第16話 引継がれた悪夢―――――(作者コメントのみ追記)
「いいい一池ぇぇぇ!!??」
驚きすぎて、素っ頓狂な声が出る。
「なっ!? 新?」
「え? 知り合い?」と、雄馬は俺と一池を交互に見た。
「新、お前……そうだったのか」
一池は右手で顔を抑えた。
「いや……。一池こそ……」
俺と一池は驚きを顔に貼り付けたまま、時が止まったかの様に、その場に立ち尽くした。
そのうち、エレベーターの扉がひとりでに閉まり始めた。
「あぶねっ!」と叫んで雄馬がエレベーターの開ボタンを押す。
「ああ、君。すまない。危うく扉に挟まるところだった。ありがとう」
「いえいえ。どうぞ、下りてください」と手で促す他人行儀な雄馬を見て、思わず失笑してしまった。
「新? 何を笑っているんだ」
「いや、ごめん何でもない。それより、色々話したいんだけど」
「……すまないが、今は予約時間が迫っている。後で話そう」
「あ、ああ。後でな」
一池の背中を見送ってからエレベーターに乗り込むと、次の瞬間、雄馬がこらえきれない様子で笑い出した。
「やべぇ~。オレ、つい、キャラじゃねえ対応しちゃったわ。恥ずかしー。でも、今の奴、いかにも堅物ガリ勉って感じだな。オレ苦手だわ~」
「いや、一池は良い奴だよ。なんでこんなとこに。あいつは絶対恵まれてる側の人間だと思ったのに」
「案外、分かんねーもんだよな。あんな優等生にも暗い過去があるって事だろ」
「そう、なのかな……」
俺は密かに一池に憧れていた。中学の時から、クールで成績優秀、スポーツもできる。リーダーシップもあるし、とっつきにくいけど、何かあるときは皆に頼りにされてる。そんな一池が、このプロジェクトに関わってたなんて。ドナーが安楽死を望んでいた事について、一池はどう思うんだろう……。
「やっぱり努力不足って思うのかな?」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いや。何でもない」
***
MRI検査が終わった11時半過ぎ、5階の入院用の病室へ向かった。
「あー腹減った。病室で菓子でも食おうぜ。俺コンソメチップ持ってきた」
雄馬はリュックを持ち上げて、ずいっと見せてきた。
「もうすぐ昼飯だろ」
「ダメ。待ってらんねえ」
「というか、お菓子とか食べて良いの?」
「分かんね、多分良いだろ。胃の検査とかないし」
病室のフロアに来て、4人部屋の外についてるモニターの名前を確認していく。
「あった、ここだ。527。雄馬と一緒だ」
「おお、ついてるじゃん。早速入ろうぜ」
部屋に入ると、4つのベッドの内、2つはカーテンがされていて、中から布団の擦れる音が聞こえた。
俺と雄馬は隣同士で、ベッドに荷物を置いたらすぐに廊下に出た。
「ベッドじゃ話せないから、向こうの談話室行こうぜ」と、右手に持ったコンソメチップをブラブラさせながら先を歩く雄馬の後に、ついていった。
それから俺らは談話室で過ごした後、昼時に病室に戻ってくると食事が置かれていた。
***
食後、再び診察室で先生と向かい合っていた。
「じゃあ、脳波測定器着けるよ」
「はい、お願いします」
俺は看護師に手際よく脳波測定器を着けられた。
「じゃあ、いくつか質問していくから、リラックスして答えて。まず、氏名、住所、生年月日からどうぞ」
「は、はい」
1つずつ質問に答えていく。しばらく、簡単な質問が続いた
「じゃあ、次はちょっと踏み込んだ質問をしていく」
「はい」
「比目村君の記憶と思われる悪夢について、どう思ってた? または今、どう思う?」
「え、どうと言われても叫び声が聞こえて、恐ろしいですけど、黒い靄で何も見えないし、何が何だか正直分からないです」
「その悪夢はどういった状況のものか分かる?」
「さぁ?」
「思い出そうとしたら、思い出せる気がする?」
「いや、思い出せないです。詳しい状況の記憶までは引継がれてないのかもしれないし、思い出さないように意識しちゃってるせいなのかもしれないし、どっちか分かんないですけど、とにかく無理です」
そう、と言いながら先生は脳波測定器と繋がれたモニターを凝視している。
「このマンションは見覚えある?」と、先生はマンションの画像が表示されたパソコンを俺に見せてきた。
「……ない、ですけど。なんか凄く嫌な気分になります」
「そうか。では、ペルメタールという言葉についてどう思う?」
「何ですかそれ?」
「思い出せない?」
「はい。全く」
「嫌な気分になる?」
「いえ? 全く」
「……分かった。では、次の質問だが……」
その後もいくつか、よく分からない質問をされ、最後にこんな質問をされた。
「替生手術、つまり、脳欠損症の胎児だった君を誕生に導いたこの手術について、どう思う?」
「……正直、よく分からないし、怖い手術だと思います。安楽死させるとか。でも、比目村は望んでた訳だし、胎児が生きられる可能性も上がる。でも、何か、命のリサイクルみたいな、それって凄く怖いことだなって。良い部分もあるんだろうけど、怖いです。正直」
「分かった。質問は以上だ。後は、明日の退院前まで脳波測定器を着けて過ごしてくれ」
***
診察室でパソコンの画面を眺める。
「怖い、か。彼にとってはそうだろうな」
MRI画像を見る限り脳に異常は無い。先程の脳波測定のデータを見返していると、隣にいた看護師が話しかけてきた。
「式美先生。替生前の記憶の話をしたとき、特に大脳皮質の前頭前皮質が強く反応しましたね」
「はい。マンションの画像を見せた時も同様の反応を示しました。しかし、彼が自殺のために用いた
彼の場合、同級生との会話がきっかけで引き継がれた記憶が想起されたと考えられる。では、マンションも何かのきっかけで記憶想起がされるか? また、ペルメタールの記憶は引継がれていないところを見ると、やはり引き継がれる記憶には傾向がありそうだ。より印象深い記憶が引き継がれるのだろうか、だとしたら引継がれるメカニズムはどのように説明がつけられるだろうか……。
「式美先生?」
「ああ。すみません。替生前の記憶がここまで、しかも自ら想起されたケースが珍しくてつい考え込んでしまいました」
「ここまで自覚しているケースは珍しいですよね。替生前の記憶を自ら思い出す人なんてうちの病院じゃ初めてじゃないですか?」
「いや、過去に……」
「え? もしかしているんですか?」
「……すみません。記憶違いだったようです。忘れて下さい」
◇◇◇◇◇
【親愛なる読者の皆様】
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます!
キツいシーンが続いていて申し訳ないです。
連続キツいゾーン、あともうちょっとで終わるので、お付き合い下さい。
もう、読んで頂けたら、ホントに、バカみたいに喜びます!
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