第27話 ☆美夜子先輩の卒業☆――――(作者コメ有


 ついに3月になってしまった。僕は眼鏡をくいっと上げながら、スマホの中の天ノ川セイラちゃんを眺めた後、カレンダーのアプリをタップした。

 画面いっぱいに表示されたカレンダーには、数日後に卒業式のマークがついていた。


「美夜子先輩も卒業か……」

 

 独り言が部室の壁に吸い込まれていく。ゆかりも新も今日は用事でいない。僕は、手持ち無沙汰な気持ちを紛らわしたくて部室に来ていた。

 本棚に整然と並べられた本を見ながら、物思いに耽る。ここで1年、色んなことがあった。美夜子先輩は変わっているけど、そこもまた可愛くて、意外と後輩思いの人だった。口調はキツいけど、気持ちをストレートに伝えてくれた。いい人だった。


「寂しいな……」


 ふと視線を移すと、見覚えのあるシルエットが扉の窓に映っていた。

 

「あ、光沢先輩」


 相変わらず部室に入ってくる勇気がないのか、扉を開けると光沢先輩がはにかみながら立っていた。


「やあ、颯太君……。もうすぐ卒業式だからさ、ちょっと挨拶に……」


「あ、そうなんですね。どうぞ、中入って下さい」と扉を開けたまま、入室を促した。


「お邪魔するね。……あれ、新くんと、ゆかりさんは?」

「あ、今日は二人とも用事があるって帰っちゃって。お話伝えておきますよ」


「またか、運が悪いな」と、光沢先輩は椅子に腰を下ろした。

「そうですね……。あ、光沢先輩。受験、お疲れ様でした!」と僕も向かい合うように座った。


「ははは、ありがとう。まだ結果出てないからさ、安心できないんだけどね」

「そうなんですね。でも先輩なら大丈夫ですって」

「そうかな。ありがとう」

「そういや……あの……美夜子先輩ってどこ受けたとかって知ってますか? 本人にはやっぱり聞きづらくて」

「ああ、美夜子は俺と一緒のとこ。国立の東煌大学」

「な!! 美夜子先輩と一緒ですと!?」


 僕の心臓がバクンッと跳ねた。時間差で額から汗が噴き出す。


「ははは。そうだよ、でも学部は違うよ。美夜子は医学部で、俺は法学部だから」

「あ、そうなんですか」


 そう言われたって全く安心できないのだが――――! 悪い予感はしたが、やっぱり同じ大学を受けてたのか。ショックを隠せず狼狽える。僕の狼狽ぶりに光沢先輩はキョトンとしている。焦った僕は我慢できずに、前々からずっと気になっていた疑問を口にした。


「あ、あの……!!」

「ん……?」

「光沢先輩は美夜子先輩のこと、すごく大切に思ってますよね。……まさか、つつつつ、付き合ってるとかじゃ、ないですよね……?」


 光沢先輩はようやく事態が飲み込めたようで、「ああ!」と呟いてから笑い始めた。


「うん、彼氏、彼女の関係ではないよ。でも、とても大切なんだ。それだけ」

「は~。良かった~」

「ははは。心配させてごめんね。でも、君は本当に美夜子が好きなんだね」

「うっ、やっぱり分かりますか?」

「もうバレバレだよ」

「お、お恥ずかしい……」と、僕は思わず俯いた。

「はは。大学の合格発表は3月10日だからさ、その後なら美夜子も時間取れると思うよ」


 なんて気の利く先輩なんだ! 

 僕は感動して頭を上げた。


「そうなんですか! ありがとうございます!!」

「あはは、テンション高っ」

 

 その後、光沢先輩は「美夜子のことを、これまで支えてくれてありがとう」と言って頭を下げた。僕はその言葉をゆかりと新にも伝えることを約束すると、安心したように微笑んで、光沢先輩は部室を後にした。

 僕は急に元気が湧いてきてスマホのカレンダーを先程とは全く違う面もちで眺め始めた。


(合格発表後、もし受かってたら、先輩とちゃんと話す機会が欲しい。そのために何ができるだろう。どうすればいいだろう)


