第2話 【平和や!】奇天烈な先輩
母さんが言ってた通り、4月もあっという間に最終週になってしまった。
「まずいな~、まだ部活決まってないぞ」
クラスを見渡すと、部活のユニフォームに着替えてるやつが半分くらいいて、雑談を楽しんでいる。
「部活どこ入った?」
「小遣い5000円って少なすぎだろ、マジ毒親じゃん」
「英語の小テストっていつだっけ?」
とりとめのない会話が頭上を飛び交っている。スマホをスクロールしたとき、ガラッ、と教室の扉が開いた。
「は~い。生徒諸君、席に着きなさ~い」と言いながら、担任の
「え~入部届についてですが、締め切りは今週の金曜、28日です。まだ出してない生徒君は、28日までに提出するよ~に! それじゃあ、一池」
「はい。起立、気をつけ。礼!」
サッカー部に行く健と別れて、俺と颯太はブラブラと廊下を歩いていた。
「どうすっかな~」
俺たちはここ2週ちょっと、色んな文化部の体験入部をしてきたが、どれも入部に至らなかった。美術部でスケッチしたところ、二人とも絵心が皆無なことが発覚し、生物部では虫の解剖現場を見た颯太が吐いた。地学部に行った時は、先輩に地層の話を熱く語ってもらったが、そもそも俺らは地層に興味がないことを思い出した。
「僕ら、このままじゃ帰宅部だぞ」
「まあ、なんかあるだろ。最悪、地学部に入ろうぜ」
「そうだな。もうそれしかないな」
そんな話をしながら、部活紹介のポスターがたくさん貼られた掲示板の前に来た。
「もう俺ら、文化部は全部行ったよな」
「そうだな。ん?」
「どうした颯太」
「これ、行ったっけ?」
颯太が指を差したのは、右下の方に貼られていた小さなポスターだった。
「なになに? 文芸部(文芸同好会)? 部員求ム?」
「その下に『楽しい部活や! @国語準備室』って書いてあるな」
「何これ、普通に怪しくね?」
「まあ、普通に怪しいな」
「……」
「……」
「……でも、俺、ちょっと見てみたいかも」
「分かる。なんか変なものって、ちょっと覗いて見たくなるよな」
「颯太もそう思う? まあ、ちょっと覗いてヤバそうだったら逃げればいいか」
「そうだな。もう他に行く宛ても無いしな」
そうして、俺と颯太は怖いもの見たさで国語準備室の前に到着した。
「よ、よし、開けるぞ」
「おう、頼む。新」
恐る恐る扉を開ける。そこは8畳くらいの部屋だった。真ん中にテーブルがあって、部屋の両サイドには本棚が並んでいた。奥の壁の窓にはカーテンが引かれていて、部屋全体が仄暗かった。
「だ……誰もいないな」
「なんや君たち!」
「う、うわあ!!??」
「な、なんだ!!??」
その人は急に下からニュッと現れた。いや、冷静になればテーブルの下にいた人が立ち上がっただけなんだろうが、俺たちはちょっとしたパニック状態になった。その人が、おかっぱ頭に、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけていたのも余計に怖かった。
「よ、妖怪! 妖怪!」
「はあぁん!? 誰が妖怪やワレ! いてこますぞ!」
「ひぃぃぃぃ! 颯太! 逃げるぞ」
「いや、ちょっと待て、新」
後ろにいた颯太が、先に正気を取り戻していた。
「あの、ここって文芸部ですか?」
「あぁ? せやけど。もしかして君たちは部活見学の人でっか?」
「あ、そうです。僕たち1年で、僕が颯太で、こっちが新です」
「なんや、それをはよ言うてや」
そう言うと、その
「す、すみません。取り乱して」
「妖怪はさすがにショックやわ。先輩に失礼やで」
「スミマセン」
俺と颯太を交互に見た瓶底メガネ先輩が口を開く。
「なんや、2人だけかいな。まあ、部活存続出来るし、ええか」
「……」
「あの、文芸部と文芸同好会ってなんか違うんですか?」と、颯太が質問した。
「ああ、元々は部活としてやってたんやけど、部員が5人未満になってからは同好会に格下げされてもうたわ」
「じゃあ、今は文芸同好会なんですね」
「まあ、そうなんやけど、文芸同好会ってちょい長いやん。せやから普段は文芸部って呼んどるんよ」
「そこら辺、適当なんですね」
「まあ、同好会でも入部すれば、世間体的に部活に入っとる扱いになるからええやろ。ぜひ、入ってや」
「新、どうしよ?」
俺は首をブンブン横に振った。瓶底先輩がジト目で俺を睨んでくる。
「てか、部員、ウチ一人やねん。しかも、ウチ3年やねん。今年、新入生入らんかったら、ウチの代で滅亡するんよ。お兄さんたち、人助けや思うて入ってーや。な? 可愛い先輩のお願いやで」
瓶底先輩は両手を合わせて顔に沿わせてる。可愛い子ポーズをしているのだろうが、瓶底メガネのインパクトのせいで
颯太も困惑した表情を浮かべている。もう俺らには、ココか地学部しか残っていないが、正直どちらも嫌だ。しかし、どちらがより嫌かと言われたら、こっちの方が嫌だ。こんなエキセントリックで、コテコテな大阪弁を話し、ぶりっこポーズをするギャグみたいな先輩、ものの数分話しただけで胸焼けしてきた。この手のタイプは離れて見ている分には楽しいが、近づくと火傷すると本能が警告していた。
颯太は上手い断り文句を探すように目がキョロキョロ動いていたが、見つからなかったようで目の玉がすっかりフリーズしていた。
「颯太、もう行こう」
「あーもう!! じれったいわ!!」
俺らに痺れを切らしたように、瓶底先輩がメガネを乱暴に外した。
「!!!?」
俺は驚愕した。眼鏡を取ると、瓶底先輩の目が2倍くらい大きくなり、しかも、垂れ目で、左目に涙ボクロがあったのだ!
