高校3年 ー希望ー

第39話 希望


 時が流れて、この春、俺は高校3年生になった。

 ピロン、とレインの着信音が鳴り通知をタップすると、制服姿のエレナちゃんが友達と写っている写真が表示された。ほがらかに笑う黒髪のエレナちゃんは別人の様に見えた。


「無事進級できた♪ 今年は高校受験頑張る! 新も大学受験頑張って!」


 メッセージにはそう書いてあった。エレナちゃんが無事に中学生活を送れていることが心の底から喜ばしかった。



 エレナちゃんは、去年のあの事件の後、数ヶ月の入院を要した。入院中も裁判の関係で警察の方と色々やりとりをしているみたいだったが、詳しいことは教えてくれなかった。

 また、入院中、児童相談所の職員も来て今後の話をしているようだった。エレナちゃんが家出少女だったことや、中学2年生に当たる14歳という年齢なのに学校に行っていないことから、支援の必要があると判断されたのだ。また、状況次第では、家に帰される可能性もあると言われたそうだ。


 俺と雄馬はその事をエレナちゃんからレインで知らされた。レインには「役所の人に家に帰されそうだから助けて」と書いてあり、かなり怯えた様子だった。また、文面から役所等の行政機関、というより、大人全般に対して強い警戒心と不信感を持っていることが窺えた。


 俺と雄馬は、二人でエレナちゃんがお世話になっているという東京都走野はしりの児童相談所へ向かった。あいにく担当者がいなかったので、代わりの職員の方が窓口で対応してくれた。俺らは、その眼鏡を掛けた女性の職員に、エレナちゃんが母親の彼氏から乱暴されそうになって家を飛び出した事と、そのような事情から家にそのまま帰さないでほしい事、もし、家に帰したらまたアネ広に来てしまう可能性が高いこと等を伝えた。エレナちゃんから話を聞いただけだし、証拠等は何もなかったが、とにかく力説した。職員の方は得体の知れない男二人に優しく接してくれて、俺らの話に熱心に耳を傾けてくれた。


 後日、俺らの熱意が伝わったのか、秋頃に退院したエレナちゃんは家に帰らず、保護施設に行くことになった。その2ヶ月後、児童養護施設へ入所したエレナちゃんは、そこから中学校へ通うようになった。そしてこの春、進級し中学3年生になったのだ。


「よかった、エレナちゃん……」

 俺は温かい気持ちになって、エレナちゃんへ「おめでとう! お互い頑張ろう」と返信をした。


 ルイはあの事件の後、殺人未遂で起訴されたものの、12歳に両親が亡くなり親戚をたらい回しにされながら虐められるという壮絶な生い立ちと、それ故にエレナちゃんに執着してしまったという事情、更に十分に反省しており示談金200万を支払ったこと、謝罪の手紙をエレナちゃんに送ったこと、エレナちゃんも寛大な処分を求めるとの嘆願書を提出していること等を理由に、執行猶予付き判決が下された。その後、ルイをアネ広で見た者はいない。



***



 高校では、俺は颯太と一緒に2組になり、ゆかりは1組、健は5組だった。嫌でも大学受験を意識し始めるようになり、颯太と一緒に赤本を広げては頭を悩ませていた。  学校では定期的に大学受験用の模試が実施され、その度に結果に落ち込んだ。


 部活動では、新入部員が入らなかった去年の反省を活かし、今年はチラシを配る等の勧誘活動に力を入れた。そのおかげで、2人新入部員が入ってくれた。これで何とか廃部にならずに済むと胸を撫で下ろした。新入部員はどちらも男子学生で、ライトノベルが好きだという。颯太と気が合ったようで、よく新作のラノベの話で盛り上がっていた。

 健は東京体育大学のスポーツ推薦を狙っているらしく、サッカー部の活動に明け暮れていた。

 この頃には穏やかで平和な高校生活が、すっかり俺の日常になっていた。


***


 高校3年になってからは、アネ広には月に1回くらいの頻度で行っていた。その時は雄馬や、のだっち君と雑談しながら食事をした。また、二人ともバイトで忙しいためアネ広にいる時間は少なくなったという。お金を貯めて、やりたいことがあるそうだ。


 サイデリアで食事した後、ネオンが灯り始めた街中を駅に向かって雄馬と歩く。

 その時、雄馬がふと陰鬱な曇天を見上げて思い出したように言った。


「あの日もこんな気味の悪い空をしてたな」

「あの日って、事件の日?」

「そう」


 赤信号を前に立ち止まった雄馬が、物憂げな瞳で言葉を続ける。


「オレさ、あの事件の前までいつ死んでもいいやって思ってたんだよ。こんな人生だしさ。でも……あの時、シンが死ぬかもしれないって思って、初めて人の死ってのを身近に感じて、どうしようもなく悔しくなった。神様はまたオレから奪うのかよ、ふざけんなよ! って」

「雄馬……」

「……死ぬのって悲しいことなんだって、あのとき初めて知った。……お前が死んじまったら、もう二度とお前に会えないし、話すこともできない。二度とお前のいる世界で生きられないって……そんなの、受け入れられるかよって思った。目の前が真っ暗になった。……だから、お前が生きてるって分かった時、この世界の綺麗さが初めて分かったんだ」

「……」

「それから、オレの中で何かが変わってさ。今の人生をマジメに生きてもいいんじゃねぇかって気になって。夢ってか目標ってか、そういうのを持ちたいって思えるようになったんだ」


 気恥ずかしそうに目を伏せて雄馬は笑った。


「……そっか。雄馬もそういうのが見つかったんだな。お前、格好いいよ」

「ハハ。カッコイイのはお前だろ」


 青信号で歩き出した雄馬の瞳からは、かつてあった自棄の色が消え希望の火が灯っていた。






◇◇◇◇◇


【親愛なる読者の皆様】

 いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 多くの方に応援されて、俺は感激のあまり服がはじけ飛びました。

(え? 誰得?) 

 

 さて『シンの物語』ですが、

 41話で第一部は完! です。


 続いて、第2部 「大学生編」がスタートします。

 こちらは1月下旬に完結予定です。

 そして、第2部をもちまして『シンの物語』は完結します。


 近況ノートにも書きましたが、個人的には第2部の方が好きです。

 という事で、引き続き応援頂けると幸いです。


 



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