第45話 ルームシェアでの新生活

 4月中旬、不動産屋で賃貸借契約を無事結んで、木造3Kの一軒家に入居できた。引っ越しは荷物が少ない雄馬とカンキ君がスーツケース1つで入居できたのに対し、俺は大学の教科書や衣服、生活用品などで段ボールを何箱も使った。

 そのため、引っ越し当日は、のだっち君を召喚して引っ越し作業を手伝ってもらった。そして、その夜には引っ越し蕎麦を茹でて皆で食べた。リビング・ダイニングがないため、1階のカンキ君の部屋に、俺が家から持ってきた折りたたみテーブルを置き、それを4人で囲んで畳の上に座った。カンキ君の部屋はこの家で唯一の和室で、い草の良い香りが立ち込めていた。


 皆でテレビを見ながら蕎麦を食べているとき、雄馬が一人、やけに浮かれていて楽しそうにしていた。まるで、初めての体験にはしゃいでいる子どものようだった。


 のだっち君が帰って、順番に風呂に入った。最後に風呂に入った俺が、シャワーを止めて浴室から出ると、雄馬の「マジかーーーー!」という声が聞こえてきた。


 カンキ君の部屋に行くと、スウェット姿の雄馬がしゃがんで頭を抱えていた。

 

「ど、どした? 雄馬?」

「オレ、布団持ってねーわ」と、雄馬が俺を見た。セットしてない、ストレートヘアの雄馬は初めて見た。彼はそのサラサラした頭を掻きながら、溜め息をついた。


「えっと、じゃあ俺の布団で一緒に寝るか? 俺も布団一組しかないから、狭いだろうけど」

「あー……、かんちゃんも布団ないんだわ……」

「マジか……」


 カンキ君を見ると、既に覚悟が決まっているようで、畳の上で大の字になっていた。


「もうええわ、これで寝たるわ」

「かんちゃん、それ、背中痛くない?」

「しゃーないやろ」

「……じゃあ、オレもそうする……」


 その日、二人は畳の上に寝転がって就寝した。翌日、体中が痛いと文句を言いながら二人は起きてきて、スマホでベッドを探し始めた。


***


 入居後、俺は大学の入学式等があって忙しかったため、家具の買い揃えや水道等の契約関係を二人に頼んだ。ただし、契約関係は、任せきりは怖かったので俺が書類に目を通してから雄馬にやるべきことを伝えた。

 家の中では、いつの間にか個性的なロゴのTシャツや、ピンクのハンガーが目につくようになり、雄馬に聞くと、のだっち君やジュリ姉さんからのもらい物だという。


 ようやく生活が落ち着いて来た頃には、もう4月も終わりが見えていた。最初は年季の入った木造の家の外観や、小さめの洗面台、タイル張りの風呂などに戸惑うこともあったが、慣れれば住み心地がよく快適だった。それに東京で家賃が1人当たり5万、しかもルームシェアを許可してくれる大家さんだ、これ以上贅沢は言える立場じゃないと思った。

 ここら辺の感覚は俺がまだ自宅の環境しか知らないから持ちうる我が儘のようで、雄馬もカンキ君も家の外観や古めの設備に対し、全く気にしていないようだった。


 さらに雄馬はギターをやることに許可を出してくれた大家さんに感激しているようだった。もちろん防音対策はするように言われたが、朝10時から夜20時までなら楽器をして構わないとのことだった。

 雄馬は早速、2階の自室に防音カーテンや防音パネルなどの対策を講じてから安いエレキギターを買ってきた。それからほぼ毎日、ヘッドホンをして自室で練習していた。だいたい夕方ごろに弾いている事が多かった。

 廊下を挟んで俺の部屋があるが、防音対策のおかげか、ギターの音はそれほど気にならなかった。それでも大学の課題に集中したい時は、耳栓をしたり、イヤホンで音楽を聴いたりしていた。


***


 あるとき、カンキ君の部屋で3人で夕食を食べていると、雄馬が楽しそうに言った。


「やっぱ一軒家だと、マンションと違って楽器できていいよな」

「そうだよな。大家さんが優しい人で良かった」と俺も同調する。

「ホントそれ。そんで今、かんちゃんにも、ベースかドラムやってって言ってんの」

「えぇ……。それ大家さん的に大丈夫なの?」

「まぁ、防音対策するなら良いって、ユキさんが言ってたから」

「ユキさんて……」

 

 ユキさんは不動産屋の女性担当者の下の名前だ。女性をすぐ下の名前で呼ぶ雄馬に少し呆れながらも、行動力の高さには感心した。


 すると、黙ってコンビニ弁当を食べていたカンキ君が、食べ終わって若干キレながら声を上げた。


「できるかいな! あんなん、難しそうやん」

「え~。ノリ悪」

「まあまあ」と宥めると、カンキ君はふて腐れながら炭酸水をあおった。


 俺はちょっと興味が湧いて彼に質問してみることにした。


「ちなみにカンキ君は、もし、やるとしたらベースとドラム、どっちがいいの?」

「どっちもアカンわ。まぁ強いて言うなら叩く方が好きやな」

「あー、かんちゃんらしいな」と雄馬は俺に目配せした。


 どうやら、俺に説得を期待しているらしい。

 俺は少し迷ってから、カンキ君の目を見た。


「俺、ドラマーって格好いいなって思うんだよ。あのスティックをクルクルってする時とかさ。俺、ドラムのカバー動画好きで、よく見るんだけどさ、やっぱドラムが見てて一番楽しいなって思うよ」

「え、そうなんか?」

「うん。なんか、スティックを空中で回したりとか、激しいパフォーマンスして格好いいのってドラムなんだよな」


「だよな! どう、かんちゃん。やる気になった?」と雄馬は身を乗り出した。

「で、でも難しそうやん」


 もう一押し! と言わんばかりに、雄馬は顎先をクイッとして俺に合図を送る。


「ええ~……。あ、ドラマーはモテる!」

「ウソ? マジで?」


 途端にカンキ君が凛々しい表情になった。


「てか、ドラマーに限らず、バンドやってりゃモテるよな」と、雄馬がテーブルに頬杖をつきながら言った。

「キミ、お前……そういうことは一番最初に言えや~」

「ごめんごめん。あんまモテようと意識したことないから忘れてたわ」

「おまっ! ホンマ腹立つこいつー!」


 カンキ君が怒った表情で雄馬を指差しながら、同意を求める眼差しを俺に向けた。


「あはは。でも、カンキ君がドラムやったら絶対かっこいいよ」

「マジで? ホンマにそう思う?」

「うん、筋肉質だから、パワフルなドラマーになりそう」

「……そないに言うなら、しゃあないな。ははは」


 頬をかきながら、カンキ君は満更でもない顔をしていた。


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