第6話 【まだ】渋谷、カラオケ、ダサい先輩【平和】

「6月になってしもた! 3連休がないー! 最悪やー!」


 6月になって最初の部活の日。相変わらず騒がしい先輩が部室で叫んでいるが、俺はスルーして定位置に座った。颯太が先輩を慰めている間に、ゆかりも部室にやってきた。

 ゆかりは通学バッグから本を取り出して、興奮気味に先輩に話しかける。



「みやこ先輩! 私、この小説読んだんですけど、とっても感動しました。とってもハートフルな物語なんです。強い絆と言うか家族愛を感じて、最高でした!」

「へえ~」

「へぇ~って、先輩、『明日を君と』読んでないんですか?今、結構話題になってますけど」


 思わず俺は口を挟んだ。


「ん~? そうなん?」


 颯太が身を乗り出して、会話にざる。


「そうですよ、美夜子先輩。僕も当然読んでますけど、『明日を君と』、略してアスキミは今度、映画化もするんですよ。あ、美夜子先輩、今度映画行きませんか?」

「強引過ぎるぞ、颯太」

「ぐいぐい来よるわ~」

「でも、本当に良い物語なんですよ。特に病気の主人公をお母さんが励ますシーンとか」

「あ~俺もあそこはジーンと来た。家族って良いもんだな~って改めて思うよね」

「家族……」

「先輩? どうかしました?」

「ん? あ、いや」

「?」

「ふふ。ここで言ったら、みやこ先輩がお母さんですね」

「お……お母ちゃん? ウチが? ウチは末っ子のくそガキポジがええよ~」

「そうだよ、ゆかり。先輩がお母さんなんて家族が疲れちゃうよ」

「ああ? どういう意味や」

「ふふふ」


 ゆかりがメロン紅茶を一口飲んで、テーブルに置いた。


「あ、あのさ、皆で夏休みにカラオケ行かない?」

「どうしたの、ゆかり。唐突だね」

「あのね、友達に聞いたら、他の部活では夏に思い出作りとかするんだって。皆で合宿したり、バーベキューしたり。私達も、そういう思い出作りしたいなって思って」

「俺はしたいけど。でも、先輩は受験生だから、夏に時間取らせちゃまずいだろ」

「あ! そうでした。ごめんなさい。みやこ先輩」

「いや、ええって。う~ん。ほなら、来週の土曜とかにせん?」

「え、急ですね。僕は全然良いですけど」

「いや~、7月は期末試験あるし、その後すぐ夏休みやん。9月以降はまた、色々せわしないし、色々考えると、来週がええなって」


 颯太がスマホのカレンダーを見て、少し考えてから口を開いた。


「そうですか。先輩が来週がいいなら僕はそれで。新とゆかりはどう?」

「おう、大丈夫」

「無理言ってすみません。ありがとうございます!」と、ゆかりは頭を下げた。

「ええって、ええって! ウチも思い出作りとかワクワクしてきたで~!」


***


 次週の土曜日、俺は渋谷のハチ公前にいた。


(それにしても人が多いな。皆、迷わず来れるかな。特に先輩)


 不安を覚えながら腕時計を見ていると、ナンパする声が聞こえてきた。


「やっほー。お姉さん、ちょっと時間ある?」

「すみません。ちょっと急いでるので」

「そう言わずに~。俺さっき北海道から来たの、すごくない?」


 顔を上げると、茶髪ロン毛のチャラそうな男に絡まれている困り顔のゆかりがいた。


「ゆかり!?」

「あ、新くん!」


 駆け足でゆかりがこちらに近づいて来ると、ナンパ男は舌打ちを1つして去って行った。


「ありがとう、助かったよ」

「いいって。大丈夫?」

「うん。大丈夫」

「そっか、良かった」


 ゆかりと一緒にいて気が付いたが、やけに視線を感じる。ゆかりはやっぱり目立つんだな、と実感した。


「新くん」

「どうしたの?」

「今日の服、どうかな?」と、ゆかりは手を広げ体をよじりながら、ベージュのミニスカートをひらひらと左右に揺らした。

「え? あ、いいじゃん。似合ってるよ」

「えへへ、ありがとう」


 視線を落としたゆかりは、若干頬が赤いように感じた。

 数分後、よお、という声と共に颯太が現れた。


「おはよ、ゆかり。清楚系って感じでいいね」

「ふふ。颯太くん。ありがとう」

「そういやさ、美夜子先輩、今日はコンタクトレンズで来るって言ってたな」と、颯太がニヤけながら言った。

「あー、そうだな」

「私、みやこ先輩の素顔、まだ見たことないから楽しみ~」


 俺らは3人で他愛もない話をしながら先輩を待ってると、いきなり人混みが割れて道が出来た。


「ん? 何だ?」

「よぉ~っす!」

「う……うわああああ!!? くそだせえ!!」


 俺は絶叫していた。そこにはマンガ肉のイラストがプリントされた緑Tシャツを来た先輩がいた。しかも、イラストの上に「ニク」と書かれている。下はデニムのショートパンツに、長靴みたいな靴を履いていた。隣の颯太は石像のように固まっていた。


