第43話 不動産屋

 ルームシェアを3人ですることが決まってから毎日が忙しかった。まず新宿のサイデリアで雄馬とカンキ君と会って希望の物件の条件について話し合った。そこで条件のすり合わせができた為、不動産屋の予約を取り、後日新宿駅の近くにある不動産屋に3人で向かった。


 最初に雄馬が提示した物件以外にも何件か内覧し、その都度、3人で意見を出し合った。結局、雄馬が推していた物件に決めたものの、いざ契約という場面になってから、そこは貸主に断られてしまった。俺たちの担当者の女性に聞いたところ、男3人のルームシェアに難色を示されたようだ。

 それでもめげずに不動産屋に通い、何とか1つの物件を賃貸借契約にまで漕ぎ着けることに成功した。そこは杉並区にある物件で、駅から徒歩約15分の一戸建てだった。担当者の話では、貸主の方はご高齢で、若者が借りてくれることを喜んでいるとのことだった。家賃の保証人は俺とカンキ君は親に頼み、雄馬は賃貸保証会社をつけることにした。



 不動産屋で賃貸借契約書を机に広げた後、担当者の方宛に電話が入ったので彼女は「すみません」と言って席を外した。隣で契約書を眺めていた雄馬が「うーん」と唸った。


「シン、これ何て読むの?」と、ある文字を指差した。

「え? 賃借人ちんしゃくにんだよ」

「へえ~」と不思議そうな顔をした雄馬を見て、俺は内心驚いた。


 他にも雄馬とカンキ君は読めない漢字が幾つもあり、当然意味もよく分かっていなかった。そもそもカンキ君は読めないから「シンタロー、読んで」と丸投げし、理解を放棄していた。確かに2人は中学にあまり行っていなかったから仕方ないのだろうけど、俺がいなかったらどうなるんだろうと不安が胸中に広がった。


「あのさ、ちなみにだけど、バイトしてるなら雇用契約書とかあるでしょ? 2人はちゃんと読んでるの?」

「え? 読んでねーよ、分かんねーもん」

「そないなもん、いつ給料が入るか分かりゃええやろ」


 俺は絶句した。今まで話していても、多少言葉を知らないなと思うことはあったが、それほど気にしていなかった。日常において、コミュニケーションに特段の支障はなかったのだ。しかし、18歳になって成人した俺らは大人の世界に来てしまっている。大人の世界は契約だらけだ。人生に定期的に訪れる不動産の契約も、雇用契約も、売買契約も、その他の契約も、彼らはその内容を理解できないままだったら、どんな不利益を被ることになるのだろうか。ここでちゃんと一人で生きていく力が身につかなかったら、今度は社会で酷い目に遭わないだろうか。呑気な顔をしている2人を見て、俺は背筋が寒くなった。


 担当者が席に戻ってきて賃貸借契約の説明がされ、いよいよ契約締結という段になって問題が発生した。


「オレ、マイナンバーカード、家に置きっぱなしだわ……」と雄馬が蒼褪あおざめている。

「ええ!? 身分確認で使うのに?」と俺が訊くと、担当者の方も「運転免許証とかパスポートとか、他に何かありませんか?」と雄馬の顔を見た。


「……ないです」

「えええ。どうしよう」と慌てる俺を宥めるようにカンキ君は言った。


「どーするもこーするも、家に取りに帰るしかないやろ」


 その言葉に雄馬が苦い顔をして俯いた。


「オレの馬鹿……家出る時に無理矢理にでも取ってこいよ……」


 そう呟いた彼の背中がやけに小さく見えた。こんな弱気な雄馬を見るのは初めてだ。その様子から、マイナンバーカードを忘れただけじゃない、何かただならぬ事情を感じた。


 カンキ君が励ましているのに、俺はかける言葉が見当たらなかった。

 担当者も項垂れる雄馬を見て、おろおろしている。


 雄馬は意を決した様に頭を上げると、俺たち2人を見て、沈痛な面持ちで口を開いた。


「お前ら……。恥を忍んで頼みがある」




◇◇◇◇◇


【親愛なる読者の皆様】


 ほんとにすみません。

 また、更新遅れました。

 ごめんなさい。

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