第36話 再会

 8月上旬、新宿。陽が高く昇り、コンクリートジャングルに強い日差しが降り注ぐ。初めて雄馬と新宿ここで会ったときの事を思い出しながら歩を進める。


「雄馬!」


 ハルタ前で雄馬を見つけ、俺が駆け寄ると、スマホを見ていた雄馬が顔を上げた。太陽光を受けて輝く金髪に全身黒コーディネートという去年と全く同じ絵面に笑ってしまいそうになる。

 ただ違うのは、目つきが去年より穏やかになったところだ。


「よぉ、シン。久しぶりだな」

「ああ、2ヶ月ぶりくらい?」

「だな!」


 俺はあの事件の翌日以来、初めて雄馬と会った。父さんにはもう新宿やアネ広に行ってはいけないと止められたけど、雄馬が替生者であることを話し、大切な友達であることを力説すると渋々了承してくれた。但し、条件として行くのは月に1、2回程度に留めることと、20時の門限を守ることを約束させられた。また、ドラッグやタバコ、酒は勧められても絶対に断るようにと強く念押しされた。

 

 雄馬はそんなやつじゃないと伝えたが、父さんは「念のためだ」と厳しい表情をしていた。

 しかし、今日家を出る時、父さんは「皆さんにお礼してきなさい」と万札をくれた。母さんは「君影さんたちによろしく伝えてね」と言い、かおりはリビングから顔だけ出して「もう事件起こすなよ!」と舌を出していた。


「あれ? 雄馬、他の皆は?」

「ああ、もうあいつらサイデリア行って駄弁だべってるよ。オレらも早く行こうぜ」

「うん」


 二人でサイデリアに向かって歩く。今日は、あの事件のことで皆に一言お礼がしたくて雄馬に場を設けてもらった。雄馬の話では、既にサイデリアにのだっち君とその友達のシズさん、ジュリ姉さん、あと何故かカンキ君もいるという。シズさんはエレナちゃんが刺された時、動画を撮って警察に事情を説明してくれた恩人だ。


「あのさ、カンキ君はなんでいるの? エレナちゃんの事件に絡んでないのに」

 

 俺が小声で雄馬に訊ねた。


「あー、何かシンに話したいことがあるらしいぜ」

「え、何だろ? なんか怖いんだけど」

「大丈夫だって。どうせ大したことじゃねーよ」


 そう言って雄馬は笑った。


 サイデリアに着くと、こちらに向かって手を振る青髪の人がいた。ジュリ姉さんだ。

 二人掛けの席が3つ、くっつけられて6人掛けの席ができていた。そこに先に来ていた4人が座って、ドリンクを飲んでいた。

 奥側のソファー席に向かって左からシズさん、のだっち君、ジュリ姉さんが座っている。手前側の椅子の席の左にカンキ君が座っており、その隣に俺、雄馬の順で腰を下ろした。


 初対面のシズさんは色白の儚げな美少女といった風貌だった。華奢な体つきをしており、五分丈の黒いオーバーサイズのTシャツを着ている。Tシャツの胸の辺りには特徴的なロゴが入っていた。


(あれ? あのTシャツ、前、のだっち君が着てたような……)


 彼女を見ると、薄いブルーの瞳と目があった。


「あ、シズさん、初めまして」と俺が声をかけると、彼女は「はじめましてぇ」と答えた。舌っ足らずなしゃべり方をしている。


「わり、ちと遅くなった」と雄馬が4人に声をかける。

「ん~、じゃあお詫びにキスしてもらおっかな?」とジュリ姉さんがウィンクした。

「キモ」

「ちょっと~冗談じゃーん」とジュリ姉さんは大笑いしている。


 いつにも増してジュリ姉さんは楽しく暴走気味で、のだっち君でさえ、ちょっとビビっていた。

 とりあえず、俺と雄馬も注文を済ませて、ドリンクを取ってから、6人で乾杯した。


「かんぱーい」


 相変わらず何の乾杯かよく分からなかったが、今回はジュリ姉さんが乾杯の音頭を取った。

 少し雑談をしている間に料理が次々と運ばれてきた。皆は料理を食べ始めたが、俺はまだ口をつけなかった。頃合いを見て、俺は本題に切り込んだ。


「みんな」

「ん?」

 