まずい! 垂れ目に涙ボクロは颯太のドストライク!
「颯太! 見るな!」
「新、僕は天使を見つけたぞ」
遅かった。颯太は完全にやられていた。
「なんや、見るなって。人をメドゥーサみたいに。君、さいぜんから失礼やで」
※さいぜん:さっきの意味。関西弁。
瓶底先輩はふくれっ面をしている。
「そうだぞ、新! 先輩は化け物なんかじゃない、天使だったんだ」
「ん? その言い方やと、最初は化け物に見えてたって事に……」
「せ、先輩! 入部届どこですか?」
颯太は慌てて話を変えた。
「ああ、顧問の山田先生が持っとるから! 提出も山田先生にしといてな!」
「かしこまりました! 新、行くぞ!」
「え!? マジで!?」
ウッキウキの颯太に腕を引っ張られて、職員室に連れて行かれた。
その後の記憶はあまりないが、気が付いたら俺は国語準備室にいた。
「ようこそ! 文芸同好会へ! はいこれ、
「あ、ありがとうございます!」
弾んでいる颯太の声が聞こえる。
「ほれ、新」
「あ、ありが、ござ、す」
「なんや、しっかりせぇ」
渡された紙コップに入った紅茶からは、メロンの良い香りが漂ってきた。一口飲んで、先輩を見ると瓶底メガネをしていた。
「あれ? メガネ……」
「もったいないよな、せっかく超絶美少女なのに、先輩はメガネする派なんだってさ」
「せや! いざっちゅう時に外すんや、かっこええやろ」
「はは……」
「なんや、その乾いた笑いは!」
メロン紅茶をテーブルに置いた颯太が、身を乗り出して先輩に質問した。
「ところで、先輩。この同好会の活動内容って、どんな感じですか?」
「んあ? 放課後に集まる、本を読む、感想を言い
「ざっくり~。しかも、なんか変なの混じってる」
俺は早くも不安を感じたが、颯太の目は輝いていた。
「素晴らしい活動内容です先輩。ちなみに、文化祭とかって何かするんですか?」
「本を作って、展示するんや」
「そうですか、勉強になります」
瓶底先輩は全体的にアバウトな人だなと思いながら、ふと、疑問に思ったことを訊いてみた。
「そういえば、瓶底先輩は名前なんて言うんですか?」
颯太が吹き出した。
「あぁん!? 誰が瓶底先輩やねん!」
「あ、スイマセンスイマセン! つい」
「ついも、故意もあらへんで! ホンマ失礼なやっちゃな」
「スイマセン!」
「でも、先輩の名前、僕も気になります」
颯太ナイスと思いながら、先輩の顔色を窺った。
「そう? ウチの名前は
「美夜子先輩って言うんですね。素敵です!」
「せや! 名前もかわちぃやろ。」と言って、先輩は無邪気に笑った。
それから、俺らはチャイムが鳴るまで適当に雑談を続けた。最初は強烈に思った先輩も、帰る頃には多少慣れて、面白い先輩と思えるような余裕が出来た。
先輩と別れた後の帰り道、颯太がまだ興奮冷めやらぬ様子で言った。
「運命の出会いってあるんだな!」
「お……おう、そうだな」
「生まれが大阪だって言ってたな。大阪の人ってどんな男がタイプなんやろな」
「おい、口調移ってるぞ」
「おお、これはお恥ずかしい限りにござる」
「大丈夫か、お前。キャラがバグってるぞ」
心配ござらん、と言う楽しげな颯太を見て、俺は複雑な思いが心に渦巻いたが、とりあえず感情を無にすることに努めた。
「あれ、颯太。そういや前に3次元卒業したとか言ってなかったっけ?」
「あ、それはー……やっぱ卒業できなかったわ」
「留年じゃん」
そうだな、と笑う颯太を見送って、俺も家路についた。
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