61話 金髪美少女とロシアンたこ焼き
「――ロシアンタコヤキって何?」
「知らずに食べたいって言ってたのか……」
あの後昼食を買ってきた俺たちは、人目を避けるため再び屋上へと戻ってきていた。
いつも通りベンチに座っている。
ロシアンたこ焼きに関しては俺が場が盛り上がると思ったので、特に何も言及せずに買ってきてしまったのだ。
「ロシアンルーレットって知ってるか? 例えばくじ引きの中に一つだけハズレを入れて、それを引いた人に罰ゲームを与えるってやつだ」
「うん、知ってる」
「それのたこ焼きバージョンってことだな。ただこのロシアンたこ焼きはハズレを一つ入れるんじゃなくて、いろんなたこ焼きの中にいろんな具材を入れてるらしい」
「じゃあ、タコヤキじゃないのもあるってこと?」
「そういうこと。所謂“何が出るかはお楽しみ”ってやつだな」
「……それ、タコヤキって言えなくない? ヤキになっちゃうよ」
「確かにな」
イヴの話に苦笑を浮かべながら、俺は買ってきた昼食を袋から取り出していく。
「ロシアンたこ焼きはお楽しみってことで最後に取っておこう。まずはほら、焼きそば」
「Oh,ヤキソバ! シュウト、早くオハシも!」
「分かってるからちょっと待ってろ」
一緒に箸も取り出して手渡せば、それをひったくるように受け取るイヴ。
相当楽しみだったのか、焼きそばの入ったフードパックを開けると間髪入れずに箸を突っ込んで焼きそばを食べた。
瞬間、彼女の頬が幸せそうに緩む。
「んー、美味しい!」
「イヴはホント美味しそうに食べるよな」
「だって本当に美味しいんだもん! イギリスのご飯なんか、ニッポンに比べたら全然――」
「イヴ、それ以上はやめて差し上げろ」
俺はイギリス食を食べたことはないが、きっとかの国にも日本食に勝る食べ物があるはずだ。
それに、単にイヴの口に合わないだけという可能性もある。
食文化とは、言ってしまえばその国に生まれた人間の人となりを示す重要な要素だ。
それを否定してしまうということは、その国の人格を否定してしまうも同義。
だからこそ、食文化を否定するのはダメだと思う。
……知らんけど。
「そう? でも、日本の食べ物はどれも美味しいものばっかりだよ」
「そう言ってもらえると、日本人としては嬉しい限りだな」
俺も彼女の隣で焼きそばを頬張る。
模擬店の食べ物なのであまり期待はしていなかったのだが、この焼きそばは意外にも美味しかった。
野菜がシャキシャキとしているし、麺もモッチリとしていて安っぽくない。
味付けも少し濃い目で食欲を掻き立てられる。
メニューのバリエーションもさることながら、料理のクオリティもここまで高いのかと少し驚いてしまった。
「本当だ、美味いな」
「でしょでしょ?」
「あぁ、あの店にして正解だったな」
「そうだね」
その後も俺たちは買ってきたフランクフルトや焼き鳥など模擬店で買った食べ物を平らげていく。
今日は文化祭という特別な日だから、少し栄養が偏っているのには目を瞑っておくことにした。
そして……。
「シュウト、タコヤキタコヤキ!」
「はいはい」
いよいよロシアンたこ焼きを食べる時が来た。
イヴが目をキラキラと輝かせて待っているため、今度は俺が母親かのように宥めながらそれを開ける。
中には六個のたこ焼きがあり、特にソースや鰹節などはかかっていない。
普通のたこ焼きなら問題かもしれないが、ロシアンたこ焼きでは中にタコが入っているとは限らないのでそこを考慮してあるのだろう。
「さぁ、何を食べる?」
「中に何が入ってるかは分からないんだもんね?」
「あぁ。普通にタコが入ってるかもしれないし、全然別の食べ物かもしれない」
「……確認しておくけど、ちゃんと食べ物なんだよね? 消しカスとか入ってないよね?」
「そんなん入れてたら即刻営業停止だ。大丈夫だから、早くどれか一つ取ってくれ」
「えぇーどうしようかなぁ……」
コロコロと表情を変えながらたこ焼きを選ぶイヴ。
眉をひそめて訝しんだり、ニヤニヤしながらたこ焼き一つ一つに指を差していったり。
これも初めての経験なのか、とても楽しそうだ。
やがて決心したように頷くと、たこ焼き一つを仰々しく指差した。
「これにする」
「ん。じゃあこれで取ってくれ」
俺はたこ焼きについていた爪楊枝をイヴに渡そうとする。
すると彼女は眉尻を下げて問いかけてきた。
「“あーん”はしてくれないの?」
「……してほしいのか?」
「そりゃあ、好きな人からの“あーん”なんてしてほしいに決まってるでしょ」
「…………」
いや、気づいてはいた。
これはイヴにあーんをしてあげた方がいいのではないのかと。
でも恥ずかしくないか?
