第44話 君影家

 翌日、俺らはお洒落な一軒家の前にいた。表札には君影とある。今立っている場所は表札とインターホン、それに郵便受けが付いている塀があるところで、ここから2メートル先に玄関扉が見える。


「いいか、打ち合わせ通りに頼んだぞ」


 硬い表情の雄馬は小声でそう言って、インターホンを鳴らした。彼の横顔から緊張感が高まっているのが分かった。俺とカンキ君はインターホンのカメラに映らない様にしゃがんでいた。


「はい」


 インターホンから女性の怪訝そうな声がした。声の感じは40~50代、おそらくこの人が雄馬の母親だろう。


「オレ、雄馬だけど」

「……」


 玄関扉がガチャリと音を立てた。俺ら三人は玄関扉の前に移動し、雄馬だけが扉を開けて中に入った。俺は扉を閉め切らず、少しだけ開けるようにして両手で支えた。後は、無事に雄馬がマイナンバーカード取って出てくるのを待つだけだ。もし非常事態になったら、3回ドアにノックがあるはずだから、そうしたら俺とカンキ君が中に入ってお母さんへの説得に加わるという段取りだ。


 何でこんな段取りが必要になるんだ、と俺は心底不思議だった。その考えが甘かったことにすぐに気づくことになる。少し開けた、ドアの隙間から会話が聞こえてきた。


「母さん。ここで良いからさ。すぐに済む用事だから」と雄馬の声が扉の向こう、すぐ側で聞こえた。家に上がらず、玄関のところで用事を済ませるらしい。


「何なの? どうしてもの用事って。早く言ってちょうだい」と、明らかに不機嫌そうな母親の声がした。

「オレのマイナンバーカード、あるでしょ。あれ、必要なんだ。家を借りるのに。渡してほしいんだ」

「っ!! あんた、まさか犯罪に使うつもりじゃないでしょうね!!!」


 いきなり、母親の声がヒステリックに響いた。驚いた俺はビクッと肩が震え、扉を持っていた手から力が抜けそうになった。慌てて扉を掴み直す。


「違うって……。友達とルームシェアとするのに必要なんだ」


 そう答えた雄馬の声は先程より弱々しくなっていた。


「はぁ!? あんたみたいなのがルームシェア!? ふざけないでちょうだい!!」

「……オレ、この家で厄介者なんだろ。出て行くからさ、渡してほしいんだ」

「そう言って、どうせ詐欺とかするんでしょ!? あんたは混じりモンだから何をしでかすか分かったもんじゃないのよ!! 気味が悪いったらないわ!!」

「詐欺なんてしないって。頼むよ……」


 雄馬の頼りなげな声に、こちらまで辛くなってくる。やりとりを隣で聞いていたカンキ君は渋い顔をしながら言った。


「なんや、やっぱ結構揉めとんなぁ」


 冷静なカンキ君に驚きながらも、俺は口の中が苦くて苦くて吐きそうだった。これが、雄馬の育った家庭。子どもを全く信用しないで責め立てる親、子どもを傷つける言葉を平気で吐く親。その言葉の一つ一つの切先が胸に突き刺さって、俺は激痛のあまり顔を歪めた。


「そんなの渡さないって言ってんでしょ!! 出てって!!」


 一際大きな叫び声が聞こえた。直後、ドンッとドアに何かがぶつかる音がする。俺の身体が勝手に動いた。ドアを手前に開く。よろけた雄馬を左腕で支えながら明るく、怒りを混ぜた大声で挨拶をした。


