第10話 禁忌
「お前、今、サイコーに間抜けな顔してるぞ」
「は!」
俺は目を開けたまま、気を失ってたみたいだ。口が半開きだったせいで口内がパサついている。雄馬はいつのまにかパソコンの電源をつけてネットサーフィンをしていた。
「なんか呆けてたから、そのままにしといたわ。もうメンタル大丈夫そ?」
「ちょ……あ~もう」
俺の脳内で色んな記憶と思考が混線している。あまりのカオスっぷりに俺はしばらく呆然としていたようだ。
「……頭がパンクする」
「まあ、すぐには飲み込めねえよな」
「なんでお前は冷静なんだよ」
「あ? オレはもう色々と慣れてっから」
あ、と呟いて、雄馬が振り向いた。
「腹減ったわ。ちょっとそこでカップラーメンのカレー味、買ってきてくんね?」
「え? カップラーメン?」
「そ。そこ出たとこに、カップラーメンの自販機あるからさ」
「え、それ、俺が金出す……」
「話の続き、聞きたいだろ?」
気が付くと、俺はカップラーメンの自販機前に待機していた。ラーメンにお湯が注がれていく。
(すげぇ。ネカフェってすげぇ……)
しょうもない感想しか出てこない。まださっきのショックから立ち直ってないみたいだ。
出来たてのカップラーメンと、自販機スペースに置いてあった個包装の割り箸を一膳取ってから部屋に戻った。
カップラーメンと割り箸を雄馬に渡すと、彼は笑顔になった。
「サンキュ!」
(こいつ、ちゃっかりしてんな)
ラーメンを旨そうに啜っている雄馬を見ていると、段々と怒りが湧いてくるのを感じた。感情が再起動していく。
汁まで全部飲んで、満足げな表情を浮かべている雄馬の左肩を掴む。
「さぁ、教えてくれよ。イースタ・イリス症候群が実在しない病気って何なんだよ。医者は俺に嘘をついてたのかよ!」
「ちょ、1個ずつ説明するから。待てよ」
俺を宥めながら、雄馬は話を始めた。その内容は受け入れがたいものだった。
***
「嘘だろ? そんなことってあるのかよ。そんなのって……」
「事実なんだな、これが」
「……信じられない」
「まあ、信じたくねえなら、無理に信じろとは言わねえよ」
雄馬の話はこうだった。
俺の通ってる東橘病院では、ある極秘プロジェクトがあって俺たちはその被験者なのだという。そのプロジェクトとは、安楽死を望む若者の脳細胞の一部を脳欠損症の胎児へ移植するというものだ。若者は安楽死の手術をしてもらえる代わりに、脳細胞の一部を病院へ提供する。病院は提供された脳細胞の一部を脳欠損症の胎児へ移植する。
「それじゃ、その若者は……」
「安楽死の手術を受けて死ぬことになる。代わりに脳欠損症の胎児は、脳細胞を移植されることで生命を維持することが出来るって医者は言ってたな」
「……」
「脳欠損症っていう病気は、まあ、脳の大半だったり、一部がないって病気らしくてさ。その病気を発症した胎児は多くが死産してしまうらしい。だから妊婦が泣きながら相談しに来るんだって。なんとかしてくれって。それで、死にたい奴を死なせてやって、そいつの脳細胞を胎児に移植して、胎児を生かすってことらしいわ」
「はぁ!? なんなんだよ、それ!? 全然意味分かんねーよ。そのヤバいプロジェクトが俺らに何の関係があるんだよ!?」
「だから、オレらはその脳欠損症の胎児だったんだよ」
「……は……はぁ!?」
「死にたい奴から脳をもらったから、産まれてくることができたの!」
(……わ、訳が分からない……。目眩がする……)
「……それで、それとイースタ・イリス症候群はなんの関係があるんだよ?」
「まあ、アフターフォローってやつだな」
「はあ?」
「オレらの脳は前の
「……それで?」
「で、今の人生で蝶野の記憶が引き継がれてるかってのを知りたい訳よ、あの式美って医者は」
「……はぁ!?」
「このプロジェクトは、前の人間の記憶が引き継がれないって前提で組まれている。だからその前提が本当に正しいのか、研究してるんだって。オレたちを使って」
「……」
あまりにも現実離れした話に理解が追いつかない。
いや、違う。
生理的に脳が理解を拒絶している。
「そんで、オレたち――――まぁ、替生者って呼ばれてるんだけど。あ、替生者っていうのは、転生者みたいな意味。脳からすれば蝶野が死んで、雄馬に人間が替わってるじゃん。だから、替生者なんだってよ。替生者に蝶野の時の記憶、まあ、言ってみれば前世の記憶だな。前世の記憶があるかどうか、思い出してないかどうか、定期的に検査したい。でも、プロジェクトのことを言うわけにはいかない。だから、イースタ・イリスなんて架空の病気を作って、病院に呼び出してるって訳」
「……てことは、親は俺らが替生者だって知ってるんだな」
「もちろん。まあ、普通は子供には言わないだろうけどな」
「……母さん……」
「あ、でもイースタ・イリスが架空の病気だってことは知らないと思うぜ。病院側がそこは隠してるみたいだからな」
「あ、そういや、あのプラノセルバムって薬は?」
「あ、あれはただの整腸剤? とか言ってたな」
「嘘だろ……」
「まあ、薬あったほうがいかにも病気っぽいし、ちゃんと病院に来るからな」
頭を掻きむしった。やっぱり訳が分からない。こんな理不尽なことってあるのかよ……。
「こんなの……人権侵害だろ。俺が、どんだけこの病気のせいで、苦労したと……。サッカーだって……。こんなことしていいのかよ……」
俺は涙が溢れ出した目を右腕で強く押さえつけた。
「こんなこと、やって良いわけがない。死にたい奴を安楽死させるとか、架空の病気とか、おかしすぎる……!」
「……」
「なあ、雄馬もそう思わないか? こんなの間違ってるって!」
「オレは思わねえな」
「なんで!!?」
「……まあ、架空の病気作るとかはやり過ぎだなって思うけどさ、そういう病気作んなかったら病院来なくなる奴が後を絶たないんだって。あと、安楽死に関してはそもそも蝶野が望んだことだしな」
「そんなのおかしいだろ! 死にたいから、死なせてやるって……」
「……蝶野、背中にタバコの跡が無数にあって、歯も3本折れてたんだってさ」
「……え?」
「親にやられたらしくて。当時11歳で、森で首吊りに失敗して倒れてるところを通行人に見つかって。そんで、病院に運ばれたんだって。意識を取り戻して最初に言った言葉は、何で生かしたんだ、らしいぜ」
「……」
「まあ、その後も死なせてくれの一点張りで、仕方ねえからプロジェクトの事を伝えたら、即決したんだと。そのときの署名も見せてもらったよ」
「……」
「だから、蝶野が望んだなら仕方ねえなって。まあ、蝶野の記憶が今のオレに引き継がれてたら、今頃病んでたかもしんないけど、幸いそういうこともなくて安心したわ。虐待とか恐ろしいだろ、そんな記憶が残ってたら」
「恐ろしい……記憶が残ってたら……」
――――惨めになんだよ……!!!――――。
「おい、どうした、シン。顔が真っ青だぞ」
「ごめ……ちょっ……」
俺は盛大に戻した。胃液が出て、苦しくて、視界が滅茶苦茶になる。
瞳の奥がぐちゃぐちゃになって胸が裂けていく苦痛に倒れた――――。
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