第34話 ヒーロー

 事件の翌日の夜、俺は新宿警察署で事情聴取を受けていた。事件の後、気を失っていた俺は、近くの大学病院に搬送され、そこで意識を取り戻した。その後、外傷が無かったため、着替えをしてから新宿警察署に移動し今に至る。


 ようやく事情聴取が終わり、警察の方に連れられて取調室を出た。警察の方の話では、俺がルイに加えた暴行については正当防衛に該当する可能性が高く刑事罰を受けずに済みそうだった。これを聞いた時は安堵のために全身から力が抜けた。


「もう無茶しちゃダメだよ。でも、かっこ良かったよ、君」

 優しい顔立ちをした若い男性警察官はそう声を掛けてくれた。返してもらったスマホを握りしめて警察署の玄関に向かう途中の廊下で、濃いクマのできた母さんとしかめっ面した父さん、それに雄馬を見つけた。


 雄馬は俺に気付くと、「よぉ」と言って近づいて来た。

「もう事情聴取終わったのか?」

「あ、うん。雄馬、ありがとう」

「良いって。気にすんな!」と雄馬が軽く微笑んだ。


 俺は硬い表情をしている父さんと、やつれた母さんに向き直って深く頭を下げた。


「……ごめんなさい。こんなことになって。迷惑かけて、本当にごめん……」

「……謝らないで」


 そう言って母さんはゆっくり俺の前に来て、目に涙を浮かべながら力強く俺を抱きしめた。


「母さん……」


 少し戸惑っている俺に、雄馬が今の状況を説明してくれた。


「シンがなんであんな事件を起こしたのか、お前のお父さんとお母さんに話しておいたんだ。エレナを助けるためだって」

「雄馬……」


 雄馬は腰に手を当てながら、伏し目がちに話を続ける。

 

「ちょうど昨日の夜、あの場所にのだっちのダチがいてさ、そいつが事件を一部始終見てたんだよ。そいつから聞いた事をそのまま、警察に伝えて、お前のご両親にも伝えておいたよ」

「お前って子は本当に無茶をして!」と母さんが叫んだ。俺の両腕を強く掴んだ母さんは、そのまま俺の身体を前後に揺らした。その後、俯いて俺の胸に額をつけた。

「……良かった、無事で、良かった……」


 涙声だった。

 

「ごめん、母さん……本当にごめん……」


 俺たちを静観していた父さんが、近づいてきて俺の右肩に手を乗せる。


「君影さんから全部事情は聞いた。言いたいことは色々あるが……とりあえず無事でよかった」

「父さん……ごめん」


 俺は俯きながら涙をこらえた。


「それじゃ、お父さん、お母さん。ヒーローをゆっくり休ませてやってください。オレはこれで」

 

 そう言って、雄馬は軽く頭を下げる。


「え。雄馬……」


 もう少し話したいのに。そう思って雄馬を見たが、雄馬は少し困ったように笑うと視線を逸らして言った。


「のだっちのダチが、まだ取調べ受けてんのよ。そいつ、エレナが刺されたとこからずっと動画撮っててくれててさ、そいつと一緒にのだっちが今まだ事情聴取受けてんだわ。そいつら出てくるまで、俺は帰れねぇからさ。お前はもう帰れよ、疲れたろ」

「のだっち君の友達が……。ありがとうって伝えといて。のだっち君にも」

「おう!」

「新、良い友達を持ったな」と、穏やかな顔付きで父さんは言った。

「うん。最高の友達だよ」


 俺は感謝の気持ちが溢れだして泣きそうになるのを必死で耐えながら言った。


「あ、そうだ! シン、エレナは重傷だけど、命に別状ないって。ありがとな! エレナを救ってくれて」

 

 そう言って雄馬は爽やかな笑顔を見せた。

 雄馬と別れた後、俺と両親は警察署からすぐ近くの路上にタクシーを呼んだ。警察署から出ると、カメラのシャッター音が複数聞こえ、何人もの記者達に追いかけられながら急いでタクシーに乗り込んだ。



 タクシーに乗り込んだ後、俺はいつの間にか眠っていたらしい。隣に座った母さんに肩を叩かれて起きると、窓の外に自宅の玄関扉が見えた。

 父さんが会計を済ませて、タクシーから降りる。俺と母さんも続いて降りると、タクシーは閑静な住宅街を去って行った。

 父さんが玄関扉を開けて、俺と母さんも自宅に入って靴を脱いでいると、リビングからドタドタと足音を立てて妹のかおりが出てきた。


 俺の顔を見て泣きそうな顔をした後、安心したような表情になり、それから背を向けて、怒ったように叫んだ。


「馬鹿!! 心配したじゃん!! お兄ちゃんの馬鹿っ!!」


 そう言って走って、階段をバタバタと駆け上がって行った。つけっぱなしのテレビからは、ニュースが垂れ流されている。テロップには「アネ広少女刺傷事件! 救ったのは都内の高校生」と表示されていた。コメンテーターたちは、口々に身を挺して暴漢に立ち向かった高校生の勇姿をたたえていた。

 さっとリモコンを取ってテレビを消した母さんは、疲れた顔で笑顔を作りながら俺に言った。

「さ、もう今日はさっさとお風呂に入って寝ちゃいなさい。疲れたでしょ」


 それから、ふぅと息を吐いてから俺の目を見て言った。


「頑張ったわね、ヒーロー」



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