第33話 SNS


 アネ広の事件の翌日、朝のホームルーム前に僕と健が廊下で話していると、後ろから自分を呼ぶ声がした。


「颯太くん……」


 振り返ると、目が赤く腫れているゆかりが力なく立っていた。

 彼女も僕たちと同様、クラスで飛び交う新への憶測や誹謗ひぼうに耐えられずに廊下に出てきたのだろう。


「ゆかり……」

「大丈夫か? ゆかり」と健も静かに声をかけた。

「健くん」とだけ言って、ゆかりは黙ってしまった。それ以上、何か口にして泣き出すのを阻止しているように見えた。

 

 どのクラスも昨日の事件のことで持ちきりだった。


「あいつヤバいだろ!! マジで!!」

「真面目そうに見えたのに」

「サイコパスだよ! サイコパス!」


 興奮した生徒たちの言葉が教室の外まで聞こえて来る。

 ゆかりは苦しそうに顔を歪めると両耳を手で塞いで俯いた。

 僕も健も、そんなゆかりに何て声をかければいいか分からなかった。


 SNSでは、新と思われる男が男性に馬乗りになって殴るシーンの動画が拡散されており、ネットの匿名班が高校名を予想してはYで呟いていた。その中には、俺らの高校を的中させている者もいて、クラスメイトは皆、特定されたら今後世間でどんなレッテルを貼られるのかと不安そうにしていた。


「あいつマジで迷惑だろ!!」

「これって指定校推薦に影響する?」

「来年、枠減らされるかもね……」


 来年の受験を心配する声が聞こえて来たところで、ゆかりが手で顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。


「あの男、新じゃない、と思いたいけどな……」と健は溜め息をついて言った。

「動画が出回ってるからな……。でも仮に新だったとしても、何か事情があるはずだ。そう思おう」


 僕はそう返すのがやっとだった。


「颯太君……」


 ゆかりが涙を手で拭いて、赤い顔を上げたときだった。クラスメイトの鹿山かやま佐伯さえきが躊躇いを顔に浮かべながら僕らに近づいて来た。


「なぁ、君たち、藍見あいみと仲良かったよな?」

 

 鹿山が僕に話しかける。


「え、うん」

「あいつ、実際そんなヤバいやつだったの? 何か知ってる?」

「え、えと……」


 好奇心に満ちた瞳で見つめられ僕がまごついてると、ゆかりが息を吸う音が聞こえた。


「新くんはヤバい人なんかじゃない!!」

 

 ゆかりが叫んだ。教室まで、シン、と静まり返って周りの生徒がゆかりに視線を向ける。


「ほんとに、違うの……きっと、何か、事情があるはずなの……」


 ゆかりは再び顔を手で覆って、膝から崩れ落ちた。



***



 その日は朝のホームルームがいつもよりかなり遅れて始まった。教壇に目を向けると、担任の先生が悲痛な面持ちで話し始めた。


「えー、皆さんも知っての通り、昨日我が校の生徒と思われる者が暴行事件を起こしたと報じられています。まだ、詳しいことは分かっていませんが、既に職員室には無言電話や嫌がらせの電話が多数来ており、学校付近でも記者と思われる人の姿が数件確認出来ています。先生たちも見回りなどを十分に行いますが、生徒である皆さん自身も知らない人に話しかけられても相手にしない等、自衛をしてほしいと思います」


「先生! やっぱり藍見さんは犯人なんですか? 人を刺したんですか!?」と、クラスメイトの一人が質問した。

 先生は目を閉じて首を横に振った。


「そこはまだ分かっていません。現在、藍見君は警察で事情聴取を受けているとのことです。では、これでホームルームを終わります」


 そう言うと、担任の先生は足早に教室から出て行った。代わりに1時間目の英語の先生が教室に入ってくる。

 僕はスマホに表示されている「アネ広事件!!女性を巡って喧嘩か!?」と書かれたネットのホームページを、スワイプして消した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る