高校1年 1学期 ~平和な日々~
第1話 【平和】ありふれた日常
数ヶ月前の4月、俺――――
順風満帆な高校生活をスタートしていたわけだが、一つ残念なことがあるとすれば、それは同じ中学で幼なじみのゆかりとはクラスが離れてしまったことくらいか。とはいっても――。
「新くん!」
「あっ、ゆかり」
長く艶やかな茶髪を
「生物の教科書貸して!」
「あ~いいよ。ちょっと待って」
「お、ゆかりじゃん」
健が声をかける。
「健くん、それに颯太くんも。いいな~私も皆と同じクラスが良かったよ」
「そうだな。あ、じゃあ、またこの4人でカラオケとか行こうよ」と、颯太が提案した。
「うん!」
弾けるような笑顔を見せて、ゆかりは自分のクラスに帰って行った。
「いいよな~あんな可愛い子が幼なじみなんて。しかも、お前のこと、絶対好きじゃん」
健が俺を見てニヤリと笑う。
「やめろよ、健。そんなんじゃないって。まあ、幼稚園からの付き合いだから、そりゃ結構仲はいいけどさ」
「あ~うらやましい。俺にも可愛くて美人でスタイルのいい彼女ができないかな~」
「見た目ばっかり」と俺が笑うと、颯太が口を開いた。
「僕にはいるぞ」
「うっそ!! マジで!?」
「ああ」
そう言ってスマホの画面を見せつけてくる。
「彼女、天ノ川セイラちゃんだ」
「おま……二次元じゃん」
「三次元は卒業した。僕はさらなる高みを目指す」
「うわ……」
「お前マジか」
俺らが若干引いているところで、休み時間終了を知らせるチャイムが鳴った。
***
学校から帰って来ると、母さんが夕飯の支度をしていた。
「あら、おかえり。今日は新の好きなハンバーグよ~」
「あ、ありがと」
「ところで、部活の見学とか、ちゃんと行ってるの? 色んなところを見て、ちゃんと吟味しないとね! もたもたしてると、あっという間に時間なんて経っちゃうんだから~」
「ああ、考えてるとこ」
母さんのマシンガントークから逃げるように、階段を上がり、自室に入る。
「部活か・・・・・」
椅子に腰掛けながら、
いつの間にか寝ていたらしい。スマホをつけると病院のホームページが表示され、時刻は20時を過ぎていた。足早にダイニングに向かうと、ハンバーグにラップがされていた。
「何回呼んでも来ないから」
そう言いながら、母さんは食事の準備をし始めた。リビングでは、中学2年生の妹――――
「やっぱり
最近はアイドルの糸山瞬也を推しているらしい。
俺はハンバーグを食べながら、母の話に相づちを打つ。
「最近物価がどんどん上がっちゃって、大変よ~」
「そうだね」
「学校はどう? 颯太君と健君と仲良くできてる?」
「できてるよ」
「こないだの入学式で見たけど、ゆかりちゃん、すっごい美人になったわね~。アイドルかと思ったわ~」
「……そうだね」
適当に答えてると、母が一瞬ためらってから口を開いた。
「部活は、文化部にするんでしょ?
「うん」
母は、カレンダーに目をやって「次は来週ね」と呟いた。
***
翌日、放課後に学校近くのコンビニ前で、俺と健と颯太はアメリカンドッグを頬張っていた。春の暖かな日差しが目の前の歩道を照らしている。
「部活何にするかな~」
「な~」
先に食べ終わった健が串をクルクルと回しながら口を開いた。
「俺はサッカーにするぜ! 中学でやってたからな。お前らだって、そうじゃねえの?」
中学の時、俺らは3人でサッカー部だったのだ。颯太が少し考えてから答えた。
「でも、うちの高校のサッカー、強いだろ? 中学の時は弱小サッカー部で練習も緩かったからついて行けたけど、ちょっと高校になったらきついよな。なあ、新」
「あ、ああ。ちょっと見たけど、うちのサッカー部、かなり激しいじゃん。ぶつかったり、ひっぱりあったり。俺も高校は緩くいきたいからな」
「なんだよ、お前ら~。今を全力で青春しないと後悔するぞー。サッカー部が一番モテるんだぞ」
「いや、中学ん時、モテなかったけど」と、颯太が笑う。
「高校ではモテるはずなんだよ!」
二人が言い合っているのを横目に、肘のことが無かったらサッカー部に入りたかったな、と一人口の中の苦さを飲み込んだ。
***
1週間後、学校を早退した俺は、とある国立の総合病院の診察室にいた。
「MRIの結果は問題ないな」と呟きながら、脳神経外科医がパソコンのキーボードを叩いた。
「最近はどうかな?」
その切れ長の目をした医師は、ミステリアスな雰囲気を漂わせながら俺を見つめた。白衣を着ていても上半身の薄さが分かり、胸ポケットに「式美」と書かれた名札を付けている。三白眼のせいで少し冷たそうな印象を受けるが、薄い唇の両端を僅かに上げていた。伸びた前髪が右目を隠しており、黒髪が耳と襟首にかかっている。
「特に変わりないです」