 全員が食事の手を止めて俺を見た。


「あの事件の時は本当にお世話になりました。本当に助けられました。特にシズさん、関係無い俺のために警察に事情を説明しに行ってくれてありがとう」

「ぁー、ぃや、ぃいですよぉ」


 シズさんはそう言って、長い睫毛を伏せ、目をトロンとさせた。やはり独特な雰囲気を持った人だと感じた。顔立ちは幼いのに赤いアイラインが引かれた目は妖艶で、涙袋も強調されている。銀髪のロングのストレートヘアを時折触る手には黒いネイルがされており、中指には赤い石をはめ込んだ銀色の指輪が光っていた。


「シンさんのことはぁ、前からノダに聞いてたんでぇ、助けなきゃって思ったんですよぉ」

「そ、そうなんだ。ありがとう、シズさん」

「はぁいぃ~」


 シズさんの個性的なキャラに少し面食らっていると、ジュリ姉さんがずいっと俺の前に身を乗り出してきた。

「ねぇねぇ、新ちゃん。ワ・タ・シ・は?」

「あ、ジュリ姉さんには、エレナちゃんの介抱してもらって助かりました」


 俺がそう答えると、ジュリ姉さんは満足げにふふんと鼻を鳴らした。


「もー、ほーんとあの時大変だったんだからぁ。たまたま用事が早く終わったからキミちゃんとアネ広に帰ってきたら、すんごい騒ぎになってたんだもの。ねー、キミちゃん?」

「ああ、そうだな」

「てか、用事って何だったんすか?」と、のだっち君がジト目でジュリ姉さんを見た。

「ん~。デ、ェ、ト!」

「アホか! こいつのくだらねぇ買い物だよ」と雄馬がキレながら答える。

「くだらないって何よぉ~! だってぇ、家の扇風機ちゃんとトースターちゃんが壊れちゃったんだもん。だから、片っぽ、キミちゃんに持って貰おうと思ってぇ」

「ああ、ホントにくだらないっすね」と、のだっち君は呆れ顔だ。

「何よ、二人とも~!」

「しかも、こいつ、散々悩んで買わなかったからな。決めらんない~とか、ほざきやがって」

「もぉ~仕方ないじゃな~い! でも、そのおかげで早く帰ってきて、あの場に間に合ったんだからいいでしょ~?」

「……まぁな」と雄馬は頬杖をついた。


「ほんで? エーちゃんは大丈夫なんか?」


 ずっと俺の隣でポップコーンシュリンプを頬張っていたカンキ君が口を開いた。


「ああ。エレナはあの事件の後、手術して、今はまだ入院中。なんか経過観察中だって」

 