「おお~。ゆかりはアイドルみたいや。かわええなぁ」

「えへへ。ありがとうございます」

「先輩、なんなんすか、そのTシャツ。ダサさが極まってますよ。デニムのショーパンはいいですけど、靴もダサいなあ」

「なんや。イカしとるやろ、このティーシャ。古着屋で100円でぉたんや」

(Tシャツのこと、ティーシャって略す人、初めて見た)

「ぼ……僕は前衛的でよろしいかと思います!」

「えぇ……」

「私も、こ……個性的でいいと思います」

「せやろ、ええ感じやろ」


 颯太もゆかりも顔を引きつらせながら笑っている。


「颯太はありなの?」

「顔を入れればギリセーフだ」

「じゃあ、服単体だとアウトじゃねーか」

「さあ、ごちゃごちゃ言うとらんと、行くでー」

「あの、せめて上だけでも着替えましょ? なんか買いましょ?」

「ええって。それに服に金使うの、もったいないやん」

「俺、出しますから! もうちょいマシなの着ましょ? ね!? 皆もちょっと服屋、寄っていいよな?」

「え、まあ、僕はいいけど。ゆかりは?」

「う、うん。新くんがそうしたいなら、いいよ」

「えぇ~。ほんまに言うとるん?」


 そうは言ったものの、女性ものの服屋なんて分からなかったので、ゆかりの勧めで渋谷108の1階の服屋に行くことにした。ゆかりと颯太には店の外で待っててもらって、先輩と俺で店に入った。


「え~とぉ……お客様にあう服ですかぁ……」

「そうです。せめて上だけでも着替えさせたいんです。なんかありませんか?」

「なあ新。店員さん、困っとるやん。もうええって」

「あ! こちらはどうですか~?」

「パーカーですか?」

「夏用のパーカーです~。5分丈だし、薄手なのでサラッと着られますよ~」

「おお! これを着れば、このダサいTシャツを隠せるってことですね!」

「あ~……いえ、羽織ものとしてよろしいかと~」

「ありがとうございます! ね、先輩、これ着ましょ! ね!」

「なんや、えらい可愛いやん。これなんぼや」

「3980円です~」

「たっか!!」

「俺、出しますって! ね、さっさと着替えましょ! ね!」

「んぇ~?」


***


「あのさ、颯太くん」 


 ゆかりに話しかけられて少々驚いた。驚いたのは、いきなり話しかけられたからではなく、その目が虚ろだったからだ。


「う、うん? どうした、ゆかり」

「新くんって、みやこ先輩のこと、好きなのかな?」

「え? 僕は、そんな風に思わないけど」


 正直、この回答には多少僕の願望が混じっている。


「だって、今だって・・・・・・」

「あ~。新は前から世話焼きな性格じゃん。好きとか、そんなんじゃないよ」

「そ、そうだよね。新くんって、昔から人助け好きだもんね。私だって、助けられて、新くんのこと……」

「……あ、新たち、会計終わったみたいだよ。まぁ、気にしなくていいと思うよ」

「うん、ありがとう。颯太くん」

「いいよ。あ~、パーカー姿の美夜子先輩、楽しみだなー」

 僕は自分の中にある僅かな疑念を晴らすように、明るい声を立てた。


***


 俺は会計を済ませた後、買ったパーカーを着た先輩と共に店を出た。

「颯太、ゆかり! ごめん。お待たせ」

「新! いいって。おお! 美夜子先輩、すごくいいです!」


 颯太は両手でガッツポーズを作りながら、先輩を褒めた。


「ほ、ほんまに?」

「パーカー姿のみやこ先輩、かわいいです!」と、ゆかりも続いた。

「そう? おおきに」

「じゃあ、美夜子先輩も変身したし、そろそろカラオケ行きますか!」

「お~!」

「あいよ~」

「うん……」


 カラオケに行く道中、俺は伏し目がちなゆかりが気になった。


「どうした、ゆかり。あんま元気ないじゃん。もしかして、108で待たせすぎたせいで、疲れちゃった?」

「え! ううん、そんなことないよ。あ、ちょっと今日暑いからかな?」

「そう? ならいいけど」


(前方にいる先輩と颯太も黙々と歩いているし、気にしすぎかな。)


 カラオケに着いた俺らは、とりあえず有名曲を片っ端から入れて歌って盛り上がった。その後は、颯太がアニソン、俺がJ-pop、ゆかりがアイドルの曲を中心に歌った。先輩はアニソンからJ-pop、洋楽まで幅広く歌っていて、しかも意外と美声なのが面白かった。

 先輩がシャウトしている途中で、俺はドリンクバーに行くため席を立った。グラスにコーラを注いでいると、後から颯太も来た。


「よー。新、歌めっちゃ上手くなってるじゃん。ビックリしたわ。」

「え? そうかな。家でたまに歌ってるからかな? でも、先輩の方が上手いだろ。ビビったわ」

「だな。さすが美夜子先輩だわ」


 メロン紅茶を入れ終わった颯太が、俺に向き直った。


「なぁ、新。美夜子先輩もいいんだけどさ、ゆかりのこと、もっと気にしてあげた方がいいと思うよ」

「え? あ、やっぱあんま体調よくないんだな!」

「いや、ちがっ……えっと、たぶんお前ともっと話したいんだと思うぞ」

「え? そうなの? それなら、そう言えば良いのに」

「ゆかりはそういうこと言えるタイプじゃないだろ」

「え? そうかな?」

「……とにかくさ、もっと話しかけてあげた方がいいと思うぞ」

「お、おう。分かった」


***


 俺が2本目のグラスに野菜ジュースを入れた後、颯太と一緒に部屋に戻ってくると、先輩とゆかりは歌わずに話をしていた。

「あれ、歌わないんすか?」

「ああ、ちょっと休憩タイムや」

「あ、そうだ。ゆかり! 体調大丈夫か?」


 俺は声をかけながら、ゆかりの顔を見つめた。


「え!? あぁ、大丈夫だよ!」

「そうか。でも無理するなよ。今、ゆかりのために、ドリンクバーで野菜ジュース入れてきたんだ。一応飲んでおいたら? ほら!」

「え!? あ、ありがとう」

 俺は颯太の方をチラリと見たが、怪訝な面持ちをしていた。

「ん! あ~なんやウチも野菜ジュース飲みたなってきたわ。ドリバー行ってくるわ~」

「あ、僕も見てたら飲みたくなった、行ってくる」

「おー、いってらー」

 ガチャリと閉まった扉を猫背でボーっと眺める。

「……やっぱさ、見てたら飲みたくなってくるもんだよな。俺もよくある。あれ、不思議だよな」

「あ、あのさ、新くん」

「え、あぁ。何?」 


 右を向くと、眉毛をハの字にしたゆかりの顔が近くにあって驚いた。


「あ、あのさ……みやこ先輩のこと、好きだったり、しないよね?」

「は!? ないない! どした?」


 俺は少し体を後ろに引きながら答える。ゆかりの眉毛の角度が穏やかになって、顔が遠ざかる。


「だって、みやこ先輩と凄く距離が近いなって思って。さっきだって服を買ってあげたし。わ、私とはそこまで距離が近くないっていうか、あ、颯太くんともそんな距離感じゃ無いのにっていうか……」

「え? そうか?まあ、先輩は話してて楽しいし、なんかほっとけないっていうか、危なっかしいじゃん。だから、つい口出ししちゃうんだよな。後輩なのに生意気だよな~。反省します」

「あ、いや、そうじゃなくてね、仲いいのはいいんだけど……」

「ゆかりも颯太もしっかりしてるからさ、本当頼もしいよ。先輩は手のかかる妹みたいな感じだからさ。ホント困っちゃうよな、年上なのにさ」

「……新くん」


 ゆかりは、一回俯いて、その後、意を決した表情で顔を上げた。


「新くんは」

「うん」

「私のこと――――」


 プルルルルルル。その瞬間、けたたましく電話が鳴り響いた。


「あ、もう時間か。もしもし。……はい、はい。延長は無しで」


 電話を切った俺は、ゆかりにさっき何を言おうとしたのか聞いたが、困ったような笑顔を浮かべて、答えてはくれなかった。


 先輩と途中で別れて、三人でよいの街を歩く。


「今日は楽しかったな~」

「だな。充実してた」と、颯太が返す。

「だな~」

「……」

「ゆかりも楽しめた? 体調大丈夫だった?」

「う、うん! 楽しかったよ。大丈夫だったよ」

「……僕さ、文芸同好会で青春できるとは思わなかったわ」と、颯太はしみじみと語った。

「な! 王道ではないけど、俺ら青春してるよな。な、ゆかり」

「うん。そうだね……」


 振動したスマホを見ると、先輩から「今度ラーメン5杯奢るわ」とレインが来ていた。

「そんなに食えないので気にしないで下さい笑」と返しておいた。



◇◇◇◇◇


【親愛なる読者の皆様へ】

 お読みいただき、ありがとうございます!

 また、ここまでで「いいな」「続き気になる」と思われた方は

 ♡、★、コメント等、応援頂けると俺が泣いて喜びます!



 今回で平和ゾーンは終了です。


 ここから先は……


 ……雰囲気が変わります。



 引き続き、よろしくお願い致します。


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