「そうか、それは良かった。……そういえば高校生になったんだね。環境の変化で不安になったりとか、気持ちが落ち込んだりとかはないかな?」
何でそんなこと訊くのだろうと思ったが、単なる雑談かと思って「ないです」と答えておいた。
パソコンを操作しながら、先生は言った。
「そういえば、今飲んでるプラノセルバムって薬なんだけど、最近、副作用に幻覚があるって症例が出てきたんだ。君は大丈夫かな? 何か変なものが見えたり聞こえたりするとか、違和感みたいなものはない?」
「え……幻覚ですか? いえ、特には」
「そうか、なら良かった」
幻覚と聞いた俺は、そんなにやばい薬を処方されているのか? と、急に不安になってきた。
肘のせいで、サッカー部に入れなかった苛立ちもあったのかもしれない。不安や不満が口をついて出た。
「あの、俺って肘が痛む病気なんですよね? そのプラノセルバムって薬は肘の痛みを緩和する薬ですよね? なんで、幻覚とかそんな怖い副作用がでるんですか?」
医師の返事を待たずに続ける。
「そ、そもそもこの病気って、何なんですか? ネットで調べたけど出てこないし。薬だって、ネットに載ってないし。肘の痛みをとるだけなのに、そんなやばい副作用あるっておかしくないですか? いくら珍しい病気って言ったって、そんな――」
「新君!」
先生の大声で俺はハッと我に返った。
「す、すいません。俺……」
「いいよ。不安なのは当然だ。何しろ君のイースタ・イリス症候群は分かってないことが多すぎる。世界的に見てもかなり珍しい疾患だし、日本で数人しか症例がいない」
先生が俺に向き直って話す。
「君の病気について改めて言うと、突然、肘にビリビリと電気が走ったように痛む病気だ。酷くなると、ペンも持てなくなってしまう恐れもある。今のところ、プラノセルバムって薬を飲み続けることで痛みの発症を抑えることができると考えられている。原因はまだ分かっていないが、おそらく神経の炎症だろう。だから念のため、MRI検査も受けてもらっている」
先生は一呼吸置いて、続ける。
「痛みの発生機序、つまり発生するメカニズムも分かっていないし、結局のところ、根治療法でなく、薬を飲んで痛みを抑えるっていう対症療法しかないんだ。だから、薬を飲み続けて欲しい。もちろん、副作用が出たらちゃんと対処するから。ごめんね、こんなことしか言えなくて」
「い、いえ。俺の方こそ、すみません」
「あと、前にも言ったけど、肘は日常生活をおくる分には問題ないけど、激しく動かしたりとか、強い衝撃を加えたりとか、そういったことは避けてね。それじゃ、またお薬出しておくからね。お大事に」
俺は軽く会釈をして、診察室を出た。
帰り道、夜空を見上げて、なんで俺ばっかりこんな病気に、と奥歯を噛みしめた。 歩きながら、中学の時にサッカー部に入って良いか式美先生に相談した時のことを思い出していた。
「サッカー部? うーん、訊いてる限り、緩そうだし、激しく肘にぶつかったりとかはなさそうだね。まあ、いいよ。でも、もし肘が痛んだら、すぐにプレーを中止してね。最悪、退部することになるだろうけど、それは覚悟しておいてね」
幸い3年間、肘が痛むことは無かった。
「でも、高校でまたサッカー部入りたいって言ったら、今度は絶対ドクターストップかかるよな」
ため息をついて最寄り駅の改札を出ると、幼なじみのゆかりがいた。
「え? 新くん?」
「ゆかり?」
「え、凄い偶然だね。って、何か暗い? ……どうしたの? 大丈夫?」
「……ちょっと病院でさ」
「あ、もしかして肘の……」
「そう」
俺とゆかりはそのまま一緒に帰ることにした。ゆかりには以前、肘の病気について軽く話したことがあったので、俺の心情を察してくれている様だった。
「あ、あのさ、新くんは部活、もう決まった?」
「まだ。だけど肘のことがあるから、サッカー部はやめようかなって」
「あ、そうだね……」
ゆかりは残念そうな表情を浮かべた。
「ごめんな。そういや、中学の時よく試合の応援に来てくれてたな。健がサッカー部に入るって言ってたから、見に行ってあげれば?」
「あ、健くんが、そうなんだ……」
「うん。サッカーの試合見るの、好きだろ? 俺と颯太はいないけど、プレーは健が一番うまいから見応えあると思うよ」
「う……うん、そうだね」
前を向くと、ゆかりの家の玄関灯が見えてきた。
「あ、もう着いたね。じゃあ、また月曜日な!」
「う、うん! またね」
ゆかりが家に入ったのを見届けて、俺も自宅へ向かった。
◇◇◇◇◇
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しばらく、平和ゾーンが続きます(^^)
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