 雄馬がそう答えると、「ほうか」と言ってカンキ君はまたポップコーンシュリンプを食べ始めた。


「てか、なんでかんちゃは、ここにいるんすか~。護衛とか手伝ってほしかったっすよ~」と、のだっち君が不満げに言った。


「ああ、のだっち。かんちゃんはエレナに嫌われてるから、護衛は頼めなかったんだよ」

「おい、キミ~。それ言うなや」

「え、マジすか。じゃあ、仕方ないすね。ごめんす、かんちゃ」

「はぁ~」


 カンキ君は不機嫌そうに溜め息をついた。


「ええ~? なんで嫌われちゃったのぉ?」とジュリ姉さんが追撃する。

「なんでだっけ? 顔をおしぼりで拭いたからだっけ?」

「おい、キミ。ええ加減にせぇや」

「わり、つい」

「あはは、おもしろ~い!」と、ジュリ姉さんは手を叩いて笑った。


 シズさんは、こんなに周りが騒いでるのに、静かにひたすらボンゴレを食べていた。 


 2時間くらい話した後、俺が会計を済ませて店を出た。今日は俺の奢りだ。

「サンキュ!」とか「ありがとさん」とか「ありがと~。チュッ」と口々にお礼を言われて照れくさかった。

「いいって、今日は皆にお礼するって会だったし」と俺が言うと、「シンちゃん、男前!」と、のだっち君に背中を叩かれた。


 シズさんはスッと俺の前に来て、上目遣いで俺を見て「ぁりがとねぇ」とピンク色の潤んだ唇を動かして言った。小柄なシズさんは小動物のような可愛らしさがあった。

 


 皆でアネ広に向かって歩いている途中、カンキ君に話しかけられた。

「シンタロー、俺な、やっぱ一回大阪いのう思ぉとるんや」

「? 大阪いのう?」

「ああ、大阪帰るっちゅー意味や」

「え? なんで?」


 俺はショックを受けながらカンキ君に質問した。


「シンタロー、親との仲、良くなったんやろ?」

「え? あ、うん」


 俺はカンキ君に親との関係が良くなったことは言ってなかったので、雄馬が話したんだろうと思った。口が軽いなと呆れながら、カンキ君の話の続きを聞く。


「ええなぁ思うてな」

「そ、そうなの?」

「せや。俺は親とろくに話をせんと家出してもうて。俺の辛さとか、どうせ分かってもらえへんって勝手に失望しとったんや。やけど、シンタローの話聞いて、もしかしたら、ちゃんと話したら分かってくれたんやないか思ぉてきて。せやから、帰って、ちゃんと話してみよ思ぉたんや」

「……うん、いいと思う。ちゃんと向き合って話してみたら、分かってもらえるかもしれないし。相手に向き合ってなかったのは自分の方だったって気づけるかもしれないしね」

「……なんや、シンタロー。なんや……かっこええなぁ……」

「いや、俺も最近やっと気づいたから、かっこよくなんてないよ」


「なにー? 何の話ー?」と前に歩いていた雄馬が振り返った。

「カンキ君、大阪帰るって」

「え!? 嘘、かんちゃん、大阪帰るの!?」

「マジすか!?」と、のだっち君も振り向いた。

「うっそ~!」と、ジュリ姉さんは前を向きながら言った。

 

 シズさんは何も言わずに歩いていた。

 皆がカンキ君の反応を待っていると、少し照れながらカンキ君は言葉を口にした。


「あー、まぁ、一回帰るわ。俺、親とちゃんと話、してみたいんや」

「えぇ、マジか~……」


 そう言って、雄馬は夕焼けに染まった天を仰いだ後、力なく項垂れた。


「はぁ……。オレ寂しーわ。シンともあんま会えなくなったのに、かんちゃんもいなくなっちゃうのかよ……」

「キミ……」

「雄馬、俺は月2回は来るから」


「は~」と雄馬は頭を掻いている。

「キミッチ、自分らがいるっすよ」と、のだっち君が雄馬の肩に手を回した。

「そうそう。寂しいときはワタシが慰めてあ・げ・る!」


 そう言ってジュリ姉さんは、雄馬に投げキッスをした。

 雄馬がげんなりした表情を浮かべる。


「ジュリナには頼らねーわ」

「なにそれ~!?」


 それから雄馬は何も話さなくなってしまった。アネ広に着いた彼は、腕を組みながらビルに寄りかかり、遠い目をしながら何かを考えているようだった。




◇◇◇◇◇


【親愛なる読者の皆様へ】


 いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 引き続き、★、♡などの応援を頂けますと喜んで天を駆けます(は?)

 

 ところで皆さん、お雑煮は食べましたでしょうか?

 俺は自分で作るのが面倒だったので、作った友達の家にお邪魔して食ってきました。

 美味しかったです(笑)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る