第46話 家庭の味

 

 俺が大学から帰って玄関扉を開けると、スパイシーな香辛料の香りが鼻腔をくすぐった。思わず顔がにやける。靴を素早く脱いで、足早にキッチンに入ると、雄馬が小皿でカレーを味見しているところだった。


「うん、旨い!」と呟いた後、俺に気付いた彼が振り向いた。

 

「あ、シン、お帰り」

「ただいま。カレー作ってくれたんだ!」

「ああ、久々に食いたくなってな」

「やった。じゃあ、ちょっと荷物置いてくるわ」

「おう」


 俺は階段を上がって自室に荷物を置くと、すぐにキッチンに戻って、夕食の準備を手伝った。カンキ君は自室の部屋に折りたたみテーブルを設置すると、すぐに座ってテレビをつけた。今ではすっかり、カンキ君の部屋がリビング代わりになってしまったが、カンキ君はそれを迷惑がらず、むしろ嬉しそうにしていた。


 カレーライスとサラダ、飲み物を並べ、三人で「いただきます」をしてから食べ始める。今日、雄馬が作ってくれたのはチキンカレーだ。濃厚な味わい、鶏肉の弾力と旨み、さらに程よいスパイシーさもあり、鼻に抜ける香りは爽やかでとても美味しかった。


 今日みたいに夜に三人とも家にいるときは、雄馬がカレーを作ってくれることがあった。俺とカンキ君は雄馬のカレーをひそかに楽しみにしていた。


「どう? 今日のカレー」

「めっちゃ旨い」と言うと、雄馬は満面の笑みを浮かべた。

 

 カンキ君は何も言わずにガツガツと食べていた。 


「今日のカレーもスパイスから作ったの?」と俺が質問すると、雄馬は楽しそうに話し始めた。

「そう! もうスパイスから作るの、大分慣れたわ。最初はちょっと難しかったんだけど、慣れると案外簡単でさ。まず、ターメリックとクミンとコリアンダーを用意するだろ、それで今回はちょっと辛くしたくて少しレッドチリを入れてみたんだ。あとは、ガラムマサラも加えたことで香りが良くなって……」

 

 雄馬がオタクばりに早口で話しているので、カンキ君がうんざりしたような顔をした。


「そんなん、食えりゃ何でもええねん」

「なんだよ~」と雄馬はふくれっ面をした。


「はは。雄馬は凄いね。そんなこだわれるなんて。やっぱカレーって……」


 家庭の味だもんな、と言いかけて、俺は慌てて口をつぐむ。


「ん? カレーってなんだよ」

「……雄馬好きだったもんな! カップラーメンもカレー味が好きだったし」

「あ、そうそう。お前に初めて奢って貰ったのもカレーラーメンだったよな」

「な! そういや最近食べてなくね?」

「あ~。カップラーメンはちょっと控えてんの。肌荒れとか気になるし」

「おまっ! 男が肌荒れなんか気にすんなや~」とカンキ君が冷やかした。

「ちょ、かんちゃん。今は男も見た目を気にする時代だぜ?」

「は~ホンマめんどいわ」

「ほら、テレビに出てるアイドルだって、メイクしてるじゃん!」と、雄馬はテレビの中の男性アイドルを指差した。


「あぁん? いや、男で化粧はアカンやろ~」


 カンキ君は腕を組んで、整えてない眉を吊り上げた。


「かんちゃん。もうその価値観、古いから」

「アカン。俺はどないな時代やろうと、そのまんまの俺で勝負すんねや」

「いや、そうは言っても、ちゃんとケアしとかないと年取ったときヤバいぞ」

「あん? そないなこと気にするとか、キミは女々しいやっちゃな」

「な! 人がせっかく心配してやってんのに。言っとくけどかんちゃん、今も肌、大分キてるからな」

「あん? んなわけあるかいな。まだ18やぞ」


 二人の口論が始まったが、俺はそれを傍観しながらチキンカレーを口に運んだ。ただのBGMとなったテレビも、目の前の二人のけんかも、外から聞こえて来る猫の鳴き声も、カレーの芳醇な香りも、全てが愛おしく思えた。


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