あーんだけじゃなく手を繋ぐのも、カップルがやるようなことは全部恥ずかしく感じてしまう。
自分からやるなら尚のことだ。
そういう雰囲気じゃなかったら難なくできるんだが……こういうのを、世のカップルは何の気なしにやっているのだろうか。
だとしたらメンタルが恐ろしすぎる。
「わ、分かったよ」
言いあぐねているうちにイヴの顔がだんだんと不機嫌に染まってきたので、慌ててたこ焼きに爪楊枝を刺す。
持ち上げると、左手を添えてイヴに差し出した。
「ん」
「あーん」
「……あ、あーん」
そこまで言ったところで、ようやくイヴの機嫌が直った。
満足そうに笑みを浮かべながら口を開けてたこ焼きを食べる。
すると、驚いたように目が見開かれた。
「ん! これ中身チョコレートだ!」
「へぇ、そういうのもあるのか」
「甘くて美味しい~」
イヴが幸せそうに咀嚼しているところを見ると、何故かこっちまで口元が緩んでしまう。
あーんをする理由って、きっとこういうことなんだろうな。
だからできるなら恥ずかしがらずにしてあげたいんだけど……頑張ろう。
「じゃあ次は、私の番ね。たこ焼きと爪楊枝ちょーだい」
「はいよ」
どうやら次はイヴが俺にあーんしてくれるらしい。
「どれ食べる?」
「じゃあ俺はこれにしようかな」
「これだね。……はい、あーん」
「あーん」
差し出されたたこ焼きを口に入れると、食べ慣れた歯ごたえと味わいが口の中に広がっていく。
「ん、タコだ」
「えっ、じゃあ普通のたこ焼きも入ってるの?」
「みたいだな」
意外と普通の種も入れてくるみたいだ。
「はい、じゃあ次はシュウトの番!」
「……なぁ、これって毎回あーんするのか?」
「流石に普通にご飯食べてるときはこんな何回もしないけど、今はほら、ちょっとしたゲームみたいなものだし」
「な、なるほど……?」
よく分からないが、きっと時と場合によるんだろう。
俺がその時と場合を加味して行動できる自信はないが……まぁ分からなければイヴにその都度聞くことにしよう。
勿論、その時と場合を察する努力を怠らないようにしながら。
「とにかく、今は俺があーんをすればいいんだな?」
「うん! よろしくね!」
「分かった」
たこ焼きと爪楊枝を受け取りながら“時と場合って、例えばどういうときにあーんをするんだろう”と考えていると、不意にイヴがクスリと笑った。
「ん、なんかあったか?」
「いや、一生懸命考えてくれてるシュウトが可愛いなぁって思って」
「か、可愛くないだろ、こんなの」
急に“可愛い”と言われてしまって眉を顰めれば、イヴが笑いながら「ごめんごめん」と言って謝ってくる。
「私ね、付き合ったらいつもキュンキュンするような毎日になるんだろうなぁって想像してたんだ。でも今のシュウトを見て、こうして地道に恋人になっていくのも幸せだなって思った」
「……ごめん、恋愛に疎くて」
「謝らなくていいんだよ。言ったでしょ、こういうのも幸せなんだよ。だから焦らなくていいから、私たちのペースで恋人になろう。ね?」
優しく笑いかけてくれるイヴに、心臓がぎゅっと掴まれたような感覚に陥る。
そこから徐々に温かいものが湧き出てくるのを感じながら、俺は彼女に向けて深く頷いた。
「……うん」
「さぁ、ロシアンタコヤキの続きだよ! 私は次はこれが食べたいなぁ」
「これだな、分かった」
しんみりした雰囲気を感じ取って、イヴがそれを明るくしようと声のトーンを上げてくれる。
こういうところも彼女のいいところだ。
俺を助けてくれたのが他の人じゃなくて、イヴでよかったと、改めてそう思った。
「はい、あーん」
「あー……」
たこ焼きを食べさせてあげると、再びイヴの顔が幸せに染まる……と思ったら、いきなり苦しそうにぎゅっと歪ませた。
「んぐっ!?」
「ど、どうした!?」
あまりに突然の出来事だったので狼狽えてしまう。
やがてイヴの体がぷるぷると震え出した。
「辛い……鼻が痛い……」
「あぁー、わさびか」
どうやらハズレを引いてしまったらしい。
まぁ、一つは入ってるだろうな。
でないと面白くないし。
「シュウト……みじゅ……」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
ペットボトルの水を手渡せば、キャップを開けて勢いよく中身を飲み干すイヴ。
その様子を見ながら、不運な目にあっている彼女も可愛いなと思ってしまう俺なのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます