第4話 【平和?】部活の歓迎会をここで……?


 ゴールデンウィークが明けても、休みぼけが治らないまま学校に通った。席替えがあったが、颯太と健とはまたしても席が離れてしまった。そして、気が付くと中間試験前の部活動停止期間になっていた。

 今日の帰りのホームルームには、白波先生が緊張した面持ちで現れた。


「え~昨日、清蘭せいらん女子高校の近くで黒づくめの不審者の男が出たらしい。高校の中を覗うようにうろついていたようだが、先生に声をかけられて逃げたという。皆、もう今日は帰ると思うけど、くれぐれも気を付けて帰るように。先生達もパトロールしてるから、何かあったら、すぐに教えてくれ。それじゃ、一池」

「はい。起立、気をつけ。礼!」


 礼を終えると、多くのクラスメイトは不審者の話を始めた。


「黒づくめだって、怖~」

「清蘭女子って、すぐ近くじゃん。ヤバ」

「新!」


 話しかけられて振り向くと健がいた。


「一緒に帰ろうぜ」

「おう」

「新、ゆかりも誘うか」

「そうだな。不審者のこともあるしな」


 俺らはゆかりも誘って、3人で学校から出た。颯太は先輩が心配だと言って、どこかに行ってしまった。おそらく先輩の教室に向かったんだろう。

 駅で電車を待っていると、健がスマホの画面を見せてきた。


「護身術?」

「そ、こないだテレビでやっててさ。マジでかっこよかった。お前もゆかりも、いざという時のために身につけといた方がいいぞ」

「へえ~色々あるな」


 様々な護身術の画像が載っているページをスクロールして見ていくと、ある画像を健が指さした。それは、肘打ひじうちの図だった。


「あ、これ、テレビでやってたんだよ。ひじを反対の手で支えながら、敵の肋骨に打ち込むって技。ヤバくね?」

「健くん……」と、興奮気味の健をたしなめるようにゆかりが呟いた。

「あー。俺はひじ使う系は無理だわ」

「あ! すまん。俺……」

「いいって。あ、こっちとか良さそうだな、顎に頭突き、かますの」

「ああ、これも良いぜ。懐に入って頭突きをガツーンとな」

「俺、いざとなったら、これやろ」

「まー、護身術使う機会なんて、来ない方が良いんだけどな」

「だよな」


 結局その日も、次の日も、その次も、何事もなく平和に過ぎていった。


***


 5月下旬の昼時分、中間試験の最後の教科である数学の試験終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。ため息、ペンを置く音、紙がひらめく音が脱力した身体に流れ込んでくる。俺はこの瞬間が割と好きだった。


「終わった……」

「よお、腹減ったな。飯食おうぜ」


 健が弁当を持って話しかけてきた。俺と颯太と健で机をくっつけると、健だけが弁当を広げて食べ始めた。


「お前ら食わねえの? この後、部活あるだろ?」

「あ~なんか、俺らは食わないで待ってろって先輩に言われたんだ」

「あ~あの良く来るメガネのチャキチャキしてる人?」

「そうそう」


 数日前、颯太が先輩に会いに行った時、中間試験の後、飯を食わずに待ってるように言われたという。そして、颯太は先輩と帰ることはできなかったので一人で帰ったらしい。


「てかさ、あの先輩、眼鏡取ったらぶっちゃけかわいいの?」

「まあ可愛いな、颯太のドストライクだ」

「控えめに言って大天使だ」

「うはっ、マジか。俺も見てみたい」

「新くん。颯太くん。あ、健くんも」

「ゆかり!」

「試験おつ~」

「うん、皆お疲れ様。どうだった?」

「聞かないで」

「俺はサッカーに生きる!」


 ゆかりも椅子に座って4人で話してると、健が弁当を食べ終わった頃に先輩が来た。


「お~集まっとるね~」

「先輩」

「もう腹ぺこですよ~」

「あ、じゃあ俺はこれで」


 そう言って健は立ち上がると、ゆっくりと先輩の顔を眺めながら教室を出て行った。


「ん? なんや、ウチ何か顔についとる?」

「いえ、何も」

「美夜子先輩。僕はもう腹が減りすぎてヤバいです」

「ふっふっふ。そんな君たちにお勧めしたいところがあんねん」


 俺たち3人は空腹のまま、先輩に連れられて学校を出た。


「この道をガー行って、シュッ入ったとこや!」と、不思議な道案内をしながら先輩が先頭を歩く。

 しばらくすると、先輩はいきなり立ち止まって叫んだ。


「ここや! たぬきの俺ラーメンや!」

「たぬ俺じゃないっすか」

「新、知ってるのか?」

「名前だけな、入ったことはないけど。先輩ここ、うまいんすか?」

「めっちゃうまいで」

「マジすか」

「今日の部活はココで新入生歓迎会や!」

「こ、ここで!? 先輩、マジで言ってます?」

「マジマジ。2階にテーブル席あるんや、ゆっくりできるで! 大将にも許可取ってあんねん」


 そう言うと、先輩は引き戸を思いきり開けた。


「大将、きたで~」

「おお~オーサカ娘! 2階空いてるから」

「おおきに~。ほな行こか」

「……はい」


 2階に行くと、「予約済み」と書かれたアクリルスタンドが置いてあるテーブルを見つけた。そこに、全員腰掛けると、先輩がメニュー表を真ん中に広げた。


「いっぺん、新入生歓迎会やっとかな~思うてね」

「それはいいんですけど、もうちょっと場所の選択肢ありませんでした?」

「ん? あ、まさか、ラーメン嫌いな人、おらんよな?」

「いや、大好きですけど」

「僕も。ゆかりは?」

「私は……」

「え、もしかしてマジで嫌いやった?すまんな。店出る?」

「いえ、あの、男の人の前でラーメン食べるの、ちょっと恥ずかしいって言うか」

「なははは! そんなことかいな! 慣れや慣れ!」

「別にゆかりが豪快に啜ってても大丈夫だよ!」

「そうそう! 僕ら、そんな事で何か思わないから」と颯太も同調する。

「あ、ありがとう。実はね、背脂醤油ラーメン好きなんだけど、引かない?」と、ゆかりは顔を赤らめながら小さく言った。

「え! 全然いいと思うけど」

「ありあり。むしろ良い」

「よかったあ」

「ほな、ラーメン頼むで。オススメはたぬ俺ラーメンや」


 数分後、4人分のラーメンが到着した。背脂の乗ったコクのあるスープが中細麺によく絡んで、確かに絶品だった。

 颯太は箸とレンゲを持ったまま、向かいに座ってるメガネを外した先輩に話しかけた。


「美夜子先輩は、引退はいつされるんですか?」

「ん? 例年は7月までやけど、今年は文化祭までいんで。ウチが文化祭のやり方、教えなアカンやろ。まあ、大したことないんやけど。」

「みやこ先輩、受験で忙しいだろうに。ありがとうございます」

「なははは。かまへんかまへん」

「でも、受験勉強に差し障りのない範囲でお願いしますね」

「分かっとる、分かっとる」

 ラーメンを食べ終わった後は、しばらく店でまったり雑談した後、試験が疲れたという理由で全員そのまま帰宅した。


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