第22話 同士


 12月中旬、期末試験が終わって冬休みを待つばかりとなった。俺は今回も70点台というリアクションに困る点数の試験用紙を何枚も鞄に突っ込んだ。教室を出ると、成績の順位表が目に入った。順位表の前で、学年四位だった一池は沈痛な表情を浮かべていた。


「一池……」

 

 俺が声をかけると、一池は窪んだ目で俺を見た。


「っ。新か……」

「凄いじゃん、四位なんてさ」


 そう言うと、一池は力なく首を横に振った。


「慰めならよしてくれ。俺の実力不足が結果に表れただけだ」

「そんな……」

「俺は結果を出さなきゃいけないんだ。俺の努力は報われるはずなんだ……」


 生気のない顔でブツブツと呟きながら、一池は去って行った。


 俺は一池を見送ると、寒々しい空気に満ちた廊下を足早に進んだ。今日は、部活でクリスマス会をやる日だ。本当は12月25日にやるべきなんだろうが、その日は2学期の終業式があるため、前倒しになった。


 部室の扉の前で一呼吸おいて、自分の中でスイッチを入れる。


(俺は明るい人間。俺は明るい人間。俺は明るい人間。

 よしっ……)


 ガラッと勢いよく扉を開けると、サンタ帽を被った颯太と目が合った。


「ごめん、遅くなった! って、え!? 颯太!?」

「新! 大丈夫。今、準備してるとこ」

「ぶっ。颯太、ちょっ……。ノリノリじゃん」

 

 俺が笑うと、「こういうのは雰囲気が大事だからな」と颯太は腕組みをして何故か誇らしげな顔をした。

 俺が鞄を机の上に置き、近くの椅子に腰掛けると、ゆかりが紙コップに入ったメロン紅茶を差し出してきた。


「新くん、最近部活来てくれるようになって嬉しいよ」

「あ、ゆかり。ありがと。うん、心配かけてごめん。もう大丈夫だから」

「なんか新くん、前より明るくなったよね」

「ああ、確かに新は、ちょっと雰囲気変わったよ。フランクになったっていうか。吹っ切れたのか?」


 颯太の問いに反射的に笑みを作る。

 

「まぁ、そんなとこ。あ、俺、お菓子持ってきたんだ。食べようぜ」

「おう。今日はダラダラ過ごそう!」


 その後、俺ら3人はメロン紅茶を飲みながら楽しく雑談した。

 我ながら感心した。こんなに内心を隠すのが上手くなるなんて、こんなに自然な笑顔が出せるなんて、と。心の内の暗さを他人に見せない術が、いつのまにか身についたらしい。おそらくアネ広で過ごした日々が俺を変えたのだろう。紅茶の表面に映った俺の瞳は別人のものに見えた。

 

***


 そのまま何事もなく、冬休みを迎えた。俺はやはりアネ広にいた。防寒のインナーを着込んで着ぶくれした俺に対し、雄馬は細身のチェスターコートに身を包み、相変わらずキマっていた。

 昼下がりのアネ広は人通りが夜ほど多くない。人がまばらな分、寒風が勢いを落とさぬまま俺たちに吹きつける。


「うわ、さむ!」と、俺はちぢこまった。

「……」

「雄馬は寒くないの?」

「別に」


 雄馬はそう言ったが、口調にやせ我慢の音が感じられた。


「いや、寒いだろ」

「大丈夫だって、こんぐらい。……いや、やっぱゲーセン行くか」

「ふっ。やっぱ寒いんじゃん」


 近くの複合商業施設のゲーセンに入る。特にゲームをするわけでもなく、奥まったところにあるクレーンゲームを前に雑談を交わす。


「そういや、エレナちゃん、最近雄馬のとこに来てないな」

「あれ? 言ってなかったっけ? 実はさ……」


 俺は、エレナちゃんが起こしたトラブルについて、この時初めて知った。


「ええ……。それは、ヤバすぎるな」

「もう全然理解できねー。なんでオンナって、こんななの?」

「いや、女子全員がそうじゃないよ」

「いや、分かってるけどさ~。何かオレの周り、こんなんばっかなんだよ」

「うーん。どうしたら良いんだろうな、そういうの」

「な! 謎だわ」


 雄馬は不満げな表情で、する気もないのにクレーンゲームのボタンを触っている。俺も言葉が見つからず、クレーンゲームの中の景品をぼうっと眺めていると、雄馬のズボンのピスポケットに入っていたスマホが振動した。レインを確認した雄馬が声を上げる。


「うお! マジか、かんちゃん」

「どうしたの? かんちゃん?」

「あ、覚えてない? お前がネカフェで倒れた時に、来てもらったダチ」

「あー、なんか目つきの鋭い人」

「そそ。目つき悪いやつ。忘年会しようってさ。お前も来いよ」

「え、行って良いの?」

「いいんだよ。こいつもさ……」


 そう言って、雄馬は俺に耳打ちした。


「同士なんだよ」


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