。って、あ……。僕、新に言ってなかったんだった」


 颯太の眼差しが急に真剣味を帯びた。彼の緊張が伝わってきて、俺まで背筋が伸びる。


「え? 何が?」

「……ちょっと先輩の過去に関することなんだけどさ、結構ショック受けるから、今まで黙ってたんだよね。新はずっと何か悩んでそうだったし、事件もあったし、知らない方が良いかなって。まあ、今の新なら大丈夫だろ」

「え? 何。怖いんだけど」

「あのさ……」


 颯太は重い口を開いて、先輩の過去を語り出した。




「……嘘だろ……」と俺は口元を押さえた。

「ああ、壮絶だよな」


 俺は想定外の事に腰が抜けそうになった。美夜子先輩のお兄さん、大阪、先輩が1歳の時に自殺……これって、まさか……。


「……いや、そんなことありえるのか?」と呟いて、目眩のする頭を右手で支える。


「ああ。これが美夜子先輩の過去だ。辛いけど、でも美夜子先輩の志は素晴らしいだろ。悩める子どもたちを救うために精神科医になるなんてさ」

「あ……ああ。そうだな、うん……」

「ん? 新、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


 颯太が不安そうに俺の顔を覗き込んだ。その瞳には後悔の色が浮かんでいた。


「やっぱり僕、言わなきゃ良かった?」

「えと……、いや」


 気まずい顔で黙り込んだ颯太に俺は訊ねた。


「あのさ、先輩にお兄さんの事、聞いたら怒られるかな?」

「え? いや……それは多分大丈夫だと思うけど。もう吹っ切れてるみたいだし。でも、そんなこと聞いてどうするんだ?」

「あ、いや、ちょっと思っただけ」

「ふーん」と怪訝な顔をする颯太を前に、俺は今後のことを思案していた。



***


 俺は帰宅後、カンキ君の部屋に直行した。

 ズッと引き戸を勢いよく開ける。


「ぬお!!?? シ、シンタロー!!?? なんや、ビックリするやろ!!」


 畳に寝っ転がってルーカスチョコを食べていたカンキ君が、慌てて上体を起こして瞠目した。


「カ、カ、カンキ君!!」

「おおおお?? な、なんやぁ!!??」

 

 俺の勢いにカンキ君まで声を震わせた。


「い、妹、妹さん!!」

「は、はあ?? い、妹ぉ!? なんやそんな……。はぁ。こないだ言うたやろ。思い出させんなや。酒が不味くなる」


 カンキ君は不機嫌な顔で、手に持った2粒のチョコを乱暴に頬張った。

 俺は呼吸を整えてから、意を決して尋ねる。


「名前、もしかして美夜子って言う?」


 カンキ君の動きが止まり、持っていたチョコの箱が手から落ちた。6粒のチョコが畳の上に散らばり、四方に転がっていく。カンキ君が目を大きく見開いて、ゆっくりと俺と視線を合わせる。甘い匂いが漂う中、時が止まったように俺らはしばらく見つめ合っていた。







◇◇◇◇◇


【親愛なる読者の皆様】


 あー午後11時過ぎてごめんなさい!

 もうホントにスミマセン!!

 罵ってくれて構いません!!

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