第3話 【平和です】部活の新メンバー



 白紙の入部届を見つめて私は悩んでいた。


「もう28日だよ~。どうしよう」

「ゆかり! もう女テニに入部届出したよね?」

 ポニーテールを揺らしながら、右隣の席の瑠衣華るいかちゃんが話しかけてきた。

「あ、瑠衣華ちゃん。ごめん、実はまだなの。」

「なんで!? 女テニ、入らないの?」

「実はまだ迷ってて」

「なんで?」

「昨日ね、新くんが文芸同好会っていう部活に入ったって聞いて」

「へぇ~。なるほどねえ」


 瑠衣華ちゃんが頬杖を突きながら、ニヤニヤと見つめてくるから、つい目を逸らしてしまった。


「ちょ、瑠衣華ちゃん。止めてよ」

「え~? い~じゃん。青春だね~」

「もう」

「それで、その文芸同好会ってやつと、女テニで迷ってるんだ」

「うん」

「……もう結論は出てそうだけど」

「え?」

「ううん、何でもない。じゃあさ、その新って子に相談してきたら? どっちが良いかな、って」

「あ! そうだね、そうするね! 早速行ってくる」


 私は廊下に出て、新くんのクラスへ向かった。すると、ちょうど廊下に新くんを見つけた。


「あ、新く……」

「おう、新、おおきに!」

「何で、後輩に消しゴム借りに来るんですか……」

「ええやん。後輩のなら汚してもかまへんからな」

「ひっど! ひどすぎる!」

「美夜子先輩。僕の消しゴムなら、いくら汚しても良いですよ。むしろご褒美です!」

「なあ、新。こいつこんなキショいキャラやったっけ?」

「先輩のせいで、色々覚醒しちゃったんですよ」

「なんでウチのせいやねん」


 私は楽しげな新くんたちを遠目に眺めた。


「新くん……」


 新くんと颯太くんと、おかっぱ頭の先輩と呼ばれてる人が賑やかに話をしている。しかも、新くんは私が見たこともないような豊かな表情で、いきいきとした声で。


「ほな! 放課後、部室でな!」

「はい」


 部室ってことは、今の人が文芸同好会の人なんだ。文芸同好会の雰囲気って、あんな感じなんだ。


「た……楽しそ~!」


 私はそのまま踵を返して、職員室に向かった。



***



「あ~諸君。今日はスペシャルなニュースがあるでやんす」

「先輩、キャラおかしいですよ。いつにも増して」

「今日もお美しいです、美夜子先輩」


 放課後、部室に集まった俺と颯太は、相変わらず適当に本を読んだり、雑談したりしていた。ちなみに、先輩に貸した消しゴムは粉砕されておらず、綺麗な状態で返ってきたので安心した。


「粉砕されてなくて良かった」

「ゴリラか、ウチは!?」


 咳払いを1つして、エアマイクで先輩が話を続けた。


「え~今日、新入生の女の子が1人、入部したでやんす」

「ええええ!? こんな魔境に!?」

「そんな! また垂れ目美少女だったら、僕はどっちを選べば良いんだ!?」

「颯太……」

「え~、じゃあ、入ってもらうでやんす。どうぞ~」


 扉がガラリと開いた。俺と颯太は2人同時に叫んだ。


「ゆ……ゆかり!?」

「えへへ」

「なんや、知り合いかいな」

「ゆかり、なんでこんなとこ入っちゃったんだよ。女テニはどうしたんだよ?」

「私、女テニも良いなと思ったけど、こっちの方が楽しそうだったから」

「確かに。楽しくて面白い先輩がいるから、色々楽しくて楽しいぞ!」

「颯太くんも、なんかいつもと違う雰囲気になってて楽しいね」

「ゆかり……」

「あ~じゃあ、とりあえず自己紹介、やってもらえまっか?」

「あ、はい! みやこ先輩。え~、1年3組、星空ほしぞらゆかりです。好きな本は「空の王子様」です。心が温かくなるような、ハートフルな物語が好きです。よろしくお願いします」

「おお~」


 俺ら3人は思わず拍手をしていた。


「ええやん。部活って感じやん」

「そうですね、美夜子先輩」

「あれ? 俺らって、ちゃんとした自己紹介してなくね!?」

「あ、確かに」

「もうええやん。細かいことは」

「えぇ……」

「じゃあ、お待ちかね、風鈴堂のメロン紅茶や。こぼさんようにな」


 先輩がいつもどおり、紙コップに入ったメロン紅茶を全員に配ってくれた。


「あ~では僭越ながら、新たな出会いに! かんぱ~い!」

「かんぱ~い!」と俺たちは紙コップを掲げた。そういや俺たちの時、乾杯もしてなくね、と思ったが、あえてツッコまないことにした。


「みやこ先輩、この部活はどんなことをするんですか?」

「ん? 放課後に集まる、本を読む、感想を言いう、メロン紅茶を飲む、以上や!」

「わあ、素敵ですね」

「あぁ、あと文化祭では本を作って展示するんや」

「良いですね。一人一作品、何か作って本にする感じですか?」

「せやで。小説でも、詩でも、何でもええから一人一作品作ればええんや」

「なるほど。何を作ろうかな、今からワクワクします!」

「なんや、めっちゃやる気あるやん。他の2人とはえらい違いや」

「僕はやる気ありますよ!」

「君のは別ベクトルやねん」

「そんな……」


 先輩が「あ、そうや」と言って、またエアマイクで立ち上がった。


「え~当同好会は国語準備室を借りさせていただいてるので、周りの本棚にある本は汚さないように、というか手を出さないでください。この真ん中の机の上で、本を読んだり色々してください。以上!」

「え~そんなこと最初に言ってくださいよ」

「すまんって」

「ふふふ。なんか良いですね。この感じ」

「そうか? 俺はなんか疲れるんだけど」

「私も、仲間って感じがして好きです」

「ゆかりも分かるか。僕もこの同好会の空気、いいなって思って」

「二人とも凄いな。俺はなんだか先輩が濃すぎて胸焼けするよ」

「あ? ウチは油ギトギトラーメンってか?」

「ふふ。みやこ先輩は本当に楽しい人ですね」

「そう?」

「はぁ」


 こうして1か月目の高校生活は慌ただしく、だけどそれなりに充実感を持って過ぎていった。



◇◇◇◇◇


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 まだ平和です(^^)

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