 何パターンも脳内シミュレーションをしているうちに、あっという間に日が暮れていった。



***



 卒業式では颯太とゆかりが顔を真っ赤にして号泣していた。俺も美夜子先輩がいなくなってしまうことが想像以上に悲しくて、貰い泣きしそうになった。俺が落ち込んでいた時、踏み込んででも励まそうとしてくれたのは先輩だけだった。


 卒業式後、鼻の頭を赤くした先輩は光沢先輩と一緒に俺の教室に遊びに来た。俺とゆかりは光沢先輩のことを颯太から話に聞いていたが、このとき初めて会った。颯太の話では光沢先輩は、俺たちが美夜子先輩と楽しく過ごしてくれたことについて大変感謝しているとのことだった。正直、そんなことで感謝されるなんて少し違和感を覚えたが、颯太がそれ以上何も言わなかったので、あえて聞かなかった。


 光沢先輩は体の薄い男性で身長は俺よりも少し高く、ふわふわとした緩いウェーブのかかった黒髪が印象的だった。先輩二人の卒業アルバムの最終ページに颯太、ゆかり、俺の順でメッセージを書いた。また、颯太の発案で事前に準備しておいた寄せ書きを先輩に渡した。光沢先輩はその様子をニコニコしながら見ていた。


 颯太が先輩に、「大学の合否発表が出たら、どのような結果でもこのメンバーでもう一度会いたいです」と強く伝えると、先輩は驚きつつも了承してくれた。

 雲一つない空の下、先輩は「ぬははは!」と独特な笑い声を上げながら卒業証書筒を掲げて、先輩のお母さんと光沢先輩とともに校門から出ていった。その後ろ姿が小さくなり、やがて見えなくなるまで俺ら3人は笑顔で見送った。



***




 卒業式から10日くらい経った頃、先輩の合格お祝い会がカラオケで開かれた。

 山盛りのバニラアイスにチョコソースをたっぷりかけたハニートーストがテーブルの中央に置かれる。

 俺ら三人はクラッカーを持って、声を揃える。


「先輩! 合格、おめでとうございます!」


 パーンッという破裂音が三回連続で響いた。笑顔の先輩は右手で後頭部を擦りながら、「おおきに!」と繰り返し言った。


「みやこ先輩は何のお医者さんになりたいんですか?」とゆかりが聞くと、「ん~? これから考えるわ」と先輩は腕を組んでニヤニヤしながら答えた。


「え~先輩が医者とか不安しかないんですけど。笑いながら変なとこ切られそう」

「あんだと!? 新、どついたろか!?」

「ちょっ。やめてくださいよ!」


 いつもより浮かれて声の大きい先輩を中心に、皆で歌って騒いで時間は過ぎていった。颯太が静かなのが気になったが、事前のラインで先輩に告白する予定であることを聞いていたので、そのせいだと思った。


 お祝い会は22時にお開きとなって、俺はゆかりと一緒に帰ることにした。颯太は帰ろうとする先輩を呼び止めていたので、俺は心の中で成功を祈った。

 帰る途中、ゆかりは道路沿いに植えられた桜を見つけた。既に開花している夜桜の花弁はなびらは月に照らされて幻想的な光を放っており、それに興奮したゆかりがスマホで写真を何枚も撮っていた。そのうち俺と一緒に写真を撮りたいと言い出したので、ピースサインをしてゆかりと写真に収まった。


 翌日、颯太からのレインで告白が成功したことを知った。予想外の結果に驚きつつも「おめでとう!」と返信した。返信した後、レインのアプリを閉じたが、なんだか嬉しくて、そわそわした気分になって、もう一度レインのアプリを開くと、ゆかりから昨日二人で撮った写真が送られていたことに気がついた。




◇◇◇◇◇


【親愛なる読者の皆様へ】


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

また、ここまでで「いいな」「続き気になる」と思われた方は

♡、★、コメント等、応援頂けると俺が泣いて喜びます!


今回、久しぶりのハッピー回です。

書いてる俺も幸せな気分になりました。


今日は仕事納めですね。

皆様、1年お疲れ様でした。

俺のハッピー回で癒やされたらいいな(^^)


はい、きしょくてスミマセン。


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