60話 まるで初々しいカップルのように
“――さっき体育館で踊ってた二人組すごくなかった?”
“それ! めっちゃ息ぴったりだった!”
“女の子の方って、何か月か前に転校してきた外国人の子だったよね?”
“すごい美人さんだったよね”
“男子の方は顔が怖いって有名なあの人らしいよ”
“えっ、嘘だ! 全然怖く見えなかったよ!”
“あの二人って、もしかして付き合ってたりするのかな?”
騒ぎが大きくなってきたので体育館から逃げてきたのだが、どうやら俺たちに安寧の地はないらしい。
廊下を歩いていく中で俺たちのことを話していると思わしき声が絶え間なく聞こえてくる。
正直、すごく恥ずかしい。
「……すごいな」
「ちょっと恥ずかしいね」
お互いに苦笑いしか出てこない。
イヴに至っては軽く顔が紅潮している。
ダンスで浮かされていた熱が冷めたからか、より一層肩身の狭い思いをしていた。
「み、みんなの熱が冷めるまで、少しこの場から離れてようか」
「なら、少し早いけどお昼にしようぜ。昼越したらすぐお化け屋敷の準備に行かないといけないからさ」
「あっ、じゃあ私いいお店を知ってるの。ついてきて」
「あぁ」
そうしてイヴが先導するように前を行こうとする。
……今回は手を繋がないのだろうか。
いつもなら差し出されるその手が今回は差し出されてこないので、少し戸惑ってしまう。
立ち尽くしているうちにも彼女はどんどん前に出ようとしていたため、俺は咄嗟にその手を取った。
「きゃっ」
「あっ、ご、ごめん」
手に触れればイヴが驚いたように声を上げたので、こちらもびっくりして思わず手を引いてしまう。
「ううん。えと……なんかあった?」
「いや、その……手、繋がないのかなって思って……」
「手……?」
「ほら、文化祭を回る時は必ず繋いでたから、その……気になって」
戸惑い、というよりも寂しい感情に近いかもしれない。
その気持ちを打ち明けているからか、どうしても顔が熱くなって上手く言葉が出てこなくなってしまう。
イヴの方は目をぱちくりとさせた後、せわしなく視線を泳がせた。
「えと……そうだったっけ?」
「というか、今までイヴの方から手を繋いてきてくれてたんだけど……自覚なかった?」
「う、うん……」
マジか。
いやイヴのことだから理解はできるのだが、流石に気にも留めていないとは思わなかった。
「もしかしたら、周囲に気を取られてたからかも」
「そうなのか?」
「だってみんなが私とシュウトの話をしてるから、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになって、ふぁ~って……」
「おぉ昇っていくな昇っていくな」
どうやらイヴは浮かれたままだったらしい。
早口で捲し立てている間に視点が定まらなくなってきていたので、声をかけて何とか正気に引き戻す。
「ご、ごめん。さっき“付き合ってるのかな?”って声が聞こえてきたでしょ? だからそう見られてるんだって思うと、嬉しくて」
「そ、そうか……」
思えば俺たちが出会ってから数か月の間、イヴはずっと俺と付き合うこと望んでいたのだ。
それがようやく目と鼻の先まで来ているのだから、気を取られてしまうのも無理はない。
「じ、じゃあ……」
俺自身、俺たち二人が付き合っているように見られてイヴが嬉しがっていること。
そしてようやく付き合えるんだということがすごく嬉しかった。
だから俺はイヴと手を取ると、彼女の指に自分の指を絡め、周りに見せつけるようにぎゅっと握る。
「手、繋いでいこう。もう、隠す必要もないんだしさ」
バクバクと心臓を鳴らしながら言葉を吐けば、彼女もまた顔を真っ赤に染め上げて小さく、けれど確かに頷いた。
「う、うん……」
◆
道中、会話は一つもなかった。
お互いに何を話したらいいのか分からなくなったのだ。
緊張しているせいか手汗がすごいし、それでもイヴの手を放すのは気が引けるし、でも彼女が俺の手汗を嫌がっているかもしれないしで頭がこんがらがりそうだ。
というか、こんがらがっている。
ここまで気まずくなったのはいつぶりだろう。
もしかしたら初めてかもしれない。
何にせよ何も発せずにいた俺たちにとって、辺りの喧騒が今だけはありがたかった。
「……こ、ここだよ」
そうしてイヴが案内してくれたのは二年次の他クラスが開いているカフェだった。
「大樹のところのカフェじゃないんだな」
「あそこは体育館からも近いし、ここは私の友達がやってるカフェだから来てみたかったの」
「な、なるほどな」
咄嗟に思いついた話題を口にしてみるが、大して会話は続かない。
それどころか中途半端に言葉を交わしてしまったせいで教室に入るタイミングを見失ってしまった。
傍から見れば、さっきまで息ぴったりにダンスを踊っていた二人とは思えないだろう。
それが幸と捉えられるか不幸と捉えられるかはもう分からなくなってしまった。
「……は、入るか」
「う、うん」
とりあえずここで突っ立っていても何も始まらないので、強引に中へ入ることを促す。
中に入れば「いらっしゃいませ」と一人の女子が出迎えてくれた。
「あれ、イヴちゃんじゃん! 来てくれたんだ!」
「う、うん。お昼ご飯を買わせてもらおうかなって思って」
「わぁ、ありがとう! ちなみに、お隣にいるのは櫂君だよね?」
「俺のこと知ってるのか?」
「そりゃもちろん! 顔が怖いって有名だもん!」
「あぁ、やっぱりそれで通ってるのな……」
ある程度予想はしていたが、予想通り過ぎて悲しい。
というかイヴの周りにいる人たちは礼儀というものを知らないのだろうか。
初対面の人相手にいきなり「顔が怖い」はいささか失礼すぎやしないか?
「あぁ落ち込まないで! 櫂君はいい人だってイヴちゃんから聞いてるから!」
「フォローありがとう。とりあえず俺たち昼飯を買いに来たんだけど、テイクアウトってできるか?」
「うん! これ、メニューだよ!」
「ありがとう」
手渡されたメニューをイヴに近づけると、何やらニヤニヤと笑っている彼女が小声で話しかけてきた。
「元気な子でしょ」
「あぁ、流石はイヴの友達だ」
「それ、褒めてるの?」
「半々だな」
「何それ」
「ごめんごめん」
唇を尖らせてしまったので謝っておく。
とはいえ彼女が俺たちの中に混ざってくれたおかげで気まずい雰囲気がだいぶなくなった。
そういうのも含めて、流石はイヴの友達といったところだろう。
「何食べる?」
「うーんそうだなぁ……」
メニューには焼きそばやフランクフルトといった定番ものから、カップうどんや餃子ドッグなどのどこかで見たことあるような変わり種まで豊富に揃っていた。
ここまで食べ物に力を入れているカフェも珍しいのではないだろうか?
「……じゃあ私、これ食べてみたい!」
その中でイヴが指を差した食べ物は。
「……ロシアンたこ焼き」
危ない匂いのプンプンするものだった。
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