第35話 居場所
翌日、家の外を通る車のエンジン音で目が覚めた。カーテンの隙間から差し込む日光の角度から、今が正午近くであることを知った。
電池切れしていたスマホは寝る前に充電器のケーブルを挿しておいたおかげで、ボタン一つで明るい画面を表示した。ゆっくり上体を起こしながらスマホを見つめる。
「11:37!? 凄い寝たな。って、通知件数が100超えてる! あ、颯太たちから着信も入ってるな」
クラスのグループレインには100を超える大量のメッセージが投下されており、何回もスクロールしないとメッセージの終わりが見えなかった。さらに個別に颯太、ゆかり、健、美夜子先輩からレインと着信が入っていた。
「ごめん……皆……」
俺はクラスのグループレインに既読をつけてしまったことを後悔した。
グループレインに「ごめん皆、俺は無事だから安心して。後でまた連絡する」とだけ、メッセージを送ってスマホの画面をオフにした。直後から、レインの着信を知らせるバイブレーションが絶え間なく聞こえて来たが、俺はそれを一旦無視して部屋を出た。先にやらなきゃならない事があるからだ。
階段を下りてリビングに向かうと、昨日より少し顔色が良くなった母さんと目があった。
「あら、おはよう、新。今日も学校休むって連絡しておいたからね」
「……ありがとう、母さん」
ソファーに視線を移すと、父さんが新聞を広げながら座っていた。平日の昼間に父さんがいる光景が珍しくて、じっと見ていると、それに気がついた父さんが新聞を畳んで俺を見た。
「おはよう、新。体調はどうだ」
「おはよう、父さん。少し眠いだけで別に平気。ところで、父さん、会社は?」
「ん? ああ、たまには親子でゆっくりしたいなと思ってな、有給入れたんだ」
「そうなんだ」
「ああ。お、もうこんな時間か。そろそろ昼飯の時間だな。お前は早く顔を洗って来なさい」
「あ、うん」
あの仕事人間の父さんが有給を取った事実に驚いて、その後申し訳ない気持ちが心に押し寄せた。
歯を磨いてから、俺は両親と昼食をとった。昼ご飯を食べながら、母さんはパート先での出来事や愚痴を楽しく話し続け、俺と父さんは相槌を打つばかりだった。
昼食後、自然とリビングのソファーに家族三人が集まった。二人掛けのソファーには奥から父さん、母さんと座った。俺は母さん側の一人掛けの椅子を、二人が見えるように位置を変えて腰掛けた。
全員座ってから、しばらく、いたたまれないような沈黙が続いて俺は自然とうつむいた姿勢になった。重苦しい雰囲気の中、口火を切ったのはやはり父さんだった。
「正直お前があのような治安の悪い場所に、頻繁に通っているとは思わなかった」
そう言って父さんは深い溜め息をついた。
「……」
「新。理由を聞かれてくれるか」
恐る恐る顔を上げると、眉間に皺を寄せながらも穏やかな目をした父さんがいた。
「……俺は替生手術で生まれた子どもだから、本当の父さんと母さんの子だって、言えないんじゃないかって……苦しくて、それでアネ広に……」
「だから、それは気にしなくて良いって言ったじゃ……!」と声を張り上げた母さんを、父さんは手で遮って制してから言った。
「そうだな、確かにお前は肉体的に100%私達の子どもだとは言えない。胎児の時、脳の細胞の一部を
「……」
「そのことをお前は引け目に感じているのだろう。100%でない自分は恥ずかしい、と」
父さんの目を見られなくて視線を落とす。膝に置いた拳を握りしめながら話した。
「……俺は、脳の一部が比目村のものだから、この家族の一員って言っちゃいけない気がして、ずっと……苦しかった……。虐待で自殺を図ったような、そんな弱くて、育ちの悪い人間の脳が混じってるなんて父さん達は本当は恥ずかしくて嫌なんじゃないかって……」
「それは違う!」
俺が言い切るより先に父さんが叫んだ。驚いて顔を上げると、力強い瞳の父さんが俺を見据えていた。
「比目村君は強かった。あんなに過酷な環境の中で14歳まで生き延びたんだ。最後は命を絶とうとしたが、でも、病院に搬送された後は自分の意思でドナーになると決めたんだ。まだ中学生だというのに。どれだけ勇気のいる決断だっただろう」
「……」
「比目村君がドナーになってくれたおかげで、私達の胎児は生き延びることができた。比目村君が14歳まで懸命に生きてくれたおかげなんだ」
父さんは手で目頭を押さえた後、一呼吸おいてから言った。
「私達にとってお前も比目村君も、優しくて強くて勇敢な、私達の自慢の息子だ」
気が付くと俺は嗚咽していた。
***
その日の夜、再びクラスのグループレインにメッセージを送ると、大量の質問攻めにあった。できるだけ答えられる範囲で返信をしていると、あっという間に1時間が経過していた。
それから、着信があった颯太と健とゆかり、それに美夜子先輩に折り返しでレイン電話をした。颯太と健は心配をかけたことに怒りながらも「やるじゃん」と褒めて励ましてくれた。
先輩も「アホ! 心配したわ! バカチンが!」とキレながらも、笑って「よぉやった!」と言ってくれた。光沢先輩も心配していると言うので、大丈夫であること伝えて貰うようにお願いした。
最後にゆかりに電話すると、涙声で「よかった」と繰り返していて、申し訳ない気持ちになった俺は、ごめんと繰り返しでばかりになった。
翌々週、高校に行くと、教室の皆が温かく迎えてくれて安堵した。改めて、颯太達やクラスメイト、先生方に説明や謝罪をして回った。先生方に説明をするときは母さんも一緒についてきてくれた。
高校で俺は一躍有名人になり、他クラスの生徒や上級生、下級生までもが俺の顔を見に来たり、彼らに話しかけられるようになった。サインを求める者までいたが、流石にそれは断った。少し恥ずかしくもあったが、また居場所ができたような気がして嬉しかった。……いや、最初から居場所はあったのに、俺が壁を作って見なくなってしまっただけだったのかもしれない。
高校の近くでは、まだ週刊誌の記者の姿があり、何回か話しかけられることもあったが、断り続けていると次第に見かけなくなっていった。俺の事件は一ヶ月も経たないうちに風化し、メディアからも関心を持たれなくなった。
◇◇◇◇◇
【親愛なる読者の皆様】
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!
***
今日、ちょっとプライベートでトラブルがあって、公開遅れました。
申し訳ありません。
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