67話 初めての墓参り
「――ここに、シュウトのママとパパのお墓があるの?」
「らしい。俺も千夏姉ちゃんに初めて聞いたから、来たことがないんだ」
快晴の下の墓地を俺とイヴは歩き、やがてそれを見つける。
「母さん、父さん……」
四角い大きな石の真ん中には「櫂家之墓」とあり、すぐ側にある石の板には母さんと父さんの名前が書かれている。
養親に言われて一度も来られていなかったけど、ようやく……ようやく会えた。
俺の腕を抱いている彼女と一緒に石段を上がって彼らに近づくと、込み上げる何かを感じながら、それを堪えるように苦笑を浮かべた。
「……久しぶり」
◆
母さんとの一件があった後、俺とイヴはとりあえず近くの交番に入った。
中にいた警官は怪我を負った俺を見て一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに取り合って話を聞いてくれた。
交番だけでは処理できない問題だからと警察署へも赴き、虐待と判断された後は本格的な調査が始まった。
俺が用意した証拠は虐待と判断するには十分な材料だったが、その後の話を進めるにはもっと込み入った調査が必要らしい。
母さんや、俺を一緒に虐待していた父さんもすぐに逮捕されて事情聴取という名の取り調べを受けた。
そうして聞かされた予想を上回る状態に、俺は衝撃を受ける。
もともと彼女らが俺を養子として受け入れた理由は、俺の親の遺産を手に入れるためだった。
俺を引き取れば遺産も自分たちの手に入ってくるだろうと、そんな低俗な考えを実現させるためだけに、彼女らは最初だけ俺にいい顔をしたのだ。
彼女らが気にかけているのは俺の親の遺産だけだから、俺には興味がなかった。
だから俺をストレスのはけ口、身の回りの世話に当てたらしい。
彼女らにとっては、きっと俺も遺産についてきた副産物くらいに過ぎなかったのだろう。
間もなく彼女らは暴行罪、強要罪などの罪で起訴されて、養子縁組を解消する離縁手続きも認められた。
しかし俺の部屋の家賃は彼女らが払ってくれていたので、このままでは生きていくことができない。
そんな時に声をかけてくれたのが、イヴの母親であるエラさんだった。
『私の家なら、シュウトを養子として迎えられる。彼との良好な関係も築けているし、彼を傷つけるようなことは絶対にしない』
俺の虐待を担当してくれていた裁判所の人に彼女がそう訴えてくれたこともあり、俺は正式にデイヴィス家の養子になった。
――一方でまだ虐待の調査が進んでいた頃、文化祭準備によるバイトの休み期間が終わった。
周囲を騒がせたくなかったので何事もなかったかのようにバイトに行った俺は、業務時間が終了して他のスタッフが帰った後に千夏を呼び出した。
今日はお前から男子更衣室に呼び出すんだな、とひとしきり俺をからかった後、千夏は柔らかい笑みを浮かべながら問う。
「文化祭は楽しかったか?」
「あぁ。おかげさまで、人生で一番楽しい文化祭になったよ。休みくれてありがとうな」
「いんや、それならよかった。けど、私を呼び出したのはその話がしたいからじゃないんだろ?」
「あぁ、実は――」
「――えっ?」
俺はもともと、養親に虐待を受けていた。
そう前置きを置いて、そうなった経緯、それがもうすぐ解決しそうなことを説明した。
千夏は終始苦しそうに眉を顰めながらも、何も言わずに俺の話を相槌を打って聞いてくれた。
「……どうして」
ぼそりと呟いた千夏は、俺の両肩を揺さぶって叫ぶ。
「どうして私を頼ってくれなかったんだ!? もっと早く私に言ってくれれば、修斗が傷つかずに済んだだろ!?」
「そ、それは……」
言えなかった。
千夏に迷惑をかけたくなかったからだって。
千夏の母さんを、傷つけたくなかったからだって。
それを言えば、もっと怒られてしまいそうな気がしたから。
でも、言わずとも彼女は分かっているのだろう。
やり切れなさそうにそっぽを向き、歯を食いしばっている様子がそれを物語っていた。
しかし千夏は俺のことを今一度見ると、今度は強く抱き締めた。
「千夏……?」
「……生きてて、よかった」
「っ……!」
鼻を啜る音が聞こえてくる。
「守れなくて、ごめん……」
ずっと、もどかしかったのだろう。
何か助けてあげたい。
でも、助けられない。
自分の手の届かないところで事が起こってしまっているという事実と、それに手を伸ばすことすらできない非力さに、彼女はずっと頭を悩ませていたはずだ。
でも、それは俺のせいだから。
助けを拒んでいた俺が悪いのだから、千夏が悪いわけじゃない。
だから俺も彼女の背中に腕を回し、彼女に分かるように首を大きく横に振る。
「……気にかけてくれてありがとう。それだけで、俺はずっと助けられてたよ。……千夏姉ちゃん」
「っ……!?」
この呼び方をしなくなったのはいつからだっただろう。
それすら分からなくなるくらい、俺は彼女のことをずっと呼び捨てしていた。
でも、それももう必要ない。
今度こそ、俺は千夏姉ちゃんのことを好きでいられる。
「あぁぁあ……!」
俺の言葉に息を呑んだ彼女は、その後大きな声を上げて泣いた。
その反動か疲れて眠ってしまった彼女を俺が家まで送っていったのは、また別の話だ。
◆
「――そんなことがあって、今度からはイヴの家にお世話になることになったよ」
「は、初めてまして、イヴリン・デイヴィスです。な、何ヶ月か前に転校してきて、し、シュウト……君? と、仲良くさせてもらっています。もし呼ぶなら“イヴちゃん”って呼んでもらえると……」
「そこまで説明する必要はないんじゃないか?」
あと噛み噛みだし。
まともに喋れてないじゃないか。
「だ、だって今目の前にいるのがシュウトの本当のママとパパなんでしょ? これから長い付き合いになるんだから、しっかりとご挨拶を……」
「俺とイヴは結婚でもするのか?」
「私はずっとそのつもりだよっ!」
「いや早い早い」
まだ付き合ってすらいないし。
あともう親死んでるから、イヴをどう呼ぶかの持ちかけはいらないだろ。
「……なんか騒がしくしてごめん。でも、いつまでも悲しんでるよりかはこっちの方がいいよな」
苦笑する。
思えばイヴと出会ってからまだ数ヶ月しか経っていないのか。
一人では何年経っても治らなかった臆病が、彼女といたら数ヶ月で治ってしまった。
あまりにも予想打にしなかった出来事が今まさに起きていて、正直実感が沸かない。
それでも俺が母さんやトラウマと向き合えたのは事実で、それをイヴがそばにいて支えてくれたのも事実。
「……まぁ、ここにきて何が言いたかったかって言うと……俺は、ちゃんと元気でやってるよ。だから心配しないで、ゆっくり休んでくれ」
もう今更だけどな、と付け加えて再度苦笑する。
その後はお墓に花やお菓子をお供えした後、イヴの家に帰った。
まだ一緒に住んでいるわけではないが、どうせならとお呼ばれしたのだ。
ここ最近はいろんなことがあって疲れてるけど、今日はまだやることがある。
やること、というか、やらなきゃいけないこと、というか。
それともやりたいことというべきか。
全てが終わった今、改めて彼女と向き合える。
だから、俺は――。
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