「初めまして!! 君影君のお母さん!!」

「どうも! お母さん!」とカンキ君も続いた。


「な!? 何なの!? 貴方たち!!?」


 突然現れた男二人に、お母さんは目を白黒させている。どんな鬼のような女性かと思いきや、目の前の女性は普通のおばさんという見た目をしていた。


「俺、明慧めいけい大学1年の藍見あいみ新と申します!」

「えっと、同じく砂倉場さくらば神貴かんきと申します」


 サラッと嘘をついたカンキ君をスルーして続ける。


「お母さん。俺たち、どうしても君影君とルームシェアがしたいんです。マイナンバーカード、渡して頂けませんか?」

「め……明慧大学……?」


 お母さんは1回視線を逸らしてから、再び俺と目を合わせた。その瞳には疑惑の色が表れていた。


「藍見さん、って言ったかしら? それ、何か証明できるもの、あるんですか?」

「証明できるもの……。あ、あります!」


 俺は財布の中から学生証を取り出して見せると、雄馬のお母さんはそれを受け取ってじろじろと顔写真と俺を2、3回見比べた。その後、ようやく納得した顔つきになって、学生証を返してくれた。それで満足したのか、カンキ君には学生証を求めてこなかった。

 しかし、眉根を寄せながら、再び俺を訝しげに見た。


「それで、そんな大学に通ってる人が」


 そこで言葉を切ると、雄馬を一瞥して「なんでこんな出来損ないとつるんでいるの?」と言った。


 その視線があまりにも冷たくて、俺は激しい怒りを覚えた。


「お母さん! 君影君は出来損ないなんかじゃないです。俺は何度も君影君に助けられてます。俺の大事な友達なんです!」

「……藍見さんと、……砂倉場さんって言ったかしら? 貴方たち、この子を騙そうとしてるんじゃないでしょうね」


 お母さんの目尻が意地悪そうに吊り上がった。嫌な顔だ、汗が頬を伝う。


(怯むな、俺……!!)


「そんなことしませんよ!! もし、ルームシェアして何かあったら明慧大学に電話してもらっていいです! 俺が責任取りますんで!!」

「……」


 お母さんは尚も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。厄介者がいなくなるというのだから、もう少し前向きに考えてくれてもいいのにと考えて、はたと恐ろしい思考に感付く。


(もしかして、雄馬サンドバッグがいなくなったら困るのか……?)


 あまりのおぞましさに俺は言葉を続けられずにいると、カンキ君がゆっくりと威圧感のある声で話し始めた。


「キミのお母さん。今こそ厄介払いできるチャンスですよ? お母さん、ずっと混じりモンってキミの事、言ってたみたいじゃないですか。やっと、厄介者が出てくんですよ? チャンスじゃないですか。この機会を逃したら、未来永劫ずぅーーーーーっとこの家に住所があり続けるんですよ? そんなの嫌でしょ? 嫌ですよね? だって、ずっと嫌ってたんですもんね? 厄介者って!!」


 カンキ君の太くて低い声がきいたのか、雄馬のお母さんは慌てたような表情をした。それから俺らを睨みつけながらも渋々、マイナンバーカードを出してくれた。


 小声で「ありがとうございます」と言って、雄馬は頭を下げた。

「もう関わらないでよ」

「はい」

「あと、藍見さんと砂倉場さん。くれぐれもニュースになるようなことはないように。監視、お願いしますよ」


 そう言い放ったお母さんの顔は醜く歪んでいた。


「はい」と、二人で答える。


 外に出て玄関ドアを閉めた時、俺とカンキ君は思わず深呼吸をした。外の空気は何て美味しいんだろうと救われる気がした。


 落陽が街を寂しく包む中、三人で無言を連れて駅まで歩く。俺は俯いている雄馬を励ますどころか、顔すら見られずにいた。


 突然、なぁ、とカンキ君が呟いた。


「未来永劫って、使い方、あってたよな?」


 雄馬が吹き出した。カンキ君の場違いな質問に一気に空気が緩んだ。


「な!? かんちゃん、今話すことがそれかよ!!」

「だってよぉ、適当に思いつきで言うたからよぉ」


 笑いながら話す二人を見て俺は心の底から、こいつらって良いなと思った。見上げると先程まで悲しげだった空の彼方に夕月が浮かんでいた。





◇◇◇◇◇


【親愛なる読者の皆様】

 また更新が遅れて申し訳ありません。

 申し開きのしようもございません。

 

 もう、色々忙しくて追いつかなくなってきました。

 今後は遅れても午後11時までには更新するようにしますので、それまではお許し頂けると幸いです(泣)

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